1-28.『緊張』
燈と一旦別れた透は、リビングへとやってきた。キッチンへ向かって食材を確認してみる。なんと、空っぽだった。あったとしても、祖父母合わせて15人もいればどっちしても足りなかっただろうと透は思った。その時、リビングに誰かが入って来た。
「おお、透。いたか」
「豪爺ちゃん」
松本 豪。透と心の祖父であり、永和世の夫。そして、樹の実の父親である。
身長が190cmを越える大柄な体型で、樹と同様に医師としての仕事を現役で働いている。
「悪いな、急に皆を呼び集めて。色々と忙しいだろうに」
「なあに、構わんよ。透が出かけて帰って来る前に、急に大雨が降って来たもんだから、飛んで来た。皆はもう、ご家族に連絡してあるのか?」
「女子は連絡済みで了承を得た。あとは男子だな」
「うむ、そうか。ところで、食材が足りんだろう? 一昨日は、透の誕生日パーティの為に多数の親戚たちが泊まりに来たもんだから見ての通り空っぽだ。急いで買いに行かねば」
「雨が凄いから、気をつけて行ってくれよ」
「あぁ、もちろん。お婆ちゃんと行ってくるから、留守番を頼むぞ」
「わかった」
透が豪と一旦別れたその時、浴衣姿の瑠夏たちが丁度リビングにやって来た。
「あ、透! お爺さんも! こんばんは! お邪魔してます!」
「こんばんはー!」
「こんばんは……」
瑠夏たちが元気良く笑顔で遵に挨拶をする。豪は、元気な瑠夏の姿を見て安心したように挨拶を返す。
「皆、こんばんは。今日は、突然の大雨で大変だったろう? 自分の家と思って、ゆっくり寛いでもらって構わないからな」
「あぁ、いえ、そんな! こんな立派な家、泊めていただくだけでもありがたいのに、とんでもないです!」
「あっはっは。瑠夏さんは相変わらずだな。悪いんだけど、一昨日に透の誕生日パーティの為に遠方からの親戚が沢山泊まりに来てね。それで食材を今切らしてしまっているんだ。だから、晩御飯はもう少し遅くなってしまうけど大丈夫そうかね?」
「ええ、もちろんです! 急いで貰わなくても大丈夫なので!」
「そうか、ありがとう。もし、我慢が出来なかったらテーブルの上にある和菓子でも食べて空腹を防いでおくんだよ」
「はい! お気遣いありがとうございます!」
「ありがとうございますー!」
「ありがとうございます……」
瑠夏たちが元気に遵にお礼を言う。
「じゃあ、豪爺ちゃん。皆のこと、あとは俺に任せて行って来てくれ」
「あぁ。じゃあ、行ってくるよ」
「お気をつけて! 行ってらっしゃいませ!」
透たちは、豪が出かけるのを見送った。
「皆。そういうことだから、御飯までにまだもう暫く時間がかかる」
「そっかー。もう十分暗い時間だし、またお風呂に入って来よっかな!」
「あぁ。とりあえずは大雨の汚れを落とすだけの短時間だったろうし、それも良い考えだと思う。俺は颯空たちにご家族と連絡取らせないといけないから、また後でな。風呂からあがったら、このリビングで待っててくれ」
「はーい!」
「わかった……」
透は、再び瑠夏たちと解散する。瑠夏たちは、再び大浴場へ向かった。
透も、颯空たちと会い事情を話して家族に連絡をさせた。
「透、風呂もそうだけど貸してくれてありがとうな。俺は親から許可が降りたから」
「そうか。よかった」
「ま、いつものことだしな! オレの親父は、透のご家族になら安心してオレを預けられるっていつも言ってんだぜ!」
「我が野呂一族も、透のご家族の高度な医療に多数世話になっているから信頼がある。俺自身もそうなのは、言うまでも無かろう」
「オレたちは親同士も友達みたいなもんだからな! 透の親父さんが外国へ出張する時は、海を渡る事情があればオレたち西村家の船を利用してくれるしな!」
「父さんも、行悟の家の船でいつも助かってるってありがたく言ってたな。近いうち、仕事が落ち着いたらお礼しに行くそうだ。もし、ご親族に体調不良の方がいれば無償で診させてほしいって」
