1-88.『度胸の扉』
透と燈が話をしていた頃、刻たち三人がバルコニーを調べた時よりもかかる時間が短く戻って来た。
透が刻にシグナルを送ると、刻は首を横に振った。「何も無かったよ」と言っているような表情だった。言葉を交わすまでも無さそうなやり取りだったのである。
「他人事みたいに聞こえるかもしれないが、何事も無くてよかった」
「ありがとう。大丈夫だったよ」
「それにしても……外の風はなかなかに清々しく、気持ち良かったよ! 透君はともかく、君も味わえないのは残念だったね」
「なんだ? 今日中に帰れる確信があってそんなことを言ってるのか?」
「…………」
「あれあれ? 黙っちゃったけど、トオくんの言うことが図星だったの? たしかに気持ち良かったけど……」
「そう……なんだ」
「それより……次に行く所は、いよいよあそこだね。皆を下で待たせているかもしれないし、急ぎ目に確認しに行こう」
「そうだな。図書室でかなり時間を取られてしまったから。皆の見る所が多いとも限らないし」
「そうだよね……行きましょうか」
透たちが最後の未確認場所へと向かう。すると、刻が透の耳元に囁く。
「透お兄ちゃん」
「どうした?」
「後で、タイミング見て二人きりで話したいことがあるんだ。ちょっと、燈ちゃんや乃之ちゃんには聞かれたく無いことだから」
「わかった」
透と刻の小声での会話が終わると、例の扉の前へ辿り着いた。まるで「私は開かずの間の扉だ」とでも主張しているかのような、圧がある。他が木製の茶色い扉に対して、ここだけが鉄で出来た銀色で如何にも固そうな扉だったのだ。
「ここ……本当に開けられるの? トオくんと刻ちゃんがいるなら大丈夫だとは思うけど……」
「早速、試してみようか」
扉は引き戸式だった。その為、押して開くタイプの物ではなかった。ここで、透たちはとある光景を思い出して脳裏に焼き付く。
透の祖父母宅にて透たちが寝ていた寝室の、あの襖の扉である。いつもは考える必要も無く簡単に開けられるし鍵の施錠も無い扉が、何故か誰にも開けることが出来なくなっており、最終的には星名が何故か開けることが出来た。未だに謎の光景で、はっきりと覚えていた。
「……」
透たち四人の様子に、違和感を覚える彰人は率直な質問する。
「君たち、どうしたの? この扉がどうかしたのかい?」
「いや。お前に話すようなことでも無い」
「……何が目的?」
「え? ただ、興味本位で訊いてみただけだよ!」
「へえ。その割には、何か話したそうな雰囲気だね?」
「まぁ、うずうずしているって言ったら嘘になるね。君たちがそういう反応をするのも最もだと思うよ。だって、僕も嘗てはそれに驚いていたからね」
「だったら、話せばいいでしょ!? 変に先輩面しないで!」
「乃之。こいつに怒るエネルギーが勿体無い。いちいちまともに反応してたら身が持たないぞ」
「そ、そうだね……」
「……」
透が、とりあえず目の前の扉に触れてみる。感触は、外見通りにザラザラしている。手を嗅いでみると、不思議なことに何も匂いがしなかった。手に匂いが映っていなかったのである。これは、ひょっとしたら鉄に似ていて地球上には存在しない別の物質かもしれないと透や刻は思った。
透が透を開けようとする。透には思ったよりも簡単に開けることが出来たが、透の開け方を見るにどうやらそれなりに力は要するようで、一筋縄ではいかない重さだった。扉を開ける音の鈍さが、それを証明していた。
透や刻なら、然程厳しくは無いだろうが力の無い人間にとっては大変そうである。燈や乃之は、特に自信が無かった。
扉を開けてみると、その先には予想外の場所が現れた。なんと、同じ扉がもう一つ出てきたのだ。そして、壁も扉と同じように銀色で怪しい組織でもいるかのような気味が悪く薄暗かった。燈と乃之は思わず息をごくりと呑み込んだ。
