1-21.『雑音』
透が、先程目を覚ました所へ向かっている途中、何やら禍々しい雰囲気を察知した。
「……なんだ?」
さっきと同じ道を往復しているだけなのに、まるでさっきとは違う場所に来たような気分に陥った。向こうで何かが起きている。そう思わさざるを得ない空気感だった。
歩けば歩く程、なんだか足が重くなっていくかのように感じる程にあからさまに動きが鈍くなる。
透は、お化けや幽霊などオカルト的な非科学的な存在を信じない性格だが、今だけならお化け屋敷を怖いと感じる人間の気持ちがわかる気がした。おそらく、これに近い感覚なんじゃないかと透は思う。まるで、来てはいけない所へ来てしまったかのような。そんな感覚だった。猛獣の巣にでも迷い込んでしまったかのように。
歩いてる途中、透は突然巨大な爆音に耳を襲われた。ピアノの音なのか、ヴァイオリンの音なのか区別がつかない程の、聞いたこともないやかましく割れたような音だった。「ボォーーーン」という音が、透の耳中に鳴り響いたのである。1分近く経過しても、透の耳に微かに不快な爆音が残り続けていた。
耳が痛くなり、両耳を抑える透。またいつ、同じような音が鳴るかわからない。透は、更に注意深く警戒して進むことにした。この不快感には、既視感があった。
隕石の降る夢や火山の噴火に襲われる夢で見た奇妙な物体を自分たちの部屋で発見する前の時。あの時と近い感覚があった。あの時を連想されるかのような、気持ち悪さと不快感が透の胃を締め付けるように痛くさせた。
この苦しさを歩けば歩く程、刻たちと一緒に過ごしてきた時間が、遠い昔のことのように錯覚してくる。今頃、皆はどこで何しているだろうかとか、そのような暗いことを考えてしまう。
皆のことが心配なのもそうだし、皆と一緒によく集まっていた秘密基地とよく似た場所がまるで死んでしまったかのような色合いの状態で、一人でいるのは居心地が悪かった。ここが本当に秘密基地だろうと、ただ似ているだけの場所であろうと、透にとってはどちらにしても最悪な気分であることには変わりなかった。
透が、ようやく秘密基地でいう所の昼寝していた切り株にあたる場所まで辿り着いた。普段なら入り口から10分もしない距離だが、今はここに来るまでどのくらい経ったのかわからない程に長く感じた。
よく皆が集まって会議をする見慣れた場所を、透は見回す。いつもなら癒しの場所なのだが、今では状況が状況なので不快な場所でしかなかった。秘密基地がトラウマになりそうなくらいだった。
今は自分一人しかいないせいか、秘密基地とよく似たこの場所はかなり広く感じた。いつもは沢山の仲間たちとともに過ごしている賑やかな場所だからこそ、現在の状態は違和感とギャップが凄かった。
「……」
透は、無言のまま周囲を見回し続けた。しかし、何度見回しても音の正体らしき物は見当たらなかった。音はたしかにこちらの方から聞こえてきたはずである。一体、どんな物がどこからどういう音の出し方をしているのか。
しかし、さっきの爆音をもう一度聞くのは、透にとっては正直なところ抵抗があった。黒板を爪で引っ掻く音を聞く方が、まだマシなレベルとすら思えた。今にも鼓膜が破れかけている透。どんなに警戒したところで、耳が耐えられる自信は無かった。
透が頭を抑えながら、先程まで昼寝していたはずの切り株に一旦腰を降ろす。そこで、自身の心身を一旦落ち着かせようとすると、何かが視界の隅で光ったような気がした。
「……?」
透は、見えた方向に目を向ける。特に光りは無い。そのはずだが、何かが青紫色っぽく光ったような気がした。ここに来て、初めて自分の身体以外で白黒以外の色を目にした気がしたのである。
「……行くしかないか」
透は、覚悟を決めて再び立ち上がる。光が見えた方向は、透の記憶が正しければ心たちが水浴びに行った湖の方向である。もしかしたら、心がまだ水浴びをしていて衣服を身に付けていない可能性もあるが……ここまで来てそれは無いだろうと判断する。
そもそも心たちの声もここから聞こうと思えば聞こえる。本人がいれば、今頃はしゃいでて刻の注意の声も聞こえてくるはずだろう。それが一切無いということは……言う前でも無く誰もいないのだろうと透は思った。湖の直前まで来ても人の気配は無かった。
秘密基地の湖へと恐る恐る訪れた透。
