1-19.『消失』
「と、刻ちゃん……ごめんね、うるさかったよね?」
「……透お兄ちゃんはもう寝てるみたいだね。起こしちゃうとまずいから、あまり騒がないようにね」
「は、は~い……ご、ごめ~ん……」
「瑠夏ちゃん、やけに汗の量が凄いけど」
「あはは、あはははは、う、うん……ちょっと一眠りしたら暑くなっちゃった、みたいな?」
「そんなに暑いなら、湖で水でも浴びてきたら?」
「う、うん~……そそそ、そうさせてもらおうかな~、なんて……」
瑠夏はその場を逃げるように、湖の方へと向かった。
「というか、燈ちゃん。寝るんじゃなかったの?」
「え、えっと……ちょっと、なかなか寝つけなくて。私も、暑いのかも……」
燈は、とてもじゃないけど瑠夏が寝ている透の顔に迫っていただなんて言えなかった。刻の地雷を踏みに行く行為と何ら変わり無いし、瑠夏の身も色々な意味で危ないと思ったのである。
瑠夏には、散々からかわれたがそれでも瑠夏をフォローせざるを得ない。それ程に、刻を本気で怒らせることを恐れていたのである。それを察する颯空たち男子三人も、胃を痛くしながら話を聞いていた。燈が話す度に相槌を打つと、刻に怪しまれる可能性が高い為、余計な行動は控えて自重していた。
「そう。なら、燈ちゃんも少しは水を浴びた方が良いかもね」
「う、うん……そうさせて貰おうかな…………」
燈は、流れで刻に従い湖へ向かうことにした。
「あ、本題に映るね。私は、男子の三人に用があって戻って来たんだ」
「オレらに用……?」
直輝は恐る恐る訊く。
「どうしても伝えないといけないことがあってね。あの湖あるでしょ? ちょっと事が済むまでは来て貰わないであげてほしいんだ?」
「事が済む……?」
「来て貰わないであげてほしいって……なんか、含みのある言い方だな。何かあったのかよ?」
「実はね、心が全部脱いで湖で水浴びててさ。そしたら、いつの間にか心が脱いだ衣服が全部どこかに消えてしまったんだよね」
「え……?」
「え!?」
颯空たち男子一同は、唐突する出来事を伝えられて驚きを隠せずにいた。直輝に至っては、顔を赤くして鼻血が出て来てしまいそうな勢いである。颯空は、突然のことが次から次へと立て続けに起きて混乱しそうになる。
「ということなので……協力して貰えると助かるかな。ごめんね、暑いのに女子だけが湖を独り占めすることになってしまって」
「そういうことなら仕方はあるまい」
「事情はわかったよ。じゃあ、俺らは寝ている透の見守りでもしとくか?」
「うん、お願い。あと、念の為に一応確認するけど……もし、心の衣服を隠した犯人がいるとするなら、燈ちゃんと瑠夏ちゃん以外の女子はアリバイがあるからいなくて。透お兄ちゃんも寝てるし、除外。三人ともや燈ちゃんたちが湖に来たところも見ていないから、昼寝組の中にもいないよね?」
「そうだな……俺らも寝てたから」
「俺も寝ていた」
「オレも寝てたぜ! マジで!」
「本当に……お前じゃないんだよな? 正直、お前が一番やりそうだしな」
「はー!? 不名誉なこと言ってんじゃねーよ! もし、オレがそんなことしてたら刻たちにバレてるっつーの!」
「そうなんだよね、だから辻褄が合わないんだよね。寧ろ、本人である心に一番疑われてるのは私なんだ。心の脱いだ衣服を途中まで管理してた……いや、管理させられたのは私だから。服を脱ぎ散らかしたから服を隠す罰でも与えて来たんでしょっていう。そんなことしたら、犯罪みたいなものだし絶対にそんなことしないんだけどな」
「他の誰かに盗まれた……というわけでも無さそうな」
「それだと、検知システムでセンサーが発動してバレるからね。一応、ここは透お兄ちゃんの敷地内だから。透お兄ちゃんは、私たち幼馴染みには顔パスで通してくれてるからこの秘密基地を問題無く自由に行き来が可能なんだよね」
「それは……透の手厚いおもてなしの気持ちで成り立っていることであろうな」
「まぁ、そうだね。ということで、そういうことだから改めて湖の出入りは控えて貰えると助かるかな。ごめんね、不名誉なこと訊いてしまって」
「大丈夫だぞ。全員に訊いて回ってるだけだろうしな。本当にやり兼ねないヤツも何名かいるし」
「おい、偏見だぞ! テメーだって容疑者だかんな!」
「誰もオマエのこととは言ってないだろ? しかも、何名かって言ってるから別にオマエだけとも言ってない」
「ちっ、捻くれたヤローだ」
すると、湖の方から瑠夏の悲鳴が聞こえてきた。
「うわああああおおおおお!?」
「……なんだ?」
「きっと、今の状態の心に丁度出会したんだろうね。皆に確認するようまわって来たのも、私が一番怪しまれてるから心に頼まれてたからなんだよ」
「なるほど。刻も忙しくて大変のようだ」
