序-11.『入学式』
「……」
「あ、松本さん!!! 大丈夫ですか!?」
真っ先に、四十川が透のもとへと駆け寄ってきた。どうやら、よっぽど透のことを心配していたようである。
「はい、大丈夫です。少し肘が腫れているだけで、そこまで大した怪我ではありませんでした。今、湿布も貼ってありますし」
「よかったです……本当に…………」
すると、透や燈の後から、鳥谷内も1年C組の教室に戻って来た。
「あぁ、松本さん!! 大丈夫でしたか!?」
鳥谷内は慌てふためいて透に声をかける。
「は、はい……大丈夫ですよ。少し肘が腫れただけで、そこまで不便では無いので」
「よ、よかった……下の階に転がり落ちたと聞いたので、確実に無傷では済まないのではと思いましたから。軽傷で済んで、本当によかったです」
「入学式当日早々に、ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません」
「後ほど、職員会議の時に廊下の床について話し合うことになりましたので! こちらこそ、本当に申し訳ありません!」
「……先生方もお気をつけください」
「お気遣いありがとうございます。前田さんも、松本さんのお迎えに行ってくださり、ありがとうございました」
四十川が透と燈に深く頭を下げる。燈は照れて赤面する。
「い、いえ、私はそんな……」
透と燈はそれぞれ自分の席に向かう。瑠夏と颯空、直輝が透の席の周りで待っていた。
「透ー!! 無事でよかったあああああ」
瑠夏は本当に泣きそうな声で透の肩を抑える。
「おい! 透が肩も怪我してたらどうするんだよ!」
「はっ! 透、ごめんね大丈夫!?」
「大丈夫だ……肘を打って少し腫れただけだから」
「結構ハデに転がったのに、よく肘だけで済んだな。すげえ生命力じゃねーか」
「それ、なんだかあまり褒められてる気がしないんだが……」
「と、とにかく! 包帯巻いたりとかしてないってことは、骨折とかまでは行ってないってことなんだよね!?」
「あぁ。だから、そんなに心配はいらない。それより……明日花と乃之は? 俺がきっかけで喧嘩になったんだろ?」
「あぁ、それが、その……」
「透が下の階に転げ落ちたって知れ渡ったら、二人ともピタッと手が止まって喧嘩をやめたよ。でも、乃之は今度は泣き出して落ち込んでるな」
「透のことがよっぽど心配だったみてーだな……」
「……本当に不注意だった。俺としたことが、まさか滑って転ぶなんてな」
「たしかに、お前が転ぶなんて珍しいよな? 一体、今日は何が起きてるんだよ?」
「……」
燈は、透は変な夢を見たせいで現在は調子が悪いことを話そうか悩んだが、余計に話を混乱させてしまいそうなのと、何より透の目の前で勝手な話をするのも気が退けた。こういう話は刻もいないと、場がまとまらない気もしたのである。
「……まぁ、俺だって人間だ。そういう日くらいあるだろ」
「ちっ。オレの渾身の脅かしは効かなかったのにな」
「透がそんなことで効く方が驚きだろ」
「燈とあたしはめっちゃ効きましたけど……」
透たちがやり取りしていると、乃之が透の目の前にやってきた。相変わらず、泣き顔のままだった。
「トオくん……無事でよかった…………」
「せっかく再会出来たのに、早速心配かけてごめんな」
「ううん。大丈夫だよ。トオくんが無事でなんとも無いならそれで……それと、燈ちゃん。さっきは飛ばしちゃってごめんなさい。わたしのせいで、燈ちゃんも怪我して……」
「あ……私は大丈夫だよ。乃之さんこそ、大丈夫?」
「わたしも大丈夫! でも、仲直りする気は無いけどね」
「え?」
「だって……どう見ても、あの人が悪いもん。あの人がトオくんに謝るまで、許さない。なんか、わたしが教室に入る前も、あの人はトオくんに対して何か色々言ってたんでしょ?」
「そ、それはたしかにそうだけどさ……ていうかそれ、どこ情報でわかったの!?」
「ふうん……やっぱり、そうなんだ。あの人さえいなければ、トオくんと気持ち良く楽しい学校生活を送れるのに」
乃之がそう言った瞬間、明日花の方から舌打ちの音が聞こえてくる。
「もうやめろって、また喧嘩になるだろ! いや、まだ喧嘩は終わってないけど……でも、あいつに何か思うことはあっても心の中で留めておけって。聞こえるように言ったら、また透や周りに迷惑かけるぞ」
「……ごめんなさい。トオくんに迷惑かけるのは絶対に嫌だ。わたしの方が大人だもん、もう大人しくしまーす」
乃之がそう言った瞬間、明日花がガタンと椅子の物音を強く立てて立ち上がる。その瞬間、クラス中が静まり返る。
「……」
