序-3.『登校』
透たちが住宅街を歩く。町にはたくさんの子どもたちが元気良くはしゃいでいた。透たちと同じように、全国の子どもが一つ大人になったのである。
皆が楽しそうにしている中、透だけは相変わらず無表情で歩いていた。刻と燈は、自分たちが悪い意味で目立たないように何か話をすることにした。燈から話題を振る。
「刻ちゃんは……これから中学生になることに緊張する?」
「そうだね、私はしてるかな。ドキドキとワクワクが混ざってて、変な気分」
「刻ちゃんでも緊張するんだ……」
「それはどういう意味で言ってるの……」
「……」
樹の話を受け、燈は今後の中学校生活の話題を刻に振ることで透の反応と様子を探ってみたが、透に特に何か変わった様子は見受けられなかった。
どうやら、中学校生活に関することが影響してるわけでも無さそうに燈は思った。
そして、刻もまた燈の行動の意味をなんとなく理解した。珍しく透の起きる時間が遅かったことを、燈は樹か麗美辺りの誰かに聞いたんだろうと察する。
しかし、透本人がいる前でそれについて言及することは出来るわけもなく、刻も燈も敢えて黙っていることにした。そして、燈は別の話題を振ることにする。
「私たち、今日から中学生になるんだね……まだ実感が湧かないよ」
「たしかにね。少しずつ……大人に近づいていってるね。人生三百年時代とはいえ、身体に負けないくらい精神も成長させていかないとね」
「本当に……そんなに長く生きられるのかな。いくら現代の医療技術で若さを維持出来るとはいっても、そこまで先のことは全く想像出来ないよ。いや、本当に生きてる人はいるんだけど……順調に健康でいられれば、単純計算で人生あと二百八十七年もあるって考えるとまだまだ子どもに感じちゃう不思議」
燈は、この先の人生が楽しみでもあり、不安も混ざって複雑な心境である。
「でも、あと最長でも六年したら学生生活は終わりだからね。今の時代はどんなに学生期間の長い人でも十八歳で終了。それ以降は、最低百五十歳までずっと社会人として大人の意識をもって生きていかないといけない。人口過多による影響で、ほとんどの学校は生徒を受け入れる枠の余裕が無くなったから留年制度そのものが存在しなくなり、一年間で一学年分の単位を取れなければ退学処分を受けて直ぐに職業訓練所行き。システム自体は小学校でも同じだけど……競争がより激しくなって、今年から私たちの代も大人の仲間入りしたようなものだよ」
「そっか……そうだよね。中学受験に失敗した人たちは、今日から職業訓練所で私たちよりも社会に大きく触れていくんだもんね。その人たちの分も、頑張って勉強しないと……」
「現代の中学で習う勉強の難易度は闇の時代、つまり西暦二千年前後の高校レベルに相当するからね」
闇の時代。透たち西暦三千年以降を生きている人々が、二十一世紀の少子高齢化の時代を指す呼び方である。
彼らの中で、この時代を人類社会の中で黒歴史とされており、千年経った今でも未だに嫌悪している者も多い。
何をもって闇と呼ばれ続けているのかは、人によって基準や解釈、分析などが異なっている。
よく挙げられているのが、子どもの産みにくい社会システム、減らない子どもへの虐待、後の絶たない交通事故で減らない子どもの死亡、当時の若者が闇バイトに手をつけさせてしまうほどの生きるだけで難しそうな社会、ネットの普及で減らない匿名による誹謗中傷、人種差別や人権問題などである。
「小学校では……現代の三年生までの内容が二千年代でいうところの小学六年生、現代の六年生までの内容が二千年代の中学レベルに相当するんだよね。当時の少子高齢化の影響で学校がどんどん閉鎖しちゃって、いざ少子高齢化が解決すると今度はその反動で学校の建設や社会全体の労働者の確保が追い付かなくなる問題ができた……その問題の解決策として、国民の社会的自立を早める為に一学年で習う勉強の内容を多く詰め込んで早めたんだよね」
「そうだよ。さすが燈ちゃんだね。少し補足すると……国民の結婚平均年齢を早める目的もあったんだ。国民の学生期間を最高十八歳に引き下げ、結婚する年齢の早さを第二次世界大戦以前並みにすることで、子どもを産む年齢も早くして少子高齢化を防ぐ。闇の時代以前の当時は医療技術が発達していなかったから幼児で亡くなる子が多かったんだけど、少子高齢化を解決した以降の時代は医療技術も十分に備わってるから幼児の生存率も高くなって人口もより増加しやすくなった。そういう経緯があって、今の現代に至ってる」
「……刻ちゃんと話してると勉強になります」
「あぁ、ごめんね。つい話を飛躍させちゃった。透お兄ちゃんも、一緒に有意義な中学校生活を送ろうね?」
