序-20.『ハプニング』
「はぁ……はぁ…………」
心は涙目のまま静かに立ち上がり、浴槽に浸かって奥へと移動した。
「……って、ねえ。何しれっと透お兄ちゃんの所に行こうとしてるの? 本当に反省した?」
「だから、服はもうランドリーに出したから30分は出られないって……」
心は、刻の言葉をまるで聞いていないように振り向きもせず、弱々しい声で言う。
「はぁ……完全に透お兄ちゃんの所で入る気満々だったんだ。個室に付いてるランドリーに、ご丁寧に自分の着替えを洗わせてるし。替えの着替えもここに届けるように、ご丁寧に登録までされてある」
シャワーの個室に付いているランドリーは、洗濯物を収集するメインの巨大ランドリーへの通路として繋ぐ入り口となっている。その為、一度入れると脱いだ着替えを再度取り出すことは不可能。
尚、替えの新しい着替えは、シャワーを最低30分間利用しないとこちらに届かない仕様となっている。イタズラや盗難防止で、利用者以外の手に直ぐに渡らないようにする為、そして使用者がこのシャワーの利用者であることを証明する役割も担っている。これは、透の家に限らず西暦3000年代において全国で幅広く活用されているセキュリティシステムである。
替えの着替えの届け先は、各個室のランドリーに設定されている番号に指定して、登録することで届く仕組みである。心は透専用のシャワールーム個室のランドリーで、全ての流れを組み込んでいたのである。
「ほんと、自分勝手なんだから……でも、どうしよう。心のせいで、ずっとこのままだと風邪ひいちゃうな……でも、他の個室には知らない親戚の人が使ってるかもしれないし…………」
刻が迷っていると、透専用の個室がまた開く。目が合ったのは、燈と乃之だった。
「あっ」
「!」
「と、刻ちゃん……び、びしょ濡れだね?」
「……やられた」
「や、やられた……?」
「なんでもないよ。さて、二人とも。私たちも早くお風呂に入らなくちゃ」
「う、うん……」
【透専用の大浴槽】
「透おにーちゃん……お待たせしましたー」
「別に待ってないが。というか、なんでこっち来たんだ。それはそうと、なんか騒がしくなかったか?」
「え? えええっと、その……ま、気のせいでしょ」
「なんかお前……背中、少し腫れてないか? またシャワーの温度の設定間違えたりでもしたのか」
「いや、違……それは、その、えっと……」
「お前は早とちりだからな。次は気をつけろ。暑かったら、露天風呂の所へ行って少し冷やして来い。逆上せたら大変だからな」
「むぅ……勝手に決めつけて好き放題言って。でも、まぁ、うん……ありがと」
しばらくして、透は何者かの気配を感じて後ろを振り返る。すると、透は突然硬直する。
「え……は?」
「どうしたの?」
心が透の様子を見て、自分も便乗して後ろを振り返ってみた。すると、予想外の事態に心は驚く。
「えっ!?」
透たちの後ろにいたのは、刻、燈、乃之の3人のしかも生まれたままの姿だった。なんと、3人が透専用の大浴槽に入って来たのである。そんな事態に、燈も乃之も驚く。
「え……!?」
「ええ!?」
燈や乃之は顔全体を真っ赤に染める。燈は、羞恥のあまりお湯に沈むように姿勢を低くする。
「トオくん!? 入ってたの!?」
「そりゃ……入ってるだろ。ここは俺が主に利用してるんだからな」
「な、なんで二人も入って来たの!? 刻おねーちゃん、一体何を企んで……」
「ち、違う!! 私だって、こんなつもりじゃなかったんだってば!!」
「何がどうなってるんだ? なぜこうなったのか……」
「あ、あのね、透お兄ちゃん……これには深い事情があって……」
「……いや、俺の責任でもある。刻に二人のことを押し付けてしまったからな。申し訳ない」
「い、いや、透お兄ちゃんが謝ることは無いよ……わ、私も混乱してどうすればよかったのかわからなくなって……」
「ふーん。透おにーちゃんもいるのに、そんなに一緒にお風呂に入りたかったんだ? しかも、他に女子二人を連れて」
「わ、私は心が何か悪さしないか、気になって来ただけだってば!!」
「じゃあ、透お兄ちゃんと一緒に入りたくなかったんだ?」
