序-2.『制服』
松本家に訪れ、樹の目の前に映ったのは制服姿の赤髪ロング、前髪ぱっつん、青い瞳の絵に描いた美少女だった。
彼女の名前は前田 燈。松本家の隣に住む、透たちの幼馴染みである。そんな彼女もまた、透たちと同様に今日から中学生となり、同じ学校へと通うことになる。
松本家と前田家は家族ぐるみで仲が良く、毎日のように交流している。
透たちも例外ではなく、同じ年齢の燈とはまるで家族のように、10年以上という付き合いの長さから、現在までずっと仲良く一緒に過ごしてきている。そんな燈が、朝早くから松本家に訪れてきた理由は樹には直ぐにわかった。
「おはよう、燈ちゃん。制服、とても似合ってて綺麗だね」
「あ、ありがとうございます……!」
燈は制服姿を褒められたことが素直に嬉しく、照れながら樹にお礼を言う。
「きっと、透や刻を迎えに来てくれたんだよね?」
「はい! 透くんや刻ちゃんとも約束しましたので……」
「ありがとう、おじさんとても安心するよ。中学でも透や刻のことをよろしくね。心は定時だから、燈ちゃんとは関わる時間がこれから減るかもしれないけど……あいつと会った時も、これまで通り仲良くしてくれると嬉しいよ」
「そうですね……わかりました! 私も、ぜひこれからも仲良くさせていただきたいです! こちらこそよろしくお願いいたします!」
「うん、ありがとう」
燈は元気良く、尚且つ丁寧に樹とやり取りを交わす。
「ところで、透くんは……?」
「あぁ、それが……透の奴、今日に限って起きるのが子どもたちの中でもかなり遅い方だったんだ」
「え……?」
燈が、つい珍しそうな表情を樹に見せる。
「あいつ、ああ見えて今日からの中学生デビューに、やっぱり本当に緊張していたのかな。それとも、中学校生活に何か不安とか……原因はわからないけど、それらに関する影響なのか、変な夢でも見て寝起きが悪かったのかもしれないね」
「なるほど……深刻じゃないといいんですけど……」
燈は、樹の言葉で一気に透のことが心配で全身が押しつぶされそうな感覚になる。大袈裟のつもりは無く、言いようのない強烈な不安が燈を締め付けたのである。
「おっと、中学校生活初日に朝から不安にさせてしまってごめんね。おじさん、仕事だからそろそろ行かせてもらうね。中学でも頑張ってね」
「あ、いえいえ! 訊いたのは私ですので……ありがとうございます、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
樹が頷くと、燈は深々と頭を下げて樹を見送った。その後、背後から麗美の声がかかる。
「あら、燈ちゃん! おはよ~!」
「おはようございます、おば様!」
燈は切り替えようにも切り替えきれない不安な気持ちを抱えたまま、笑顔で明るく振る舞って麗美に挨拶をする。
「燈ちゃんも、制服姿とても似合ってるわね~! とっっっても可愛いくて素敵だわ~!」
「ふふふ、おば様も今日も美しくて素敵ですよ」
燈は潰しきれない不安な気持ちをなんとか押し潰して麗美を褒めた。
「やだ、燈ちゃん! もう~お上手になっちゃって!」
「冗談ではなく、本心ですよ」
燈がニコニコしながら麗美褒めると、麗美は顔を桜色に染めながら照れている。麗美の表情を見ていたら、燈は安心して少し元気になった。
「ありがとね~! 刻はもう支度済ませてあるのだけど、透がまだで……待たせちゃって、ごめんなさいね」
「いえいえ、大丈夫ですよ! 一人じゃ心細いですし、私も透くんや刻ちゃんと一緒に行きたくてお邪魔させていただいたので……」
「うふふ、それならよかったわ~」
燈が麗美と話していると、麗美の後方から声が飛んでくる。
「わっ。燈ちゃん、制服着こなしてるー。おはよー」
「あ、心ちゃん。おはよ! ありがとう」
「心も午後から入学式なんだから、支度済ませておくのよ~?」
「はいはーい。わかってまーす」
すると、刻も後から来る。
「ちょっと心、そこどいてよ。というか、玄関開けっ放しなのにパジャマ姿は恥ずかしいって」
「おっと、燈ちゃんだけしかいないからつい」
心が刻に道を空けると、刻と燈は目が合った。
「あ、おはよう燈ちゃん。約束通り迎えに来てくれてありがとう」
「おはよ、刻ちゃん。ううん、こちらこそ一緒に付き合ってくれてありがとう」
連鎖するように、少しすると制服姿の透がやって来た。燈が透の存在に気づくと、直ぐさま反応して挨拶した。
「透くん、おはよ!」
「おはよう、燈。待たせてごめんな」
「ううん、私は全然大丈夫だよ」
「じゃあ、行こっか」
「うんうん、全員揃ったわね! 三人とも、制服を着るとより一層大人になったように見えるわ~! それじゃあ皆、気をつけて行って来てね!」
「行って来る」
「行って来ます」
「行って来ます!!」
「行ってらっしゃーい」
透たちがそれぞれ挨拶を交わし、透と刻、燈の三人は松本家に背を向けて後にする。心と麗美は、そんな制服姿の三人の背中を見守るように見送った。