1-86.『埃の無い物から叩くと出てくる埃』
「こ、これって……!?」
「ひ、平仮名と片仮名……!!」
刻が透たちに見せたのは、平仮名と片仮名が記載されているページだった。「あいうえお」から始まって「わをん」で終わり、「アイウエオ」から「ワヲン」までと全文字をまるで紹介しているかのように記載されていた。
「これは……俺たちが最もよく使う、馴染み深い文字だな」
「そうだよね。さっきのアルファベットもそうだけど……これが意味するのは。一体何だろうね?」
「なんだか……急展開すぎて頭が追い付いていないよ……」
「無理も無いね。私もそうだから。他にも漢字やアラビア文字、ギリシア文字やグルジア文字等が載ってたよ」
「地球上で使われている文字が色々混ざって載ってるみたいだな。紹介の仕方の並びやレイアウトから察するに、明らかに地球上の文字としてまとめて紹介しているような雰囲気だ」
「やっぱり……わたしたちより先に地球上の誰かがこの世界に来ていて、わたしたちの言語をこの世界に伝えちゃったのかな!?」
「逆の可能性もあるんじゃないかな……この世界の人々が、私たちが知らない内に地球上に上陸して調査していたとか」
「まぁ、どちらの可能性も有り得るよね。宇宙人やUMAの存在は、千年以上も前から議論されてるし。私は個人的にそういった映像を見ても信じていなかったけど……この世界に来てからは、可能性がゼロとは言い切れないって思うようになったかな」
「そうだな。俺もオカルトとかは今まで基本信じていなかった。今後は、色々な可能性を視野に入れて、あらゆる情報を自分の目で直接確認するまで断言するのは控えようと思ってる。つまり、固定観念を捨てる必要が出てくる可能性があると見てる」
「そ、そんな……」
透や刻のような人物が、このような話題で真面目に話すことを今まで見たことが無かった燈。この世界に初めて来るまでの二人なら、UFO映像や未確認生物関連の映像といったオカルトの類を見ても「作り物だ」と言って確実に話をバッサリ切り捨てていたであろう。
しかし、今はまるで別人のように考えが変わっていた。
考えがこうして変わるのは一見単純そうに見えるが、二人は信念が強い方なので絶対に考えが簡単に変わったりはしない。そんな二人が、息を揃えてこう言うということは……きっと、色々な根拠が組み合わさって言ってるのだろうと燈は思った。発想の転換が凄まじい二人でもあるが、決して根拠も無しに突拍子も無いことを言う人物では無い。
燈自身も、ここの世界を地球上と呼ぶには本能的な違和感を覚えていたものの、ここが地球上では無いかもしれない可能性が益々高まって来ることに改めて驚愕する。
移動手段だけで考えてみても、地球上からこの世界に辿り着くよりも、透たちの家から秘密基地まで向かう方がよっぽど大変だった。しかし、内容だけで考えれば前者の方が圧倒的に気の遠くなることだ。そういった経緯もあって、燈はより現状に現実感が無かったのだ。
最後に見た、自分たちの秘密基地に似た場所の湖にあった球体に触れた時……あの時、自分たちの身に何が起こったのか。燈は、何か変な作用でも働いているんじゃないかと思い、益々怖くなってくる。
「だけど……本はたしかに全て見終わったけど。結局、この世界については何もわからなかったね。帰る手段も。そもそも、日本語で説明されている文章自体の物が存在しなかった。いや、日本語どころか地球上の言語で説明されている物自体がね。ただ、文字の一つとして紹介されてるだけ」
「じゃあ、何……結局、この人のハッタリだったの!?」
「本の資料だけで言えば……そういうことになるな」
「くっ……! この!! わたしたちを騙したんだね!?」
乃之は、彰人に再び怒る。
「ま、待って! まだ、終わっていないんだよ。この、如何にも図書室と呼んでほしそうな部屋以外にも、まだ調べていない所はあるでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「さぁ、気を取り直して調査を続けよう!」
「はぁ……なんだか、してやられた気分だよ。まだ調査しないといけないの?」
「私は最初から期待していなかったけどね。犯罪者思考の言うことなんて信用するに値しないから」
「そうそう、僕の言うことなんか端から期待する方が間違いだったんだよ!」
「開き直らないでよ! うるさいなぁ!」
乃之の機嫌が悪くなる。呆れて、一周まわって怒る気力も湧かない刻。空気が悪さが一貫していて落ち着かない燈。そんな中、透は彰人の名前を呼ぶ。
「海崎」
「なんだい? 透君」
透が間を置いて彰人に問う。
「お前は一体、何者なんだ? どうやって、そんな短時間でこの情報を得た?」
「……」
「この世界に来る直前に、お前の顔を見た時から疑ってはいたけど。まさかとは思うがお前、この世界に来たのは今回が初めてじゃないんじゃないか?」
「……!」
透の言葉に、強い反応を示す刻たち女子三人。黙ったまま固まる彰人。
「……」
「俺はともかく、刻は新天地でも直ぐにその環境に適応することが出来る能力の高さを持っている。でも、そんな刻でもこの状況には混乱してしまうくらい本来なら今起こっていることは異常なことなんだ。それなのにお前は、やけにこの世界に手慣れすぎているように見受けられる。どうもお前は、俺たちと同じように初めてここに来たって感じはしない。どこに何の本があるのか、まるで事前に知っていたかのように行動が早いな?」
「……」
黙る彰人に、容赦なく言葉を続ける透。
「直輝はスポーツが大好きだから運動神経もが良い。星名もアイドルの仕事をしていただけあって運動が出来る。瞬も運動は苦手じゃない部類だし、頭脳明晰でお前の位置を推測出来る。しかも、不動産会社の社長の子孫だから建物内にもなれば推測が尚更得意なはずだ。そんなそいつらに追いかけられながら、短時間で情報のある本や他の部屋の情報を調べたっていうのが俺には信じられない。あいつらは決して鈍い人間じゃないんだ。」
「…………」
沈黙を続ける彰人。そして刻たち。
「無闇に人を疑うことは好きじゃないんだが、俺はまだお前が何か隠しているんじゃないかと思ってる。俺はお前のことより皆のことの方がよく知ってるし、何より正直まだ信用出来ないからな」
「……」
まるで、黙秘権を行使しているかのようにひたすら黙り続ける彰人。俯いていて、正面からでは前髪のせいで目が見えない状態である。その為、今の彰人の表情がわからなかった透たち。
そこで、刻も動き出すように話す。
「これは私の推理だけど。きっと、この殺人未遂犯はこの平仮名や片仮名等が記されていた本を高い位置に隠して、透お兄ちゃんに梯子を登らせてをまた試す予定だったんじゃない?
