1-89.『禁断の部屋と信頼の嘘』
「え……!?」
「きゃあ――!?」
思わず悲鳴を上げる乃之。そして、腰を抜かしそうになる燈。
透たちが入った部屋は、なんと斧や鎌、槍や剣などといった武器が多数並んでいた。そして……明らかな爆発物や毒ガス兵器等も健在だった。下手に動けば、大怪我では済まない命の危機にもなり得る。
燈と乃之は透たちの言っている言葉の意味がわかった。
「こ、ここが……厳重に管理されていた部屋…………」
「うん。明らかに禁断の部屋って感じだよね!」
「な、なんで陽気でいられるの!? こんな危ない場所で!! というか、はしゃがないでよ!!」
乃之が怖がりながら、ヒステリックな声を上げて彰人に注意する。
そして、相変わらず冷静で落ち着いている透と刻。燈や乃之は、別の意味でもそんな透や刻が怖かった。
「想像以上に、物騒だな。昔の処刑方法に使われている道具や犯罪目的で使われていそうな典型的な物も多々保管されてる」
「見ているだけで、自然と体内に毒素が出て来てしまいそうだね。他にも、鎧や兜などの防具もある。部屋の雰囲気といい、明らかに戦闘向けの物しか存在しないね」
「そうだな。明らかに、『そういう向け』の為に出来上がった部屋だ。そして、何よりも恐ろしいのが……どれも新品だってことだな」
「これがもし……今はまだ持ち主がいなくても、既にこの建物を求めている人がいたら大変なことになるね」
「こういった武器等を求めている人たちが訪れる可能性が高いってことだろうからな。長くここにいられる場所では無いのかもしれない」
「でも、今の時間に外を出ると今度は見たことの無い生き物たちが私たちを待ってる。リスクを考えれば、だいぶ不味い状況だね……逃げ場が無い」
「そもそも、こういう所は本来中学生だけでいてはいけないよな。まぁもう手遅れか」
「そうだね……」
すると、刻が透の手を握った。
「……刻?」
「危ないから、こうして一緒に行動しよう。燈ちゃんと乃之ちゃんは、この部屋の光景に腰を抜かして足が竦んじゃったみたいだから行動不能だし。あの殺人未遂犯は危険だから扉の前で拘束済みだし、何かされる心配も無いからね」
「いつの間に……まぁ、そうだな。ここは俺たちだけで見て行った方が良さそうだ」
「そうだね。それに……さっき私が言ってた、タイミング見て二人きりで話したいことも、今がチャンスだから」
「たしかに」
透と刻は、一時的に二人きりで行動した。まるで、デートのように。それが兄妹に見えるのか、それともカップルに見えるのか……人それぞれである。しかし、一つ確実に言えるのは透と刻がとてもお似合いだということだった。
そんな光景を無意識に見ていた燈と乃之は、なんだか切なくなって涙が出そうになっていた。
そして、「彼女以上に、透と似合っていて透を守りきり、そして透を幸せに出来そうな人物がこの世にいるだろうか?」という疑問を勝手に生み出していた。自分だって、透のことが大好きなのに。何故、他人に譲ってしまってるかのように勝手に自負しているのだろうかと自身に嫌気を差していた。
「ん?」
透が何かに気がつく。違和感を覚えた刻は、直ぐに反応した。
「透お兄ちゃん? どうかしたの?」
「……刻。ここ、よく見たら扉になっていないか?」
「え?」
刻は透と繋いでいる片手を離さないまま、もう片方の手で透が指し示す方に触れた。
「……! これは……たしかに、扉だね。しかも、簡単に開けられそうだよ」
「……行ってみるしかないな」
「そうだね。それにしても……よく気がついたね?」
「ここから見える角度の視覚的な問題で、ここの壁だけ妙な違和感があったんだ。きっと、ここも何か重要な部屋に繋がる可能性がある」
「たしかに、わざわざわかりづらくするということは何か意図がありそうだよね」
「また俺の予想になるけど……今度は防犯に関わるような場所だと思ってる」
