1-8.『原因』
「あの人はああいう人だから。あの人にそこまでエネルギー使わないで。でも、透お兄ちゃんの為に怒ってくれてありがとう」
刻は、乃之が全身震えているのを感じる。そんな様子を眺めることしか出来なかった燈。自身の力じゃ、乃之に勝てず制御することは出来ず、逆に自分が飛ばされてしまうだろうと思った。刻が力が強いからこそ出来たことなのである。でも、誰かの為に身体を張ることの勇敢さに素直に感服する。改めて刻の強さと凄さを実感した。透の支え方といい、燈にとって刻は尊敬する人物の一人だった。
燈が刻と乃之の様子を見ていると、燈の視界の横で誰かが通り過ぎるのが見えた。正体は、星名だった。そして、星名が乃之に優しい声をかける。
「乃之ちゃん」
「え……?」
「わたしがアイドルやってた頃、乃之ちゃんもわたしのこと応援してくれてた一人だもんね? もし、まだわたしのファンでいてくれてるなら……よかったら、サインを書いちゃおうかー?」
「え……!?」
「星名ちゃん……」
乃之は、突然の出来事に驚いて泣き止む。アイドルの姿を乃之に見せて元気づける星名の姿に、燈は絶景を見ているかのような気持ちになる。悲しい表情をしていた乃之の表情が徐々に晴れていくのが見てとれた。
「……はいっ! 星名ちゃんさえよければ、ぜひ……! お願いします!!」
「うん! 誰かが落ち込んでいたら元気にさせなきゃ。わたしを支え続けてくれた人がそうなっていたら、尚更。わたしが引退するまで、アイドルをやってきて学んだことなの。だから、もう暗い顔しないで、元気出してー?」
星名が笑顔のウインクをして、乃之を慰めた。乃之は、次第に涙が止まり笑顔になる。
「……ありがとう! 星名ちゃん!」
乃之が、さっき自己紹介した時のように、再び星名にの手を握る。星名は、それに応えるように乃之に抱きついた。乃之は、驚きを隠せない状態のまま、本能のように流れで星名に抱き返したのだった。
「よかった。流石は星名ちゃんだね。元トップアイドルの力は、今でも影響し続けていて凄いよ」
「うん……」
刻の安堵に、こくりと頷く燈。明日花は帰ってしまったが、とりあえず一件落着した様子に周囲もホッとしていた。
「透おにーちゃん。乃之ちゃん、元気になったみたいだよー」
「……よかった」
「……って、逆に透おにーちゃんがまだ大丈夫じゃなさそーな感じかな?」
「いや……だ、大丈夫だ。よ、ようやく今、落ち着いてきたところだ……」
透が顔を青くして、少し全身を震わせながら返事をする。
「いや、全然大丈夫じゃなさそーだけど!? むしろ悪化してません!?」
「透くんの体調悪化の原因……やっぱり、二人の喧嘩では無いみたい……」
「え?」
自己紹介ぶりに話す月葉の声に、思わず驚く心。
「そ、それって……何か原因がわかったってこと……?」
「いや、わからない……」
月葉の返事に、心の中でずっこける心。しかし、月葉の話は続いた。
「でも、推理は出来る……話によれば、彼女たちは学校でも喧嘩をしていて、その時は透くんの体調が悪化していなかったそう……だから、二人の喧嘩が原因というには根拠が薄い……」
「な、なるほど……」
「わたしの経験則にはなるけれど……透くんの体調悪化は、頑張りすぎて溜め込み、疲労から来ている状態に似ているように見える……」
「きっと……夢の内容が原因かもしれないな……」
「夢の内容……?」
無表情だった月葉が、突然透から返事を受けて珍しく表情が少し変わる。夢の内容で察しがつく心。
「あ、まさか……」
「あぁ……ここ直近で連続で見た夢は、夢の中とはいえずっと走らされたからな。その疲れが、まるで永遠に回復しないかのように、今でも続いてるかのような。そんな感覚なんだ。少しオーバーな表現かもしれないが……」
「それは…………」
月葉は、表情こそ変化は無いものの、声質がこれまでと明らかに異なっていた。透の話の内容に、驚きと戸惑いを隠せずにいられないのか、自身の口周りを抑える仕草をしていた。
「え、まさかそんな状態で家から秘密基地まで1時間もかけて歩いたの? じゃあ、今まで無理してたってこと?」
「…………」
「図星ですか……っていうか、無限レベルでスタミナがある透おにーちゃんが息を切らす姿なんて初めて見ましたけど? いや、夢を直接見たわけじゃないから、そんな人がそのくらいで息を切らすんだとか言うつもりは無いけどさ……」
