序-6.『教室』
「わあ――――!!!!」
透たちが教室に入った瞬間、何者かの声が響く。すると、燈や瑠夏が驚いて悲鳴を出す。
「いやあ!?」
「うわああああああ」
二人が驚いている中、透だけが無反応だった。
「……」
透たちを脅かしたのは、赤坂直輝。彼もまた、透たちの幼馴染の一人である。スパイキーヘアで髪色が濃い赤、瞳の色も赤が特徴的。瑠夏同様に明るい性格で、今透たちを脅かしたようにイタズラ少年なところがある熱血的な男子である。筋肉質ではあるが背は小柄なことにコンプレックスを抱いている。
瑠夏が我に返ると、早速直輝に詰め寄って直ぐに仕返しをする。
「直輝! ふざけんな! このこのこのっ」
瑠夏は直輝の両腕を後ろから組んで固定し、幼い子と遊ぶみたいに何度も持ち上げたり下げたりを繰り返す。
「高い高いの刑~!」
「だーっ! 悪かったって! よせ! ちょっとした可愛いイタズラだろーが!」
「周りの迷惑のことも考えようよ……ただでさえ、ここに辿り着くまで大変で疲れてるのに」
「ていうかさ、なんであたしらが一年C組の生徒だってわかったの?」
すると、透たちのもとに男子生徒がもう一人やってきた。
「まったく。だから脅かすの止めとけって、あれほど警告したのにな」
「颯空くん!」
結城颯空。彼も透たちの幼馴染の一人。髪 、青目が特徴的な美少年。 な性格で案外世話好きで面倒見の良いところがある。特に透に対しては常に心配しており、過保護である。
「颯空じゃん! 颯空もこのクラスだったんだ」
「まあな。正面奥の電子黒板を見てみろよ」
燈や瑠夏が、颯空の指す方向を見てみる。すると、巨大スクリーンのように広がる電子黒板に大きな座席表が示されていた。各席に出席番号や氏名が割り振られていた。
「あー! あれかー」
「あれの存在で、コイツはお前らもクラスメイトだってわかったんだよ。俺は前もって注意しといたんだけど、俺が手洗いに行ってる間にコイツは俺の忠告を無視して実行しやがったんだ」
「直輝くんらしいね……」
「つーか、透。なんでおめーは、オレの渾身の脅かしが効かねーんだよ? 結構気合い入れたのによ」
「そんな所に気合いなんか入れるな。俺はお前らが同じクラスなのは事前に知ってたからだ」
「え? あの大勢いて見ることが困難なクラス表を見ることが出来たのかよ?」
すると、何か強い圧が含まれているようなオーラがこちらに向けられているのを透たちは感じ取った。そのオーラの正体は幼馴染同士ならではのことで慣れており、直ぐにわかった。
「あ、明日花ちゃん……」
一人の女子が腕を組みながらずっしりと透の前に待ち構えていた。彼女の名前は遠山明日花。金髪ツインテール、緑目が特徴的な美少女。厳しい性格をしており、常に不機嫌そうな表情をしている。しかし、内心はまた別なケースも多いという典型的な素直じゃない少女である。
「透。それ、何?」
「クラス表だ。わかってて聞いてるだろ?」
「ええ、そうよ。どうしてアンタがそんな物を所持しているわけ?」
「副学長の佐賀井と名乗る人物から受け取った物だ。学長の命令で、俺に渡すように指示を受けていたらしい」
「はぁ? アンタ、学長とどういう関係? 何か忖度でも受けてるってこと?」
「俺は欲しいと言ったわけでも無いし、つい受け取ってしまったから返そうと思ったんだけどその人物は姿を消してしまったから返せなかった。ただ、それだけのことだ」
「だったら、どこかに処分すればいいだけでしょ。結局は甘えて優遇されて、このクラスに誰がいるのかわかったんじゃない!」
「ちょ、ちょっと! 明日花ちゃん!」
燈が透に突っかかる明日花を止めに入る。
「そんなにクラス表が欲しかったならやるよ。ほら」
「そういう問題じゃない!!」
「そもそも、物を生徒個人が勝手に処分するのは物によっては化学変化を起こして危険物と化するリスク等があるから校則違反だぞ? 春休みという期間があったのにそれぐらいのことも知っておかなかったのか? まぁ、とりあえず教室に着くことで精一杯だったから、教室に着く前に学校の関係者に話して、クラス表の扱いの指示を仰がなかったことは認める」
「な、何がどうなってやがるんだ……?」
「とりあえず、明日花がまた何か変なスイッチ入ってることは確かだと思う……」
「ふん。もう手遅れよ。勝手なことした以上は、罰則を受けることになるはずだわ」
燈に続いて、颯空も仲裁に入る。
「もうやめろって。担任が来たら話せばいいことだろ。何をもってオマエがそんなにピリピリすることなんだよ?」
「部外者は黙ってなさい!!」
「大体、お前は一体誰なんだ? ここの教室に入るのはお前だけじゃなく、他にも約90人の生徒が使う公の場だぞ。そんな場所を私物化するように騒ぐことこそ、クラス表を個人的に受け取ることよりも悪質で典型的な迷惑行為じゃないのか?」
「……なんですって? 誰? あたしは遠山明日花よ! アンタの幼馴染み!! 脳が小さすぎて忘れてしまったのかしら?」