「ううん。いくら寝てるからといって人のいる所で全部脱いだり、そのうえ脱いだ衣服の管理まで無理矢理押し付けられたとは言え、私が管理を怠ったせいでこうなったのは事実だから。それじゃあ、透お兄ちゃんのことよろしくお願いします」
刻はそう言って、湖に再び戻った。
「……物が突然消えたり、勝手に現れたり。最近、変なことばっかりだな」
「まさか、本当に神隠しがあったなんてな」
「いつの時代の話をしている……そんなこと、あるわけあるまい」
「でもよ、透を中心として変なことばっか起きてんのは事実だろ? オレ、なんかすげーことがこれから起きる予感がしてワクワクしてきやがるぜ!」
「はぁ……前向きなヤツ」
「まったくだ……」
颯空たちは、寝ている透を見守り続けることにした。
【湖】
「あ、刻ちゃん! 心ちゃんの服、あったー?」
「ううん、無かったよ。やっぱりとは思ってたけど」
「もー。わたし、どうしたらいいの? このままじゃ、帰られないんですけどー? いくらおじーちゃん、おばーちゃんの家が近いとは言え、それなりに距離あるから通行人と出会しちゃう可能性は十分あるし……もう、最悪なんですけどー」
「靴までも消えたから、走ることも危なくて困難……」
「あーあ。心、ほんとに痴女じゃん」
「あー、うるさいうるさい。瑠夏にそんなこと言われるなんて、不名誉すぎるー。刻おねーちゃんが、ちゃんと見てくれなかったから……」
「……ごめん」
「え、刻?」
「え……」
いつもなら、心が悪いと反発して注意しそうな刻。そんな刻が、素直に心に謝る光景はあまりにも貴重すぎて周囲は驚かざるを得なかった。謝られた本人である心すらも驚いている。
刻と心が揉める時は大体が心が悪いことの方が多く、今回の件も正直なところ、心の自業自得ではと思っていた燈たち。それでも、刻は自分の落ち度だと思って認めて謝ったのはあまりにも異質な光景だった。
燈が、心が全部抜くまでの一連の流れを見ていた為、一応は当事者なので責められている刻を庇う。
「でも、これは刻ちゃんだけが悪いとは言えないんじゃ……脱いだ服を刻ちゃん、そして透くんにも投げつけた心ちゃんにも、流石に責任があるんじゃ……」
「うん……わかってる。こちらこそ、ごめんなさい。流石に冗談のつもりで言ったんだけど、まさかそんな風にしかも謝られるなんて思ってなかったから……わたしに責める資格なんて無いんだよね。流石のわたしも、人に任せたことを本気でその人のせいにする他責思考のクズじゃないから」
「でもさ……ほんとにどうすんの? 今日は暑いから全員薄着だし、誰も上着とか持って来ていないんじゃ……」
「たしか……乃之ちゃんだけは、持って来てた……」
「うんー! 乃之ちゃんって、肌が白い方だもんねー! あんまり日に焼けたく無さそうな印象だったよー!」
「帰る時間がもっと遅くなるかもしれなかったし、私も上着を持って来ればよかったよ。元々寒がりじゃないから、必要無いかもって思っちゃって……」
「乃之かぁ……今、どこにいるかわかんないもんな~。流石にまだ、一人で帰るのは無理だと思うし、この辺のどこか近くであたしらを待ってるんじゃない?」
「明日花ちゃんも、いるかもしれないねー!」
「明日花ちゃんに今の状況を知られたら、別の意味で大変なことになる……」
すると、燈の視界の隅で何かが光ったような気がした。
「え?」
燈は、思わず見えた先の方に振り向く。
「どうしたの……燈ちゃん……」
月葉に訊かれ、答える燈。
「今、何かが光ったような……」
「え、もしかして心の服だったりする?」
「湖の向こう側だからわからないけど……心ちゃん」
「はい」
「あそこの方に……何かないか見に行って貰えるかな?」
「別にいいけど……光ったってどんな風に?」
「なんか……青白く光ってて、何か球体のような形をした物が見えたような……正直、心ちゃんの服の可能性は低い気がするんだけど」
「……まぁ、わたしの服かもしれないんだし、燈ちゃんがそう言うなら行ってみるよ。今あそこに行けるのはこの格好のわたしだけだし」
心は、燈に従って再び湖に入って行った。湖とはいえ、浅いので普通に歩くと全身が見えてしまう。心は、浅い湖を全身浸からせるように泳ぐようにして燈の指示する方向へと向かった。しかし、何も見つからなかった。
「燈ちゃーん。何も無かったよー」
「そっか……じゃあ、私の気のせいだったのかな。ごめんね、無駄骨折らせちゃって。それに、せっかく身体渇いて来たのにまた濡れさせちゃって」
「大丈夫ー。どうせまた暑かったし」
心は、これだけ探しても衣服は見つからなかったので、正直そこまで期待はしていなかった。その為、燈のことを信用していないわけでは無いが、何も見つからなくてもそこまで落胆はしなかった。
「(本当に……気のせいだったのかな)」
燈は、何故か附に落ちない気分だった。




