1-34.『憎しみ』
「わかった。何かあれば、今みたいに燈に相談させてもらう」
「ありがとう。私は刻ちゃんとかに比べたら戦力に欠けるかもしれないけど……」
「いや、話を聞いてくれる人がいるだけでも全然違う。そこに能力は関係無い」
「……そう言ってもらえて凄く嬉しいよ。よかった」
燈は、ホッとして安堵する。そして、こんな自分でも透に頼って貰うことを受け入れてくれたことが燈にとってとても嬉しかった。
「……じゃあ、話の続きをしようか」
「うん……お願いします」
透がこれから話そうと軽く息を整える様子。そんな透を目から離さず見続ける燈。
そして、透が相変わらず無表情でいつもの声のトーンのまま話す。
「それで……音が鳴った直後のことだった。俺は、燈たちがいたはずの湖とよく似た場所へと向かった。すると、そこには……」
燈は、冷や汗を相変わらずかき続けながら、今まで以上に喉の音を鳴らして「ごくり」と呑み込む。
「その先にあったのは……水晶玉のような球体だったんだ。今までの夢や俺たちの部屋にあった物体とは違う」
「…………………………え!?」
心当たりがありすぎる話に、燈は思わず数秒沈黙した後に変な声が出てしまう。
「どうした?」
「ま、待って、透くん……そ、それって…………」
燈の開いた口が塞がらず、今にも思わず大きな声を出してしまいそうになる。
しかし、それは突然透によって手で口止めされてしまう。まるで、燈が今にも大きな声が出てしまいそうなのを察したかのように。
「――――!」
燈は、透の突然の行動に驚く。
透の話の内容と、透の行動が組み合わさって声量のエネルギーが倍に喉に溜まる。
透が、なぜそんな行動を突然取ったのか理解出来ない燈。何より、透の手に直接口を付けることになってしまったことに羞恥心と興奮を隠せずにいられなかった。
そして、燈は喉に溜まった巨大な声のエネルギーをそのまま喉の中へ封じ込められるように飲み込んでしまった。
その直後だった、どこからともなく話し声が聞こえてきた。
「!」
燈は、誰かの話し声を聞いてようやく透の行動の意味を理解した。
今、燈が大きな声を出してしまったら話し声の主たちに声を聞かれてここの存在をバレてしまうリスクがあった。透が、それを察知しての突然の行動を取り始めたのだった。
透は、囁くような小声で燈に話す。
「ごめんな、燈。誰かの話し声が聞こえて来てな」
「う、うん……透くんに止められて、私もようやくわかったよ。寧ろ、助かったよ。そ、その……あ、ありがとう……」
燈は、元々赤い顔がこれ以上変わりようがないほどに更に赤くなっていることを、自身の頬の熱さで実感する。
所々、頬が熱く、頬の赤くなった各々の場所が、最早どこの部分がどのタイミングで赤くなった箇所なのかわからない程だった。
透と燈が沈黙した後、ようやく話し声の主がわかった。
心と乃之だった。
「元気無いね-。大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
乃之は、まだ元気が無く今にもまた泣き出しそうな声を出していた。
一方、心も声に元気が無かった。
外で、人間として最も恥ずかしい姿で秘密基地からここまで歩いてきたこと。
そして、それを永和世に怒られたこと。
更に、幼馴染みとはいえ透以外の男子にその姿を見られてしまったこと。
恐らく、それらが積み重なって心も元気が無いのだろうと透と燈は察する。
二人の声が聞こえてくる方向的に、心と乃之もまた透と燈同様に入浴中であることを声の響き方やお湯の音で理解した。透と燈が入っているお風呂の直ぐ隣の壁の露天風呂にいる。
二人の話し声がはっきりと聞こえる以上、透と燈も今ここで声を出してしまえば向こうの二人にも届いてしまうだろう。透と燈は、何があっても声を出さないことだけは徹底した。
そして、あの元気な乃之とは思えない弱々しく暗い声が引き続き透と燈、そして心の耳に入る。
「わたし、トオくんを怪我させて、刻ちゃんを怒らせちゃった…………」
続いて、心がそれに対してあっけらかんとしたような声で返事をする。
「わたしもさっき、刻おねーちゃんに怒られちゃった。やっぱ、怒られたことが怖くて落ち込んでた?」
「ち、違うよ! い、いや、勿論それもそうだけど……」
「……」