「ね、ねえ……この先って…………」
「…………」
真剣な表情から眉すら一ミリも動かさない透と刻。微笑んでいる彰人。燈は今の空気に耐えられそうになかった。
そんな状況下、透が目の前の扉に手を付けた。
「……」
無言のまま行動に移す透。そして、扉を開けようとした。
そして……予想外の展開は更に続いた。
「……やっぱり。開かない」
「え?」
「トオくん……? 知ってたの?」
「知っていたわけでは無いけど、なんとなく開かない気はした。それに、こういう場所は普通は簡単に入れるようにはしないしな。きっと、この先は人が気軽に立ち入り出来るような場所ではないんだろう。なんというか……厳重に守られているような。そんな感じがする」
「そ、それってどういう……」
「俺の予想だと、何か危険な物でも保管されている気がする」
「き、危険な物……!?」
「……ふふふ」
彰人はまた笑い出した。
「お前のその反応は……いや、なんでもない」
「ま、まさか、トオくんの予想が……!?」
「ま、待って……! それなら、私たちがここにこれ以上踏み込むのは危険なんじゃ……!」
「そ、そうだよ! また、この人がトオくんを攻撃する為に何か仕組んだかもしれないよ!!」
「いや、大丈夫」
刻が一言発する。
「え?」
「刻ちゃん……?」
「ちょっとここで待ってて。この扉の解錠方法も思いついたから」
「か、解錠方法って……」
「そ、そんなのがあるの!?」
すると、刻が黙ってこの場を去った。
「と、刻ちゃん……大丈夫かな……?」
「信じよう。きっと大丈夫だ」
何分か経過して、何やら扉が動き始める。
「え……?」
「な、何……?」
「……」
燈と乃之が、混乱しながら扉を見ていると、なんと扉が内側から開いた。そして……先にはなんと、刻がまるで先回りしていたかのように入っていたのだ。
「え!?」
「と、刻ちゃん……!?」
「ふう。やっぱり、ここに繋がってたとは」
「刻。何か心当たりがあったみたいだな」
「そうだね。ここに来た瞬間、ちょっとふと思いついたことがあって。後で詳しく話すよ。」
「わかった。それよりも、まずは目の前のことを優先しないとな」
透たちは、扉の奥に再度目をやる。そこには……また扉が続いていた。今度は外面が白くガラス窓がある扉だった。こちらは、ドアノブが付いていて、誰でも簡単に開けることが出来そうだった。
「やっぱり、今私が開けた扉が鬼門みたいだね」
「なんだか……この先、嫌な予感がするよ」
「まぁ、見ればわかるよ。きっと、今後役に立つ何かを目にするはずさ」
「最早、もう隠さなくなったんだね。あなたが、ここに来たことがあるっていうのが」
刻が先頭に立って、ガラス窓の向こうを確認する。何かを睨むような表情でガラス窓の奥を見つめる刻。
「へえ……なるほどね」
「と、刻ちゃん……?」
「流石の貴方も、ここを工作する勇気は無かったんじゃない? というか、高い所も無いし透お兄ちゃんを試す理由が無いんじゃ?」
「まぁ、そうだね。僕としても余計な手間はかけたくないし、時間にも余裕が無かったからね。何より、透君を本当に危険な目に遭わせ兼ねないし! それに、この先を弄ってしまうと君の言う通り僕も……おっと、危ない危ない。危うく言ってしまうところだったよ!」
「やっぱり、俺の予想通りだったか」
「まぁ……入ってからのお楽しみだよ」
「普通の人間なら、まぁ楽しめる所では無いけどね。じゃあ、扉を開けるよ?」
「お、お願い……」
刻が、目の前の扉を開けた。そして、透たちは慎重にその部屋へと入って行った。
あまりにも恐ろしく異様な光景に、燈や乃之は青ざめて絶句することとなる――――。