「夢の中とはいえ、命が懸かってたんだぞ……普通にスポーツしたり体育の授業をするのとは体力の使い方とかプレッシャーとか、色々訳が違うんだよ……」
「オカルトなど、非科学的なことは信じない透くんが、こういう状態になるのはただ事では無い気がする……きっと、よっぽどのことがある……それに、普段の透くんなら、あの二人の喧嘩もきっと容易に止めさせられたはず……」
「たしかに、昨日の透おにーちゃんの話を聞いて、わたしもオーバーリアクションしてるとは思ってないけどさ……でも、夢でこうなる透おにーちゃんは今まで想像すらしたこと無かった」
「透くんがそんな状態なら、また後日に日程を改めた方が……」
「……いや、大丈夫だ。そこまでは深刻じゃない。せっかくの休日に時間作って貰って、皆にわざわざ来て貰ったのに結局何も話さないのは悪いしな。だから、何がなんでも今話す」
「わかった……透くんがそこまで言うのなら、私は透くんの判断に従う……でも、無理だけはしないで……」
「……ありがとう。悪いな、付き合って貰って」
「構わない……他の誰でも無い、透くんの為だから……話を聞くだけで透くんへの恩返しになるのなら、喜んでいつでもなんでも聞く……」
「月葉ちゃん……」
心は、月葉の優しさにまるで自身の心が洗われるような感覚になる。そして、自身の実の兄がどれだけ周りに愛されているかを改めて実感する。
同じ血を持っているはずで、半年ちょっとしか歳が違わないはずのに、自身とは天と地なほどの差を感じる心。透のことを誇りにも思う反面、自身の平凡さや情けなさ、劣等感や悔しさも正直あった。
いつも傍にいるのに、一生追い付けないような、とても遠い存在かのような。それほどに、透の存在の大きさを毎日のように日々痛感させられていた。しかし、だからこそ実の妹として透のことを尊敬しており、愛していた。
心が透のことで頭の中をいっぱいにしつつ上を見上げてみると、いつの間にか刻たちが再び透の周りに集まって来ていた。
「心。大丈夫? 心まで透お兄ちゃんみたいに具合悪くなったりしてるんじゃ……」
「あぁ、違う違う!! たしかに、ちょっと暑いけど考え事してただけだから。全然そんなこと無いから!」
「そう。ならよかったけど……」
「そ、そんなことより、ほら、透おにーちゃんがまだ話せるうちに、早く話聞こー!」
「それもそうだよな。透の体調が不安定だから、俺らも様子を伺いながら聞くぞ」
「透は大丈夫なの? 話せる状態?」
「大丈夫……私が確認した……でも、念の為に透くんには必要最低限のことを話して貰う形が望ましいかもしれない……」
「そっか、透に余計なこと喋らせない方がたしかに集中も出来そうだし良いよね」
「よくよく考えたら、私たちは透くんの話したいことを全部知ってるから、私たちが代理で話した方が良いんじゃ……」
「ん? なんで燈が透の話したいことを知ってんだ? 刻や心が知ってるってんならまだわかるけどよ」
「あ……!」
燈は失言したと後悔し、顔を赤くする。よくよく考えれば、自身が透の家に泊まったことを松本家の三人や乃之以外は知らないことだったと。しかし、刻が直ぐに補足する。
「昨日は家の事情で、燈ちゃんが松本家に泊まりに来たんだよ」
「そういうことか。それで、燈も透の話したいことを全て把握しているというわけだな?」
「実は、わたしも知ってるんだ。燈ちゃんと一緒で、わたしもトオくんのおうちに泊まったから」
「なんだと!?」
「あー、たしかに言われてみれば。今日行く時に透たちの家に迎えに寄ったら、燈も乃之も透たちの家から一緒に出て来てたね」
「う……嘘、だろ…………」
「なんか今日やたら暑いから、結局二人とも涼しい格好の着替えを取りに、一旦自分の家へ帰ったけどねー」
「そうだね……トオくんの家のお風呂、凄かったんだよ? もう露天風呂とか、大浴場とかあって……最高だった!」
「な……ななななな、なんつー…………オメーら、昨日何があったんだよ!? おい!!」
「あー……こうなると思って、せっかく燈ちゃんが泊まったことしか言わなかったのに」
「と、刻も大概ワルだね……」
瑠夏は、刻を恐れる。