「凄いな。どちらも太っ腹じゃねえか」
透と行悟のやり取りに驚く瞬。
すると、颯空と直輝も会話に続いた。
「瞬たちも、俺らを助けてくれたよな。俺が小さい時、親父が亡くなって経済も苦しかった時に安く快適なマンションを紹介してくれたし」
「だな。オレもちいせえガキだった頃、母ちゃん死んじまって親父が家探すのにすげー困ってたらしいぜ。しかもよ、家賃も最初の数年はサービスで安く住ませてくれただろ?」
「あぁ。不動産会社の我が家は、住民が不安にならず安心して暮らしてもらうことをモットーにしてるから。人間が人間らしく生活するのは当然のことで、誰もが公平でないといけないって。だから、それで困ってる世帯が一つでも減らせるなら、最低限の家賃を下回っても気にしないって言ってる」
瞬の話を聞いて、透が言う。
「本当に、良い人ばかりだな。この町は」
「だな」
透ほどでは無いが、あまり感情の無い瞬が軽く一息をついて珍しく微笑んだ。
「この町に生まれてよかったよ。本当に」
「あぁ。おっと、俺はやることがあるんだった。お前ら、リビングで待っててくれるか? 悪いんだけど御飯がまだ直ぐには準備出来そうに無いんだ。どうしても腹空きすぎて耐えられ無ければ、テーブルの上の和菓子を食べててもいいって豪爺ちゃんが言ってた」
「おっけー! 透の爺ちゃん婆ちゃんちの和菓子、超うめーんだよな!」
透は、颯空たちとも一旦別れる。
透が颯空たちの背中を見守った後、時刻を確認してみる。「そろそろか」と思った透は、目的の場所へと向かう。
透が着いた先の周囲には、人が誰もいなかった。計算通り、予定の状況を上手く作ることが出来たのである。
透は、素早く目的地のドアを開けてそこへと入って行った。
燈は、そんな透の様子を遠方から確認して見守っていた。静かに且つ素早く透の入ったドアを目指した。素足だったおかげで、無事足音が廊下中に響き渡ることは無かった。
スリッパが無かったのは透の作戦の内なのか、それとも本当に足りていなかったのか燈はわからなかったが、どちらにしても透が用意周到であることには変わり無く思い心から尊敬していた。
燈は、ドアの目の前まで来て露骨に顔中が赤くなって熱くなる。今になって、これから透とすることに再び緊張が全力で走って来て燈の全身を襲い掛かって来たのである。
「(でも、透くんと決めたことだから……絶対に退かない。それに、話せるチャンスはもう二度と無いかもしれない。急いで覚悟を決めないと……それに、昨日だって一緒に入ったんだから。大丈夫、透くんみたいに冷静にならないと……)」
燈は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。「よしっ」と汗をかきつつも覚悟を決める燈。静かにドアを開けて、踏み込むように足をそっと室内に入れる。
【脱衣室】
颯空たちや瑠夏たちが利用した大浴場とは異なる、普通の広さの脱衣室。これも、透たちの家にある個人で利用するようの場所である。燈も、過去にここを借りて利用したことがあるので知っていた。中身は相変わらずで、懐かしく思えた。
だが、一度入ったことある場所にも関わらず、まるで来たこと無い場所に来てしまったかのように緊張が続く燈。これから、透と二人きりで利用するのだからメンタルが当時と異なるのは当然のことだった。
燈は、籠の中を見てみる。支給されている浴衣があった。透が用意しておいてくれたのだろう。ランドリーが設置されてあったが、燈はここでは脱がずに籠の中にある浴衣だけを取り出し、脱衣室の電気を消灯する。自身がここを利用していることを、透以外の誰かにバレないようにする為である。
ランドリーに服を入れてしまったら、利用履歴でバレてしまう可能性がある。透もそれを考慮して、ここでは脱がずに浴室へ衣類を持って行ったのだろうと燈は察し理解していた。透の考えに従い、自身もそれに便乗する。そして、燈は再び覚悟を決めて浴室へと入って行った。