「なるほど……たしかに、セキュリティを考えたらありえるね。内部にも知られたら、もしスパイがいる場合に情報を漏らされる場合がある。なんかこの部屋って……見れば見る程、出来た背景が見えてくるね。戦闘向けの為というか……」
「最初は宿泊施設とか事務所とか色々候補を考えてたけど、なんだか段々……軍事関係者のアジトのように思えてきてる」
「私もその線を疑ってるけど……長居すると、本当に危険だね。どんな人たちが来るか、わかったものじゃないから。いや、逆に人間の安全を守ってくれる人たちの可能性もありそうだけど……だって、外にいる生き物が生き物だからね」
「恐らく、そのどちらかの可能性が高そうではあるな。ただ……こんなにあらゆる物が揃っていて、この建物に管理主がいないことが俺には信じられないな」
「本当に……誰が何の為に、誰に向けて作られた物なんだろうね」
「……これも現時点では邪推にしかならないか」
「まぁ……ね。とりあえず、今目の前にある物を調べていこうか」
「あぁ」
透と刻は調査を続ける為、目の前にある隠し扉のような存在の先を進んでみることにした。
中は先程の厳かな固い雰囲気とは違い、壁の模様がエントランスや寝室と同じだった。しかし、床だけはそのままでこれら二つのコントラストが透と刻を不気味に感じさせた。
そして、狭い階段の一本道を螺旋状にぐるりと巻いているようだった。
一階にあった寝室に繋がる柵しかない螺旋階段とは違って、こちらは壁で覆われているので周囲の高さによる恐怖を心配する必要は無かった。
窓が無いので、ここは朝でも暗くて気味の悪さを引き立たせていた。まるで、昼間のお化け屋敷の入り口のような。そんな雰囲気を彷彿とさせる暗さだった。
「透お兄ちゃん。足下に気をつけてね」
「あぁ」
透と刻が階段を上りきると、薄暗い部屋に辿り着いた。暗さは、階段の時とさほど変化は無い様子。
そして、透と刻がこの場において目に目にした物は……意外な物だった。
「こ、これは……」
透と刻の目の前に現れたのは、望遠鏡のような細長い物体だった。使用方法は、望遠鏡と同じで細長いレンズから覗き込める仕様のようである。他には、カメラのような物体、そして光線銃のような物体が所々に並んでいた。
「やっぱり、ここは……透お兄ちゃんの言う通り、防犯監視ルームみたいだね。外部にも内部にも知られないようにする為に、敢えてこのように工夫された構造なのかも」
「ということは、やっぱり……敵からの侵入を想定されてこういった形の設備となっていそうだな。勿論、防犯意識は万全であればある程良いに越したことは無いけど……それにしても、ここまで積極的とはな。この世界は、俺たちの想像以上に危険な世界なのかもしれない」
「そんな危険かもしれない世界に……私たちは、どうして来ちゃったんだろうね」
「まぁ、隕石が降り注いだ場所と同じ森もあったし、この世界が危険な場所なのは元からだが……」
刻が、壁に取り付けられている望遠鏡のような物体の小さなレンズを覗き込んでみる。すると、この建物の外が広い範囲で確認することが出来た。カーソルのような物を動かして回転させてみると、確認するのが困難だった一定以上の角度も出来るようになる。どうやら、三百六十度の角度を確認出来るように対応出来ている高性能システムのようだった。
「へえ……これは便利だね。思った以上に、しっかりしてるかも」
一方で、透は壁に取り付けられているイヤフォンのような物を耳に付けていた。どうやら、こちらは外の音が聞こえる仕組みのようである。つまり、聴音機および盗聴器の役割をしているようだった。外部にいる、怪しい者の行動や会話もこちらを利用することで確認することが出来る様子。
「なるほどな。本当に防犯の為の部屋のようだ。これで、事前に危険を回避させることが出来るみたいだ」
「徹底してるよね。なかなか凄いね。あ、そうだ。透お兄ちゃんにさっき二人きりで話したいって言ってたことなんだけど……」
「おお。たしかに、今がチャンスだ」