「……え? あぁ、制服姿が可愛いって話だったか?」
「いや、そんな話は一度もしてないよ!?」
刻と燈は、赤面しながら驚く。
「あ、あれ? 透くん、私たちがしてた話について来れてた?」
「……悪い。正直、まともに話聞けてなかった。ちょっと無意識に色々考えてしまっているみたいでな」
「そっか……透くん、大丈夫?」
「よっぽど……嫌な夢だったんだね。いくら中学校生活初日だからといって、無理しなくていいからね」
「あぁ……ありがとう。でも、人の話を聞いてないのはよくないから気をつける」
透たちがとある道を通ると、元気で活発な力強く明るい挨拶が透たちに向かって飛んできた。
「おっはよー! 皆の衆!」
「あ、瑠夏ちゃん! おはよ!」
中野瑠夏。隣町だが松本家や前田家から徒歩三分に満たない距離のアパートに住む透たちの幼馴染み。緑髪で短髪、黄色い瞳や高身長と大人びた容姿が特徴的な活発で男勝りな美少女である。彼女も、透たちと同学年で同じ学校に通うこととなる。
「おはよう、瑠夏ちゃん」
「……おはよう」
「やあやあ、どうも! 制服姿、似合ってますなー」
「瑠夏ちゃんも、似合ってるよ」
「そう? えへへー、やった!」
瑠夏がわざとらしく照れる素振りを見せるが、透の様子が気になり、そちらを見ずにはいられなかった。気遣って、あまりうるさく質問責めするのは抵抗があった瑠夏だが、やはり透のことが気になり訊くことにした。
「透……どうしたの? なんか、いつもと雰囲気違うような……」
「……そう見えていても仕方無いのかもしれない。なんか、気分悪い夢を見た気がしてな」
「え、夢?」
「あぁ。なんか……直感だが普通の夢では無いような気がしてな。まぁ、夢のことにいつまでも気をとられているわけにもいかないから早く忘れないとな」
「……そ、そうだよ! たかが夢だよ! 一緒に楽しい話でもして、そんなの忘れよ?」
「……あぁ」
透がそう返事した後、瑠夏から目を逸らして前方を向く。瑠夏は刻の耳元でヒソヒソ呟く。
「刻……透、どんな夢を見たの?」
「わからない……まだ私も詳しくは聞いてないよ。思い出させるのも申し訳ないから……」
「そ、そっか……でも、心霊映像とかそういうオカルト系を全く信じないし、全然影響されないあの透が夢でここまでなるのって、かなり珍しくない?」
「私もそう思うよ。一体、どんな夢を見れば透お兄ちゃんがここまで考え込むんだろうって……どうしよう、せっかく今日は特別で大切な日なのに」
「今日学校から帰った後、他のメンツともちょっと話し合ってみよっか。刻は心とかご家族と相談してみて?」
「わかった」
瑠夏は気を取り直して、会話を盛り上げさせる。
「学校ってさー、海の上にあるんだよね。しかも広さは下手すると町一個分」
「そうだね。学校の周囲にはグラウンドや体育館、プールなどの施設の他に遠方から通う生徒向けの学寮棟もあるから。その学寮棟が、マンションみたいだったりアパートみたいだったりで住宅街みたいな感じなんだよね」
「そーそー! あたしもそっちで住めれば登下校が楽になるのになー」
瑠夏は羨ましそうにする。
「私たちは徒歩で通えるから必要無いし、遠方から通ってくる生徒の枠を潰しちゃうから迷惑でしょ。まぁ、そもそも家から学校までの定められた距離以上の長さを満たしていないといけないという条件があるから、どっちにしても入りたくても入れないけどね」
「あはは……やっぱそういうわけにもいかないか。でもたしか、学寮っていっても色々なタイプがあるんでしょ?」
「そうなの?」
「うん。さっきも言ったようにマンションみたいなタイプだったりアパートみたいなタイプだったり。中には学校と直接隣接してる学寮もあるんだって」
「へー! それならすぐ通いに行けるじゃん!」
「もう学校が家みたいな感じだね……」
学校のシステムについて、色々話し合いながらも透の様子をチラ見でいちいち確認する刻'(とき)たち。
しかし、それでも透は目の焦点がまるで合っていないように表情に変化が一切無かった。まるでお面のように、一切動かなかったのである。
刻は、透のことを益々心配に思いながらも、再び話を続ける。
「まぁ、どれに住めるかは生徒たちの要望じゃなくて学校側が生徒たちの入学試験の成績結果をもとに決めるみたいだよ。成績の良い生徒ほど学校の近くに住めるはず」
「えー、じゃあ学校の体育館とか図書室とか自由に使えるの?」
「成績の良かった生徒の特権として、学校の施設の一部は使わせてもらってるって聞いたことがあるよ。成績の良い生徒なら、大半が良し悪しの区別はつくだろうということで。まぁ、それでも流石に入れる施設も限られてるだろうけどね」