序-14.『帰宅』
「え?」
「と、透お兄ちゃん……?」
透は正面は向いているものの、明らかに後ろにいるであろう誰かに向けて言ってるような雰囲気だった。刻と燈は、後ろを振り返る。しかし、誰もいなかった。少しして、透はまた歩き出す。刻と燈は、そそくさに透について行った。
「と、透くん……さっきも誰かが後をつけてきている気がするって言ってたよね?」
「それ、かなり怖いんだけど……透お兄ちゃんの直感は、ほぼ必ずと言っていいくらい当たるから尚更」
「……警戒はしておいた方がよさそうだな」
「透くんを一人にさせない方が良さそうだね……透くんの言う通りだとしたら、本当に誰かにつけられてるってことだから」
「……あぁ。だけど、狙いが俺とは限らない。刻や燈の可能性も0じゃないから、決して俺に気を取られないでほしい。自分の身も守るようにな」
「う、うん……わ、わかった……」
「透お兄ちゃん。誰かに後をつけられている感覚を覚え始めたのって、いつから?」
「……いつからだろうな。色々考え事をしていて、上手く思い出せない。今日は中学校生活初日、クラス表、明日花にいちゃもんを付けられる、滑って下の階に転がり落ちて怪我をする、乃之と約10年ぶりの再会、入学式……色々な濃い出来事が盛り沢山だったはず。それなのに、何故か昨日見た夢が脳内で最優先されている」
「え?」
「そ、それって、どういう……」
「どうも普通の夢とは何か違った感覚なんだ。俺もなんて言語化したらいいのかわからない。夢にしてはやけに鮮明に覚えているような……」
「そういえば、まだ聞いていないんだけど……よかったら、教えて貰えるかな? 透くんは、どんな夢を見たの?」
「……隕石が降り注ぐ夢だ」
「……え」
「い、隕石!?」
刻と燈は、思わず呑み込む。
「……この話は、帰ってから続きを話すか。万が一のことを考えて、俺たち以外の誰かにはまだ聞かれたくないから」
「わ、わかった……」
「……」
刻と燈は、透の体調の心配は勿論、言葉に表せない何かの嫌な予感が唐突に押し上げてくる感覚になる。透の性格上、非科学的なオカルト系は信じないはずの透が夢一つでここまで深刻な雰囲気を作り上げてきたことは今までに一度も無かった。そんな透に、一体何があって透にそうさせているのか。二人は、まるで透自身のことのように不安になってきた。
燈は、この怖い雰囲気を少しでも明るく変えようと、別の話題を振ってみることにする。
「そ、そういえば、透くん……さっき、今日の出来事をいくつか話してくれたよね? もう一つ、しかも大切な出来事を忘れてるよ?」
「大切な出来事?」
「え、透お兄ちゃんならわかるよね?」
「……わからない。あと一つは何だ……」
透は考え始める。刻と燈は、それが衝撃的すぎて、驚きを隠せずにいた。しかも、フリとかでは無く、本気でわからなさそうに考えていたのである。
「え、透お兄ちゃん……本当に今日が何の日かわからないの?」
「……あぁ。真面目にわからない」
刻と燈は、困惑してパニックになりそうになる。まるで、透が何か別人になってしまったんじゃないかと。若しくは透は透自身が誰なのかを忘れてしまったのかと。そんな錯覚すら抱く程に、二人は焦燥感に苛まれる。
「きょ、今日は透お兄ちゃんの誕生日だよ!!」
「……あぁ。そうだった」
「え、本当に忘れてたの……?」
「……不覚にもな」
「自分の誕生日を忘れるほど、ずっと頭の中で支配される夢で悩まされてたってこと……?」
「透くんが疲れること自体珍しいけど……それくらい疲れてたんだよね? きっと……たしかに今日は余計に疲れる出来事もあったけど……」