「あぁ、そうだな。すっかり忘れてしまっていたよ。俺は日々忙しくて考えなきゃいけないことが多いから、常に脳のキャパシティが満タンなんだ。考え無しに誰かに突っかかっていくような頭空っぽな誰かとは違うんでな。だから、お前のことを頭に入れる余裕なんて無かったよ」
「なんですって!!! もう一度言って見なさいよ、この!!」
「明日花! 落ち着きなよ!」
「てめー、ちょっと頭冷やせって!」
明日花の興奮に瑠夏や直輝も黙っていられず、仲裁に加わった。
透と明日花の揉め事がエスカレートしていくと、いつの間にか周囲に野次馬が増えていく。その揉め事は教室外にも広がっていった。一年C組の教室を覗く者もいた。その生徒の中に、透たちの知っている人物も混ざっていた。
「何の騒ぎだ?」
「あ、呂威!」
野呂呂威。透たちの幼馴染の一人。紫色の 髪、 黄色い瞳が特徴的な長身の美青年な雰囲気の男子である。透たちが住んでいる区内最大の財閥の息子であり、野呂一族たちにより推薦で次期御曹司になる予定だったが、とある理由で辞退。現在は透たちと自由に過ごしている一般の男子と同じ立場である。
「あの声と話し方で誰かはわかっていたが……よりによって、お前たちが隣のクラスでしかも同じクラスとはな」
「え? 呂威もなの? 刻も隣のクラスだよ?」
「知っている。俺が刻と同じ一年B組の生徒だ」
「あ、そうなの!?」
「呼んだ?」
「あ、刻ちゃん!」
「一年C組の教室から、やけに騒ぎの声がこちらまで響いてて、沢山の人が集まってるから何事かと思ったら……中学校生活の初日早々、透お兄ちゃんに突っかかってるの? これまた何の件で?」
「ほら……さっき渡されたクラス表だよ」
「クラス表だと?」
「透が持ってるアレだ。アレがあいつらが揉めてる……っつーよりかはほぼ明日花のヤツが透に一方的に絡んでる原因なんだよ」
「なるほど……それで謎の正義感が働いて透に突っかかっているというわけか」
明日花の興奮状態を、刻や呂威が呆れつつも納得する。
「明日花ちゃんだけが恥かくならともかく、透お兄ちゃんに恥かかせるのはやめてほしいんだけど……大体、明日花ちゃんが怒ることでも無いでしょ。私だって、本来はクラス表を渡される予定だったんだよ? 透お兄ちゃんと一緒に登校したから渡され無かっただけで」
「マジかよ!? オレが登校した時は、そんなモン渡されなかったぜ?」
「直輝と学校来たからわかるけど、俺も渡されなかったよ。なんだ? ということは、学校側はクラス表を渡す生徒と渡さない生徒を決め分けてるってことになるのか?」
「私は……透くんや刻ちゃんと一緒に学校来たからクラス表を見れたけど、もし二人と一緒じゃなかったら颯空くんや直輝くんと同じでクラス表を渡されなかったと思うよ」
「やっぱりそうじゃん! 上級国民ならぬ上級生徒! あたしもあの感じだと絶対渡して貰えなかった!!」
「そういや……俺も学校に入る前、聞き覚えの無い声で誰かに呼ばれたような気がする」
「呂威くんも?」
「人が多すぎてそれどころでは無かったから、無意識に無視をしてしまっていたのかもしれん。だが俺は、身長のおかげでクラス表を容易に見ることが出来たのでクラス表なる物を渡されても必要無かったな」
「けっ。ちゃっかり背高いアピールしやがって」
中学一年生にして身長が百九十五センチメートルという飛び抜けた背の高さを持つ呂威。一方で、直輝は百四十五センチメートルと小柄で身長差が丁度五十センチメートルもあり、その差はまるで幼少期の子どもと父親の差を感じさせる差だった。
また、透たちの幼馴染み間で最も背の低い男子が直輝であり、最も背の高い男子が呂威でもある。
一方で、女子は今いるメンバーの中では瑠夏が百九十センチメートルと最も背が高く、逆に一番低いのは燈ではあるものの直輝に比べて極端に低いわけでは無かった。
中学一年生の女子としては百五十四センチメートルと普通の高さであり、幼馴染み間全体で最も低い直輝よりも、透や刻、明日花の方が近くその三人より僅かに低い感じである。
「呂威君。学校入る前に何かを感じた時、なんとなくで良いんだけど公的な人物っぽい雰囲気を感じた? ほら、この学校の関係者っぽいような感じの」
「今思えば……たしかに、そのような雰囲気は漂っていたような気がしてきた。当時はそれどころでは無く、気にも留めていなかったから気づきすらせんかったが」
「財閥の息子ってなると、感覚がバグってどういう人が重要そうかとか区別しにくそうだよね~」
「黙れ。この俺だって、それくらい見分ける目は持ち合わせいる。今回はたまたま油断して視野が多少狭まってしまっただけだ。お前のような野生動物並みの視野の広さには及ばんとは言えども、不便にまでは至らんぞ?」
「だ、誰が野生動物!? もしかして直輝のことかなー!?」
「はぁ? オレを巻き込むんじゃねーよ。てか、誰が野生動物だ!!」
すると、刻が呟く。
「なんか……引っかかるな」
「え? 刻ちゃん、何かわかりそうなの?」