明日花が立ち上がったちょうどその時、入学式が始まる直前になる。1クラスに100人もの生徒がいるので、廊下で列を作るのは困難な為、教室内で列を作るように並ぶ。1年C組の生徒たちは、鳥谷内や四十川の指示に従って並び、体育館へと向かっていく。
廊下は、一斉に歩く生徒たちの足音だけが聞こえ、私語は一切慎まれていた。下手すると、それだけでも入学する前に退学処分になり兼ねないからである。透を含む、全校生徒が毎秒毎秒慎重に動いていた。
第1体育館
透たちは第1体育館と呼ばれる体育館へとやって来た。体育館内には、既に大勢の保護者たちも待機していた。ステージ上には、巨大なスクリーンのモニターが設置されている。1つの体育館に全ての新入生が入ることは不可能なので、各体育館で入学式を同時進行出来るように、校長などがモニターに映って登場し、オンラインで話をする形となる。
体育館内はとても広く、100人いるクラスが10つ同時に体育の授業を出来てしまうくらいには広かった。そんな長くて広い体育館に、生徒たちや保護者たちが密集されているのである。前後左右で人と人の間隔がほぼ無いくらいに、キツキツだった。推定でも、体育館内には現在3000人前後はいるだろうと、透は思った。それだけ沢山の人が入っている体育館が、他にも複数あるのである。人数規模の大きさが、小学校の頃とは桁違いで流石にまだ慣れることは出来なさそうに透は思えた。
生徒たちは各クラス、100人ずつ1列になって横に並んでいく。つまり、とてつもなく縦長の列である。それでも、体育館は後ろに保護者たちが並べるくらいのスペースがあった。それだけでも、体育館の広さをこの場にいる全員が痛感させられたのである。
透たちが指定された場所にたどり着くと、全生徒がその場に座る。各クラス1列ずつということで、当然隣のクラスの同じ出席番号の生徒が隣に来るようになっている。つまり、透の隣のは1年B組の同じ出席番号の刻が必然的に隣に来る。刻は透と目が合うと、嬉しそうに可愛らしく微笑んでいた。透の目の前は出席番号が1つ前の燈が座っている。
全生徒が並び終わり、静かになると中学の入学式が始まる。校長の話、教頭の話など続いてくると、今度は透たちが気になっていた。学長がモニターに映る。学長は中小路勇と名乗った。中小路は思ったりより外見が若く、透たちの両親とほぼ変わらない世代の雰囲気だった。学校についての説明等が一通り終わると、学校内のメンテナンスの悪さの原因で、早速怪我人の生徒を出してしまったことを、中小路は頭を下げてお詫びと謝罪をした。怪我人の生徒とは、明らかに透のことである。つまり、学長にまで既に透が怪我してしまったことが知れ渡っているということになる。その話が、全校中に話されてしまったのである。
しかし、それにも関わらず透は何故転んだかについて考える気力は湧かなかった。今日は自身の誕生日であり、新たな一歩である中学生デビューであり、乃之との10年ぶりに再会でもある大きな変化が盛り沢山の一日のはずなのに、それなのに昨日見た隕石が降り注いでくる夢が脳内をよぎり続けていた。たかが夢のはずなのに、おかしい。夢であれば、直ぐに忘れることも多くは無い。しかし、昨日見た夢に限っては……未だにまだ、鮮明に覚えていた。透は少しずつ呼吸が乱れてくる。
「(……透お兄ちゃん?)」
透の様子がおかしいことに、刻は直ぐに気がついた。心配になるが、今は声をかけるわけにはいかない。かと言って、いくら体育館が真っ暗闇になってるとはいえ、透にそっと手を出すのも周りに見つかると変な目で見られてしまう可能性がある。刻はそっと、自分の身体を透に寄せた。生徒と生徒との間隔は元々無いに等しいので、これなら周りに気づかれにくいだろうと刻は思った。刻は透に少しでも落ち着いて安心して貰いたい為、入学式が終わるまで寄り添い続けた。
やがて、入学式は無事に終わると生徒たちは一斉に立ち上がる。刻は、透に肩を貸したまま、ともに一緒に立ち上がる。私語は厳禁なので、言葉で心配することは出来なかったが、表情だけでも透に意思表示をした。二人のアイコンタクトの様子は、燈も気がついた。こうして、入学式はなんとか終わって全生徒が再び各教室へと戻って行った。時刻は12時前と迫っている。生徒たちが教室へと戻ると、保護者たちが自分の子どものクラスの教室へと入っていく。透たちの母、麗美は1年C組の教室へとやって来た。鳥谷内と四十川は保護者たちに向けて、改めて自己紹介と挨拶をする。お便りや学校内限定の貴重品等を受け取ると、全日制の生徒たちの入学式は終わり、各自解散となった。