「うん、今の内に全部話しちゃうね。さっきの扉の解錠なんだけど、実は屋上から行ける穴があって。当初はそれが何なのかわからなかったけど、位置関係的にあの物騒な部屋に繋がることはわかってたから、何か怪しいと踏んでたんだ。それで、もしかしたら……と思って屋上に戻ってそこの穴から入ってみたら見事に繋がってたんだ」
「なるほど。そういうトリックだったのか。あそこを誰も開けられなくなるのもまずいから、この建物はそういった緊急措置の為にも隠しルートを用意しておいたのだろうか」
「恐らく、そうだと思う。それと、私がさっき何も無いって言った理由は……透お兄ちゃんの為でもあるんだ」
「俺の為? ひょっとして、高所に関することか?」
「あ、当たり。そうだね。もし、透お兄ちゃんにあそこを知られたら、私たちが行き詰まった時に自ら踏み込みに行くんじゃないかと怖かったんだ。透お兄ちゃんは……そういう時に、苦手な局面でも自ら勝負に出る強さを持っている人だから。ごめんね、嘘ついて隠し事したみたいになっちゃって」
「大丈夫だ。刻のことだから、どうせ俺の身に危険が及ぶ可能性が出てくることを排除したかったんだろうから。昔からそうして、俺の為の嘘をつくこともあったからな」
「あはは……そうだね。もう、日々進化している透お兄ちゃんにならどんな為になる嘘をついても見破られそうだね?」
「いやいや。刻の嘘だって進化してるんだから、それはわからないぞ。でも、ありがとうな。信頼関係に亀裂が生じない嘘だし、俺の警戒心を強めるトレーニングにもなってるから本当に助かってるんだ。ただ、刻にそうさせることで罪悪感を抱かせてしまったら本当に申し訳無いな」
「そんな……! それは私の方こそだよ。私も、出来ることなら透お兄ちゃんになるべく嘘をつきたくないけど、透お兄ちゃんの為になるなら喜んで手伝いたいし」
「そうか。じゃあ、いつも通りお互い様かな」
「そうだね!」
刻は透に笑顔を見せる――。
その時だった。透は、何か音が微かに聞こえて来た気がした。
「ん? なんだ?」
「どうしたの?」
「誰かの話し声が聞こえる。しかも、俺の聞いたことの無い声のような……」
「え……!? ま、まさか…………」
透が建物外の聴覚情報、刻が視覚情報を確認しに直ぐ様に元いた場所へ再びそれぞれ立つ。
「……くそ。もう聞こえなくなった。今の声は一体……俺の聞き間違いじゃなければ、日本語ですら無かったような」
「い、今のって…………」
「刻。何か見えたか?」
「わ、私の見間違いじゃなければ……武器のような物を持っている誰かが一瞬だけ見えた気がする。しかも……明らかに浴衣姿では無かったような」
「……何? じゃあ、俺たちの中の誰かでは無いってことか。そうだよな、外へは行かないように皆には言ってあるはずだから。そして、刻が見えなくなった上に俺も音が聞こえなくなった。近くに、直ぐ移動出来るような場所は無い」
「ということは、つまり…………」
「この建物に……誰かが入って来た可能性が高いな」
「い、急がなきゃ! 皆が危ないかも!!」
「あぁ……」
透と刻は、急いで一階へと降りに向かった。ずっと懸念していた、最悪な事態に直面してしまったかもしれない。
二人は、燈たちに連絡する暇も無くとにかく急いだ。手遅れになる前に――。
燈と乃之は透と刻の二人の様子を見てタダ事じゃないと思い、自分たちの足なりに頑張って透たちについていった。しかし、サンダルでも足の速い刻に燈と乃之は追いつくことが出来ず直ぐに差を付けられる。
透や刻よりもだいぶ遅いスタートにも拘らず、息が切れてバテてしまう燈と乃之。汗びっしょりで、現在の緊縛した状況も相まってより疲労を感じさせた。一階に向かう前に、二人は足が止まってしまった。
そんな中、上半身を動かせない彰人はのんびり歩きながら足が止まった二人を悠々と追い抜かして降りて行った。
「ね、ねえ……何が……どうなってるの…………」
「……! の、乃之ちゃん! あそこに……誰かいるよ!」
「……え?」
燈と乃之は、エントランスを覗き込むように階段から様子を伺った。




