1-23.『護衛』
刻たちは、なんとか秘密基地を出る。ここから先は道路となり、通行人と出会してしまう可能性がある。
「心。足を切らないように気をつけて。傷口が開いてる状態で水溜まりに入ったりでもしたら菌が入る可能性があるから」
「はーい……わかった」
「あと……流石に寒いだろうから、私たちにくっついて少しでも温まって」
「うん……」
刻と心のやり取りには、どちらも哀愁が漂っていた。いつものじゃれ合いのようなやり取りが嘘みたいに起こらず、燈たちは気まずく、そして寂しく思った。
そして、突然のことだった。透たちの祖父母宅へ向かう途中、誰か人の姿が奥に見えた。心は恥ずかしそうに顔真っ赤にして、身を縮こませた。
「心。こっちこっち。もっと身を寄せて隠れて」
心は瑠夏の指示通り、瑠夏に隠して貰う形となった。瑠夏が、心のお尻を隠す為に抑えている。
いつもの心なら、瑠夏みたいな性格の人物に剥き出しのお尻を触られるのは不快に思うことだろう。しかし、今はそんなことを言っている場合では無かった。今は恥ずかしい部分を隠して貰っていることをありがたく思わなければいけない。心は、それが悔しく羞恥心で涙を流す。大雨と混じっており、周囲からは雨水なのか涙なのかはわかりにくいのが、救いだった。
大雨で視界が悪いが、奥にいる人物の姿は段々と鮮明になっていく。その人物の正体は……なんと、明日花だった。
「え、明日花?」
瑠夏がつい陣形から抜け出して走ろうとすると、刻が瑠夏の身体を抑えて止める。
「ダメだって」
「あ、ごめんごめん」
歩を進めていくと、明日花も刻たちの存在に気がつき、こちらを向く。
「あ、明日花ちゃん……」
燈が呟くと、明日花が返事をした。
「アンタたち……なんで、そんな歩き方してんの?」
「別になんだっていいでしょ」
刻が、明日花に対して冷淡に返す。明日花は、心に早速どこか違和感を覚えたのか、ジロジロ見た後に指摘をする。
「……なんで、裸足なわけ?」
「あー、気にしない気にしない! 暑い地面が濡れた後、素足で歩くと気持ち良い的な」
しかし、瑠夏の誤魔化しに何の説得力も感じなかったのか、明日花は察したような口振りでドン引きするような話し方をする。
「あ、アンタ、まさか…………」
明日花は、明らかに心の現在のの恰好に気づいた反応だった。しかし、燈は明日花に何も言わせないが如く即行で代弁した。
「何も言わないで。明日花ちゃんに事情はわからないだろうし」
「……フン。別に何も言うつもりは無いわよ。面倒なことには関わりたくないし」
「それより、明日花。透とは会った?」
「会ったわよ。最初にここを通ったのは男子三人組だったけど。その後、透がアイツと一緒に祖父母宅へ向かったわ」
「あいつって……もしかして、乃之ちゃんのことー?」
「あぁ。そんな名前だったかしら。アタシは、あいつの姿が見えなくなるタイミングをずっと伺ってここで待ってたってわけ」
「まだ揉めてんだ……マジめんどくさ、あんた」
「じゃあ逆に、あんな暴力女とどう仲良くしろっていうわけ? そのせいで透が怪我を負ったんでしょ?」
「元はといえば、あんたが先に始めたことだろうが。なに自分は関係ありませんってツラしてんの?」
「アタシが原因かもしれなくても、暴力で解決しようとしてきたのはアイツじゃない! まったく、今の時代にそんなことするなんてありえないわ。旧世代の超古い人間よ。闇の時代にいても危険人物でしょうね」
「この……!」
瑠夏は、拳を強く握って明日花に対して苛立ちを見せる。今度は瑠夏が、明日花との会話に亀裂が生じ始める。
「もうやめて!!」
瑠夏と明日花がピタリと止まる。二人を注意したのは、なんと星名だった。
「こんなこと、透くんは絶対望んでないよー? 余計な争い事は、何も生まないよ」
「……ごめん」
瑠夏が冷静になり、謝ると再び刻が表情を変えずに無言のまま歩を進めた。まるで、今まで明日花の話を何も聞いていないかのような様子で。そんな刻の様子に、違和感を覚えた明日花はつい刻に訊いてしまう。
「アンタ……どうしたわけ? さっき、アタシらを睨んだ時とは丸っきり違うじゃない。今は別の意味で暗いような……」
すると、刻は明日花の言葉を受け流すように歩きながらさらりと返事をする。
「私がそれに答えたところで何になるの」
「…………」
明日花は、刻を腹立たしく思いながらも堪えた。これ以上、刻を刺激したら何を言われるかわかったもんじゃない。流石の明日花も、幼馴染みとして皆と同様に刻を恐れている部分はある為、これ以上は地雷を踏みに行くような行為は避けたかったのである。
刻たちがそのまま真っ直ぐ進むと、明日花が同じ方向に一歩踏み出した。その瞬間、逆に今度は刻に訊かれる。しかも、明日花の方を見向きもせずそのまま歩きながらだった。
「なんでついてくるの?」
明日花はドキッとして心臓が飛び出そうになる。だが、明日花は直ぐに落ち着いて堂々として答えた。
「……透に『風邪引くからお前も来い』って言われたの」
「……そう」
刻はそれだけ返事をして、そのまま歩き続けた。恐る恐る、もう一歩踏み出してみる明日花。刻は、今度は何も言って来なかった。
透が許可を出したのなら、彼女も問題無いという意向なのだろうかと明日花は疑問になる。こんなトラブルメーカー、刻や心としては来てほしくないんだろうなと被害妄想をする明日花。しかし、それを言えば乃之にも当てはまるはずである。
何歩ついて行っても、刻は何も言って来ないので一応は受け入れてくれたと明日花は判断した。やがて、明日花にとっては今日初めての透たちの祖父母宅へと辿り着いた。
【透たちの祖父母宅】
明日花以外にとっては改めて来た祖父母宅の門扉。刻が触れてみる。なんと開錠されていた。透が既にもう中に入っていて開けてくれたのだろう。刻たちはそのまま、祖父母宅へ入って行く。
「お、お邪魔します……」
燈たちは、周囲を見ても誰も見当たらなかったが念の為、挨拶をした。
大きくて広い和風の庭。玄関がどこになるのか、初めて来る人にとっては迷いそうな構造である。しかし、透と家族のように親しい幼馴染みである燈たちは、それがどこにあるのかはわかっている。
門扉に入って東側にある石段を登る。足を滑らせて転ばないように慎重な足取りで上がっていく。心は、裸足でもそこそこ滑りそうな感覚が足裏から伝わる。
石段を登り切ると、大きな玄関の扉がある。しかし、刻はそっちからは入ろうとはしなかった。
「え? 刻、あそこじゃないの?」
「勝手口から入るよ。あそこは本来、お爺ちゃんとお婆ちゃんがお客様を招き入れるのに使ってる専用みたいな所だから。まぁ、皆もお客さんみたいなものだけど、流石にこの汚れた格好じゃちょっとね」
「たしかに……せっかく綺麗な所なのに汚し兼ねないね」
「なるほど……」
燈や瑠夏が納得する。刻たちが、そのまま燈たちを引率して勝手口へと向かって行った。
すると、そこには見覚えのある人物と目が合う。しかし、刻だけが表情を変えず無反応だった。
「……あっ」
「……」
勝手口の前で立って、濡れた服を絞っていたのはなんと乃之だった。そんな乃之と刻たちと目が合う。