しかし、色が白黒であること以外は湖やその周辺からは何の異変も感じられなかった。やっぱり、何かが光った気がしたのは気のせいだったのだろうか。現在のこの状況自体がおかしな状況なので、何が起きても不思議なことではないと逆に透はそう考えていた。むしろ、なんでも起きることの方が可能性として高いとすら思っていた。それだけに、光った気がしたのが気のせいだったことの方が不思議に透は思ったのである。
透が、再び切り株の所へ戻ろうとしたその時、あの不快な音が再び「ゴォーーーン」と。鳴り響き、透の耳中を襲った。
「……………………」
透は血の気が引いて思わず硬直した。後ろを振り返ってはいけない気がすると本能で感じてしまう程に、湖の方から嫌な予感がしてきた。無視してそのまま町へ行こうかとでも思ったその時、不快な爆音が再び鳴る。そして、その音は連続で鳴り続け徐々にペースが速まる。
透は、音の大きさで視界がぐるぐると回り始める気がしてくる。うるさいはずなのに、いつまで経っても聞こえ続けてしまう音。鼓膜は敗れても自然と再生するので、こんな音を聞き続けるくらいならいっそのこと今だけ鼓膜破れた方がいいとすら思えるほどに透はこの音が不快で仕方がなかった。
不覚にも、この音に慣れてしまう透。耳が勝手に慣れてしまったのか、無意識に中毒となってしまっているかもしれない。そんな自分に透は嫌気が差す。最早、正常な思考が出来る状態ではない透は混乱してとうとうその場で倒れてしまう。
「く、くそ…………もう、ダメかもしれない…………」
鳴り続ける爆音によって隠れていたが、透は他の音も微かながら聞き取った。しかし、その音が耳に優しく癒される音なのかと全くと言っていいぐらいそうではなかった。むしろ、この爆音と良い勝負なくらいの不快な音だった。まさに、不快な音と不快な音のコントラストである。
「なんだ……こっちは、何の音だ……?」
透は倒れた状態のまま、このやかましい状況の中でもう一つの音の正体でも考えてみることにした。目を瞑って、残り僅かな精神力と集中力を振り絞って頭を回転させる。
まるで、大昔のオーディオ機器やレコードテープが壊れたかのような尖ったような音が混じっていた。透は、この音が鳴り終わった後も当分は耳に残りそうで既にトラウマになっていた。当然、元々安定していなかった体調が完全に悪くなっている透。
地に倒れたまま透がゆっくりと目を開けてみると、予想外の展開が起こる。
なんと、白黒の湖の先には青白い光が輝いていた。透は、間違いなくさっき視界の隅に映った色と同じ色だと確信した。つまり、気のせいなんかでは無く光の正体もこれだと思った。
透は周辺の音に構わず、立ち上がって一気に光の正体まで駆け付けた。湖の上にある為、水辺に濡れないといけなかったが、構わず進んだ。
すると、透は驚くべき体験をする。
「え?」
透が湖の上を歩くと、なんと水に濡れなかったのである。それどころか、液体の感触すら無かった。しかし、今はそれを疑問に思っている場合では無かった。
これまでの直近に見た夢の法則に基づけば、ひょっとすれば光の正体の物に触れればきっと元の状態の世界に帰れるはずだと透は思った。しかし、光の色は今までとは明らかに異なっており、不気味な光とは反対にこちらは神秘的な光り方だった。美しくて、逆に癒されるほどに。多くの人が魅了されるであろう宝石のような輝き方だった。
透は光の正体を見つめる。
「これは……」
透が見た物は、まるで占い師が使うような綺麗な水晶玉のような球体だった。その下には、何か機械のような物が取り付けられている。これが何なのかはさっぱりわからなかった。隕石の時や火山噴火の時とは丸っきり違う物体だった。
しかし、何かしらの関係性は無くは無さそうに透は思った。得体の知れなさという点ではまるで二つの物体はそっくりそのものだった。
透は意を決して、その物体に触れてみる。すると、最近現れた奇妙な物体とは明らかに違う光り方で透の全身を包み込み始めた。
「うわ」
透は光に身体中が吸い込まれてしまうかのような感覚に陥る。そして、一瞬だけ湖の周りを見た先にはとある物が落ちていた。
「え?」
透は、一瞬しか見えなかったが衣類のような物が見えた気がした。しかも、見覚えのある物だった。
しかし、透はそれを考える間も無く視界が真っ白になる。
透は再び意識を失った――――。