「それよりも……それよりも…………何よりも、トオくんをわたしの手で怪我させちゃったことだよ」
「…………」
心、そして透と燈は静かに乃之の声を聞いていた。
「わたし、トオくんを守る為に、トオくんを助ける度に、あの大嫌いな女を懲らしめようとしたのに……その結果、あの大嫌いな女とは正反対の、一番大好きなトオくんに攻撃しちゃった。もう、わたし……トオくんに申し訳無さすぎるし、胸が痛いし、悲しいし、つらいよ…………自分でやったことだけど、あの女よりも立場が悪化したのが悔しくて…………」
「……そっか」
心の声のトーンに、変化は特に無い。傍から聞くと、まるで乃之の話を聞いているのか聞いていないのか区別出来ないような。そのような声をしていた。
乃之は、涙声で心に訊く。
「心ちゃんは……わたしに怒ってないの?」
「何が?」
「えっと……心ちゃんの大切な家族であるトオくんを怪我させたことについて」
「ん? 怒ってるし許してないよ」
乃之は落胆した。いつもより声に元気が無いとはいえ、こうして普通に会話してくれる人が、実は内心は怒っていた事実にショックと恐怖を隠せなかった。正直、刻に比べれば心はそこまで怒っていないのではないかと勝手な淡い期待を抱いていたのである。
そして、少しでもそんな期待をしていた自身に嫌気が差す。心だって怒るに決まってるのは考えるまでも無いことだろうと。今すぐにでも、自分を殴りたい気持ちになった。
しかし、心は返事を続けた。
「でも、きみだけが悪いとは思ってない。明日花だって悪いし、なんならあいつが原因で、きみがああなったわけだし。そこはわかってる」
「え……?」
心の言葉に、驚く乃之。壁の向こうから聞いている透と燈も、心の言葉に内心は意外な反応を示していた。
「で、でも……やっぱり、あの女よりもわたしの方が憎い存在だよね」
「ま、大切な家族を怪我させた以上は流石にねー。でも、明日花のことが腹立つからつい行動に出ちゃった気持ちはわからなくもない。それを暴力で示すのは、正直ドン引きしちゃうけど」
「……うん」
乃之は、とうとう泣いている声を出す。透と燈も、壁の向こうの状況は見えなくても声で乃之が泣いていることがわかった。
「まぁ。透おにーちゃんの性格上、きみとあいつを止めに行くだろうなってわかってたのに、近くにいながら動けなかったわたしも責任が無いとは一概には言えないし。あんまり自分ばっかり責めることも無いんじゃない?」
「心ちゃん……」
「だから、別にどっちの方が憎いとかの問題じゃないでしょ。両方悪いんだから」
「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい…………」
乃之は泣きながら心に謝る。頭を深く下げる乃之に、心は無表情のまま見つめていた。まるで、普段の透のように。
そして、心が引き続き話をする。
「だからね、周りが見えなくなるってのは怖いんだよねー。理性を失うってさ、なり振り構わなくなっちゃうから」
「うん……言い訳にしかならないけど、わたしだって暴力は大嫌いだよ。でも、耐えられなかった。あの女が、またトオくんに酷いことを言うかもしれないって……それで、つい身体が勝手に動いちゃって……防衛本能みたいに……」
「……きみが透おにーちゃんのことを大切に想ってる気持ちはわかるし、否定もしないけど。きみが、わたしたちに比べて普段の明日花のことを知らないから感情的になるのもわかってる」
「逆に……どうして、心ちゃんも刻ちゃんも、トオくんの家族なのに我慢出来るの? 大切な家族が悪く言われてて、頭に来ないの?」
「そりゃ……その時の気分によっては本気でウザく思ったり、わたしらもあいつに怒ったことは何度もあるよ。何も、家族のわたしらに限らないけどね。燈ちゃんや瑠夏、颯空たちだって今まで何度も明日花に怒ってるし。でもね。幼馴染みだからこそ、あいつも心の底から透おにーちゃんのことを嫌ってるわけじゃないこともわかるんだよね」
「え? そうなの? あの女がトオくんを嫌っていないの……? 本当に……?」
乃之は純粋な反応で、心の言葉に驚いている。
寧ろ、秘密基地の入り口で透たちを待ち伏せていた時点で「気づかなかったんだ」と内心で乃之にツッコミを入れる心と燈。
心は呆れつつも話を続けた。