「……本当に疲れているのかもしれない。たかが夢で、こんなに追い詰められることなんて無いはずだ。帰ったら少し仮眠でも取るか……」
「うん、そうしよう? 今日は透お兄ちゃんが主役の一日だから、部屋でゆっくり休んでてよ。パーティの準備は私たちだけで頑張るからさ。そもそも、主役に準備させるのはおかしいけどね。だから、透お兄ちゃんは楽しみに待ちつつ、お誕生日パーティが始まるまで寝てて?」
「……悪いな。手間をかけさせる」
「全然。私たちが好きでやることなんだから。むしろ、私たちだって準備することすら楽しみなんだよ」
「……ありがとう」
色々あり、透と刻は松本家、燈は前田家とそれぞれ自分の家に帰宅して一旦解散する。
「ただいま」
透と刻が帰ると、既に何人かの弟や妹たちが帰ってきていた。双子の妹が、透と刻を迎えに来る。
「おかえりー、透おにい。刻おねえ」
「お帰りなさいませ、透お兄様、刻お姉様」
「心は? もうお昼ご飯食べて学校へ行った?」
「行ったよー。会わなかったの?」
「うん。あの子、どの方向の道選んで行ったんだろ。昼だから通行人の数はそんなに変わらないだろうし、登校が大変そうだけど一人で大丈夫かな。心配だから私と一緒に行ってあげようと思ってたんだけど」
「それ、刻おねえが大変じゃない? また学校行くつもりって、絶対疲れるじゃん」
「どなたかと待ち合わせしてから行くそうですよ。だから、刻お姉様がそこまでされるのは大丈夫かと思われます。それよりも、もっと大切なことがありますよね?」
「そうだね。じゃあ、私は着替えてくるよ」
「そーそー、心おねえって何時に帰って来んの?」
「定時制はたしか15時には入学式終わるはずだよ。だから、帰って来る時間は16時前くらいじゃないかな」
「わかりました。心お姉様が、珍しくリビングを掃除してくださったので、直ぐに透お兄様のお誕生日パーティの準備が出来そうです」
「へえ……それはたしかに珍しいね。心もやるじゃん」
透と刻が自分たちの部屋に戻ると、制服から私服に着替えた。二人は手洗い場へ向かって手洗いとうがいを済ませ、昼食を取る。
「あれ……透おにい、全然お昼ご飯進まないじゃん。食欲無いのー?」
「そうか? いつも通りのペースだと思うが」
「腹空かせておきたいなら、アタシが少し貰ってあげようかー?」
「こら! 透お兄様のご飯ですよ! 気軽にいただこうとしないで!」
「食べたいなら俺がまだ口付けてないやつはやるよ、ほら。その代わり、一粒も残さず綺麗に食べろよ」
「え? そんなにあっさりくれると思わなかったんだけど……」
「と、透お兄様……?」
「ごちそう様」
「あ、透お兄ちゃん。食器は私が片付けておくから、そのまま置いてていいよ。部屋に戻ってゆっくり休んでて」
「わかった。ありがとう、刻。ごめんな」
透はそう言って、席を立ってリビングを出る。
「透おにい……もしかして、本当に食欲無いの?」
「私も……正直、そう見えました。透お兄様がご飯を残すなんて、かなり珍しいですし……」
「あぁ、ほら、今日は中学校初日だし、色々詰め込まれて疲れたんだよ。私だってそうだし。それに、たくさん料理を用意しないといけないんだから、どっちにしてもお腹は空かせないといけないでしょ? だから、二人は心配しないで! さ、早く透お兄ちゃんのお誕生日パーティの準備するよ」
「ふーん……」
「はい……そうですね」
双子の妹たちは、透のことを心配しつつも、そのままリビングに残る刻や他の兄弟姉妹たちとともに透の誕生日パーティの準備をする。透は、意図はしなかったものの結果的には誕生日パーティに備えて、昼飯を少なく取って腹を空かせておくことが出来た。昼食を取り終わった透は、自分たちの部屋に戻ってベッドで仮眠を取りに向かう。




