1-29.『気遣い』
【浴室】
浴室に足を踏み入れると、燈は透と早速目が合う。
「あっ」
互いの存在に気づき、同じことを発したのは同時のタイミングだった。透はまだ、衣服を身につけている姿だった。
「燈……すまない。今、お湯を沸かしていて浴室を温めていたところなんだ」
「あ、だだだ、大丈夫だよ! 一応、この浴室は皆が使ってた大浴場と繋がってて、皆があっちでお風呂に入っている時に音を出したら私たちがここにいるのがバレちゃうし……それに、透くんは忙しかったから」
「わかってはいるとは思うけど、ランドリーはここの物は絶対に使わないようにな、利用履歴でバレるから。女子たちが入っていた大浴場のランドリーから入れるように。俺は、燈が入れて暫くした後に男子たちが使っていた大浴場のランドリーに入れる。時差を付けることで、俺たちが同行しているアリバイを潰して誤魔化すんだ」
「わ、わかった……」
透の考えもしっかり読んでいた燈。燈の思い通りである。透が何を考えているか、夢の時みたいにわからないことも多いが、二人きりでこのような計画を組むことに関しては息が合うようにわかりやすく立ち回りやすかった。長年の幼馴染み同士としての付き合いがあるからこそ、相性抜群で要領良く動くことが出来た。
透の着替える浴衣がハンガーにかけられていた。燈がこれから着る浴衣も、透の浴衣の隣のハンガーにかけた。
「さて、ここからが問題だな。これからお互いに、全てを脱がないといけないわけだが……」
「う、うん…………どっちから、脱ごうか」
「燈さえ良ければ俺が先でも大丈夫か? 燈が体調崩さないように、湯加減とかもチェックしたいしな。その場合、俺が先に湯に浸かることになってしまうから人が使った後だと抵抗があるかもしれないけど」
「全然大丈夫だよ。昨日もそうだったから……私は透くんの考えに従うばかりだよ。お願い聞いて貰ってるのに、頼ってばかりで申し訳無いけど……」
「いや、大丈夫だ。じゃあ、先に脱ぐから目を瞑ってドアの方を向いてて貰えないか」
「う、うん……」
燈は、恥ずかしそうに透の言う通り目を瞑って背を向けた。
「脱いだ」
透の合図を聞く燈。シャワーの流れる音が聞こえて来た。透の脱いだ衣服が、ハンガーの下の壁の隅に畳んで置かれていた。そして、その上には大きめのタオルもかかっていた。
「全部脱いだら、そのタオルを持ってこっちに来てほしい。そうすれば、俺に見られずに済むから」
「あ、ありがとう……」
透の気遣いには素直に嬉しい燈だったが、正直なところ透に全ての姿を見られることによって羞恥心はあるにしても、不快感を覚えるとは思えなかった。昨日、事故で複数人だったとはいえ混浴したことがその根拠であり証明に近かった。
不快感が無いのは、燈にとって当然と言えば当然のことだった。幼い頃から現在に至るまで10年以上、透に恋し続けてきた燈。つまり、全世界の誰よりも大好きな異性の相手なのである。なんなら、燈にとっては不快どころか、いつかは自分の覚悟次第で透におともしたいとすら思っていた。そんな相手と、これから二人きりで混浴することが実現してしまうのである。
まだ中学生となって二日しか経っていない透と燈自身。結婚が江戸時代や明治時代、大正時代並みに早い現在であれば、自分たちと同じ年齢のカップルが、一足先にそこまでのステップを進んでいる者がいてもおかしくはないであろう。
しかし、色々と未経験でまだまだ慣れていない燈にとっては、幼馴染みとはいえ透と二人きりでいるだけでも、あまりにもハードルが高すぎることだった。
そんな中、これからあらゆる壁を越え、大きくステップを跨いでしまいそうなことが始まろうとしている。
透は男兄弟だけでなく姉妹も多い。昨日と違い、松本家の浴室の種類がまだ少なかった頃は家族間の入浴順のローテーションが回りにくかった関係もあり、血が繋がっているとはいえ幼い妹たちの面倒を見る為に、仕方無く何度も異性と混浴したことはあるだろう。昨日も、心が当たり前のように透と入っていたように。
透のことだから、気を遣って血の繋がっていない刻とはなるべく入らないようにしていたとは察しがつく燈。大家族の家庭が多い現代では、性別が偏っていないような異性の兄弟がどちらも多い家庭であれば透たちや瑠夏のように混浴するしかない家庭も多い。
しかし、燈は違った。燈の兄弟姉妹は、男子は上に兄がいるだけで下は全員妹である。
つまり、性別が偏っている家庭である。兄さえ別の時間に入浴すれば、後はどのタイミングでも入浴することが出来る。その為、透と違って異性と風呂に入った経験自体が無いのだ。
そんな状態で、これからずっと恋し続けていた異性と二人きりで混浴するのである。そういった経験が一切無く、ハードルが高すぎる燈にとっては、緊張や羞恥心などでメンタルを保てる自信が無かった。透とは別の意味で気絶してもおかしくないだろう。
燈は、それは透に誤解を与えて心配かけてしまうだろうと思い、そういう意味では頑張って緊張に耐えねばと思った。
「……」
燈は、手を震わせつつも身に着けているもの全てをその場で脱ぎ、脱いだ衣服を畳んで透の衣服の隣に置いた。丁寧に畳んで重ねられている透の衣服と違って、燈の衣服はところどころ乱れていてバランスが悪かった。燈は、それを見るだけでも恥ずかしかった。全てを脱いだ状態で見ると、尚更のことだった。