「い、いや、それは、その……って、何を言わせようとしてるの!? 入りたいとか入りたくないの話じゃない! 大体、心のせいでこうなったんでしょ!?」
「刻おねーちゃんがえっちだからですー。責任転嫁はやめてくださーい」
「この……!」
「ふ、二人とも落ち着いて……」
「はぁ……なんでお風呂に入って、更に疲れなくちゃいけないの」
「燈も乃之も、悪かったな。対応が雑になってしまって。でも、こればかりは俺がやるより同性である刻にお願いした方がいいと思ったんだ」
「ううん……大丈夫だよ。わかってるから」
「トオくんは、これ以上付き添えないと思って、わたしたちに気を遣ってくれたんだよね! 本当に……紳士だよ!」
「結局こうなってしまいましたけどねー」
「他人事みたいに言いやがって……」
「本当だよ……」
透と刻が呆れた話し方をする。
「まさかとは思うが……まさか、ランドリーに脱いだ服入れたわけじゃないだろうな」
「……それが。ごめんなさい、全員入れちゃいました…………」
「と、刻……それをしてしまったら、当分出られなくなるだろ?」
「そうだねー、脱いだ服は一度ランドリーに入れちゃうと30分するまで新しい着替えがここに届かないからねー。だから、今出てもこの格好のままでいることは代わりないよー。刻おねーちゃんは、それをわかっててここに来たってわけだねー。ね? 燈ちゃんもそう思うよね?」
「わ、私もそのシステムを聞いたことあるから知ってたよ? で、でも……ずっと同じ所に留まるのもまずいかなと思って……私も混乱しちゃって、つい刻ちゃんについて行っちゃいました……」
「燈まで……」
「ほ、本当にごめんなさい…………」
「わたしは……トオくん専用のお風呂って、どうなってるのか気になったから来ちゃった!」
「……」
「これから、出入りする人も増えてくるだろうから、この格好じゃ着替え届くまで出られないねー?」
「もう滅茶苦茶だな」
「今日は濃い1日になったね、透おにーちゃん。お誕生日プレゼントに、女子との混浴も追加されちゃって」
「黙れ。何言ってやがる」
「こ、混浴…………」
刻や燈、乃之の三人が顔全体を赤くしたままモジモジして湯に身体を沈める。
「燈や乃之からも何か言ってやってほしい。こいつの身勝手な行動のせいで、俺たちは一緒に風呂入らざるを得ない目に……」
「わたしはトオくんとお風呂入るの嫌じゃ無いから別にいいよ? それに……今まで会えなかった日数を考慮したら、一気に距離が縮まったみたいで嬉しい! 機会を設けてくれた心ちゃんに感謝です!」
「へへーん。それほどでも!」
「は?」
「き、機会って……」
刻は納得いかない表情をする。
「わ、私も……って言ったら変だけど……誰が入ってるかわからないお風呂だから、一番安心なのは親しい透くんの所なのかな、って……」
「一応、誰が入ってるかわかるシステムはあるけど……早めに説明しておけばよかったな」
「はい、透おにーちゃんにも責任がありますねー。んじゃ、皆悪いってことで! 一件落着ー!」
「ほんと、悪ふざけが過ぎる子だね……」
刻は呆れて力が抜ける。
「それにしても……トオくん専用の浴槽もかなり広めだね! たぶん、個室5個分くらいの広さなのかな?」
「あぁ。他の個室4つに入って最奥の壁の向こう側がここになる」
「そうだったんだ。それなら、最低でも5人は入れる広さがあるんだね……」
「現に、今5人一緒に入ってますからねー」
「わかりきってることをいちいち言わんでいい」
「それにしても、透おにーちゃんだけこれは贅沢だよねー」
「透お兄ちゃんのお金で作ったんだから、透お兄ちゃん専用の場所を作ったっていいでしょ。お父さんやお母さんも、そうするべきだって言ってたよね?」
「そもそも、俺が使ってない時なら自由に使ってくれて構わないって言ってるしな。でも、なぜか兄弟より姉妹たちの方が使用率高いらしいが」
「そ、それは…………ほ、ほら。一応女子の方が少し多いですしー? それに、おにーちゃん二人は家をもう出たんだからもっと男子が少なくなっただろうし……」
「それにしても高い気はするが……まぁ、専用浴室自体に異常は無いようだから別にいいが」
「ねえ、トオくん。あそこは何?」
乃之が指を差した先には、何か扉のような所があった。