」
「え……?」
刻の言葉に、変な汗が出る燈と乃之。
「そうか……なるほどな。そういうことか。刻の言葉で、全て繋がった」
「ど、どうしたの? トオくん……?」
透の言葉を聞いて、燈も脳内でまるで電撃が走ったかのように繋がる。
「ま、まさか……透くんがさっき言ってたのって……!」
「あぁ。燈も気づいたんだな。まぁ、当然だな。さっきあの話をしたから」
「あ、あの話って……?」
すると、燈が説明した。
「あのね……さっき、透くんはアルファベットの文字が書かれていた本を私たちに見せてくれたよね? その本があった本棚だけ……収納されている本がバラバラで
、しかも一冊分が丸々空いてるスペースがあったんだよ」
「え……?」
「そのスペースが空いていた所には……もしかして、刻ちゃんが持って来てくれた平仮名や片仮名等の文字が記されている本が置かれていたんじゃないかなって思ったの。ここの本棚って……基本的にはどれも新品のように綺麗で、埃一つ無く整理整頓されたでしょ?」
「じゃあ……トオくんが見つけた、アルファベットが載ってる本が置かれてる本棚だけ、誰かが手を付けたような形跡が最初からあったってこと……?」
燈の言葉を聞いて、静かに不気味に笑い出す刻。
「ふふふ……」
「と、刻ちゃん……?」
「やっぱりね。やっぱり、そうだったんだ。上で本を見つけた時から、既視感があったよ。透お兄ちゃんが見せてくれた本の表紙やデザインがそっくりだなってね」
「せっかくだから、刻が見つけてくれた本と俺が見つけた本を並べてみようか」
早速、実行に移す透と刻。結果は、透や刻の推理通りだった。
「はい、ビンゴだね」
「ほ、ほんとだ……! 続編って感じがするよ!!」
「透くんが見つけてくれた本は丁度……アルファベットの文字が記されているページが最後なんだね。そして、平仮名や片仮名等が記載されているページが目次らしきページが終わった直後……見るからに巻を跨いでるような雰囲気だね。デザインやレイアウトも、そっくりだし……」
「もう一つ面白いことを教えようか? 実は、私が見つけた本は本棚には無かったんだ。机の上に積まれてる本の中に中途半端に混ざっていた。これらも、恐らくは最初から机に置かれていた物じゃなくて、誰かが直近で机の上に移動させたばかりの物だよ。意図はどうであれ、ね。実際に、天井の上にも透お兄ちゃんが調べていた本棚みたいにスペースが開いている部分があったから」
「…………」
彰人は、ずっと沈黙を貫いていた。
「きっと、工作中に直輝くんたちに見つかって失敗に終わったんだろうね。だから、こんな中途半端な形で残ったんだ」
「……」
「え? でも……それなら、乃之ちゃんは知ってるんじゃ?」
「わたしは……体力が無くて、皆に追いつけなかったの。わたしがこの建物に入った頃には……皆が、あの人を拘束して連行して来てたの」
「そうか。それなら知らなくても無理は無いな。直輝たちに一連の流れを聞いた時は、この部屋について言って無かったけど……ひょっとしたら、あいつらはここが地球じゃない可能性について考えていなかったから図書室を大して珍しくは思わなかったのかもしれないな。何より、こいつを捕まえるのに夢中だっただろうし」
「そうだね。それに、夜のここはきっと暗かったのかもしれないね。周りをよく見えていなくて、そもそも図書室のような場所だということに気づけていなかったのかもしれない」
「こんな危険人物、皆だって逃がしておけないもんね……」
そして、改めて刻は彰人に問う。
「それで、いつまで黙っているつもりかな? 時間が勿体無いから早く白状してほしいんだけど? 殺人未遂犯さん。持ち出した物は、ちゃんと元の場所に戻さないとね?」
「……」
彰人がゆっくりと口を動かした。