燈は、透が用意してくれた大き目のタオルを手に取り、前を隠して透の方へと移動した。
先へ進むと、透が頭を洗っていた。燈は羞恥心のあまり、赤面が収まらない状態のまま目がぐるぐる巻きになっていた。
「お、お待たせ…………」
「……燈。大丈夫か? やっぱり、やめといた方がよかったんじゃ……」
燈は、透に早速心配をかけてしまったようでつい慌ててしまう。
透は、こちらこそ向いてはいないが、燈が発した自身の声のトーンによって、現在の自分の様子に察しがついているのだろうと焦った。
「あっ、あ、あ、あ、だ、だだだ大丈夫だよ! わ、わ、私もいつまでも、このままってわけにはい、い、いかないから! い、いつかはか、か、必ず通る道だと思うし!」
燈は、あらかさまに早口且つカタコトになってしまい、喋れば喋るほど羞恥心が強くなる。
このままでは、精神がもたなくて脳が破壊されてしまいそうだと透はもちろん、燈自身も同じことを思った。
「……逆上せたり無理だけはしないようにな。いや、ある意味もう逆上せてるような……」
「あ……あ、あ、あ、ありがとう…………」
燈は、ついその場でしゃがみ込んでしまった。
すると、どうやら透が頭を洗い流し終わった様子である。燈は、そんな様子の透につい見入っていた。昨日の入浴時、刻を見続けてしまったみたいに。
燈は、自身は大き目のタオルで裸身を隠させてもらっているにも関わらず、自分は透の身体を凝視し続けていた。
お互いにまだ成長期には入っていないので、身長だけは燈の方が数cm低いだけで言うほど大きな差は無く目線の高さも今は同じくらいである。
しかし、透の腹筋が割れていたりとあちこちが明確に筋肉が浮き彫り出ており、体格の良さが燈の目に映っていた。
普段は衣服に纏われているので透の身体をまじまじと見る機会は無かったのだが、今でははっきりと見えてしまう為、燈の自分の貧相な身体と比べれば、あまりにも壮観で圧倒されていた。
これから成長期に突入すると、現在最も透と近いであろう身長もどんどん伸びて行って差を付けられてしまうことだろう。そうなれば、目線の高さも合わなくなっていく。燈は、なんだか勝手に置いて行かれてしまいそうな気分に切なくなる――。
「燈」
「は、はい!?」
透の突然の呼びかけに、びっくりして我に返る燈。
透は言葉をつづけた。
「悪いが……そんなに見られると、気まずいんだが」
「あ……! ご、ご、ごめんなさい!!」
無意識に透の身体を見続けてしまっていたことに罪悪感で頭が真っ白になりパニック状態になる。
つい、慌てて身をタオルで隠すことも忘れてその場で土下座をしてしまった。
「まぁ、俺も下を隠せるくらいのサイズのタオルはあるから平気だけどな」
すると、透は椅子から立ち上がり、自分が座った椅子をシャワーで洗い流した後に浴槽の湯に浸かった。
「あ、あれ? 透くん、もう身体は洗い終わったの?」
「あぁ。いつもは頭から洗うんだが、燈がこっちへ来る前に先に済ませておこうと思ってな。洗っている間に隠している所が燈の視界に入ってしまったらお目汚しになるから」
「そ、そうなんだ……本当に、わざわざごめんね」
燈は、自分が恋している異性として透の裸身を見てみたいという好奇心が正直なところあった。
透は異性である燈が自分の身体を見てしまうことで不快に思うかもしれないことを考慮して、タオルで隠して気遣っていたが、まだ純粋な燈としては好きな異性の身体には素直な興味があった。学校で習う性教育とはまた違った感覚だと燈は全身でそう認識した。現在のこの状況が正にそうだからである。
「燈。次、頭と身体洗うのに使っても大丈夫だぞ」
「あ、ありがとう……」
燈は、まるで目を覚ましたかのように、そそくさと透が座っていた椅子に座る。温かい椅子。透が気遣ってシャワーで椅子を洗い流したとはいえ、椅子から微かに透の温もりを燈自身の剥き出しの尻部で感じていた。
「…………」
燈は、その温もりを心地良さそうに思わず数秒間そのまま沈黙して、ようやく手が動き出した。
透が使っていたシャンプーやリンス、スポンジやボディーソープを使って頭と身体を洗い流した。
また、シャンプーやリンスにボディーソープのポンプ、そしてスポンジにも透の温もりを微かに感じたような気がした。
自分が頭と身体を洗っている間、透の視線を全く感じなかった燈。チラッと後ろを振り返ってみる。透は、壁を見つめていた。まだ気遣ってくれていたのである。
「……」
燈は、透に気遣わせすぎて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。それなら、気にせず自身の方を面と面を向かって見てくれた方が燈としては逆に嬉しかった。
自身が恥ずかしがりすぎていれば、透の性格を考えるとここまでしてくれるのは当然だろうと燈は思った。透にこれ以上負担をかけさせないように、自分が頑張らなければと燈は全身を洗い流し終わったタイミングで決意が固まって来る。ようやく、気持ちに整理がついて来た。
「……透くん。ありがとう。終わったよ」
「そうか」
燈は、赤面を隠しきれずも堂々とした振る舞いで透の方へと振り向いた。




