1-77.『無限のように長い夜』
静寂。動物の鳴き声も聞こえない。全てにおいて違和感でしかない環境のまま、目を覚ます燈。
(ん……)
ゆっくりと目を開ける燈。半開きの目で、周囲を見回す。
隣では腹を出したまま、鼻提灯を出してぐっすり眠っている瑠夏。月葉に抱き着いたまま、良い夢でも見ているのかニコニコしながら涎を垂らして眠っている星名。そして、すやすやと姿勢良く眠っている月葉の姿があった。
「……」
燈は、窓の外を眺めてみる。まだ夜だった。日が昇っている様子も無い。
(まだ朝じゃないんだ……そんなに寝るの早かったかな……それとも、私が早く起きただけ……?)
燈は、体感的にはいつも通りの睡眠時間の量である。その為、睡眠不足を感じるような体調ではなく至って正常な感覚だった。
(おかしいな……実際はどのくらい眠ったのかな。とにかく……まだ朝じゃないならもうひと眠りするしかないよね)
燈は、窓の外の様子を確認してみる。先程と、全く変わっている様子は無かった。そして、空の色も……寝る前と変わらずだった。
寝る前に透と一緒に見た空の色について考えていたことを燈は無意識に思い出す。
(まさか、私たちは本当にこの世界に閉じ込められていて……もしかして、永遠に朝はやって来なかったり…………って、だめだめ。何を怖いことを考えているんだろう、私……いや、でも……透くんも空の違和感に気づいているかもしれない反応をしていたし…………)
燈は、考えれば考えるほど目が冴えて来て意識がハッキリしてしまう。
(だめだめ……そんなことを考えたところで、私に何か出来るようなことじゃないよね。早く寝ないと…………)
燈は目を強く瞑って考えていたこと全てを知らないフリをする。さっさと頭の中を空っぽにして二度寝をする。
前田家の長女ということで、妹たちのお手本となる為にこれまで規則正しい生活を強いられてきた燈。そんな燈はこの時、人生で初めての二度寝をすることとなった。
一方、透たちの部屋。
(……あれ?)
乃之が目を開ける。寝る前と比べて、やけに暗かった。何故暗いのか、窓を見て乃之は直ぐに理由がわかった。窓には、何やら人影があった。誰かが窓の前で外の様子を伺っているようである。
(トオくん……?)
乃之は直ぐに人影の正体がわかった。隣で寝心地悪そうに眠っている明日花。普通に眠っている刻。そんな刻の隣のスペースが明らかに空いていた。
しかし、消去法で考えるまでもなく影の形や雰囲気で透だとわかる。
乃之は、無意識に口が動いて呟くように透の名前を呼んでいた。
「トオ、くん…………」
「ん」
すると、透が一発で反応して振り返る。乃之は、外の光に照らされている透と目が合い、つい顔が赤く染まる。
「乃之か。おはよう」
「お、おはよ……トオくん」
乃之はあからさまに心臓の鼓動が速くなる。変に緊張してくる乃之。透とは話したいことが山ほど沢山あるはずなのに……何故か、今は頭の中が真っ白になっているように話題が思いつかなかった。刻や明日花とは別の意味で気まずくなる乃之。そんな時、透から声がかかった。
「乃之。目覚めはどうだ。快眠だったか?」
「え……? ま、まぁ……悪くは無かったかも…………」
透からの質問であれば、普段の乃之なら喜んで元気よく返していた。にも拘らず、今の乃之はなんだか遠慮気味で自信の無い返事をしてしまった。決して透のことが嫌いになったわけでは無い。ただ……怪我をさせた罪悪感で、どうしても目を合わせることさえまともにできずにいた。
しかし、透の視線が変わることは無くずっと乃之を向いていた。
「……っ!」
乃之は参ったように一生懸命になって透と視線を合わせた。そして……一呼吸おいてようやく透とまともに向き合えるようになった。
「トオくんは……ちゃんと眠れた? また怖い夢とか見たりしてない? 体調とか大丈夫?」
「あぁ。平気だ。寧ろ……久々にぐっすり眠れて快眠な気がする」
「ほんと? よかった…………」
泣きそうな声で安堵する乃之。
「それより乃之。窓の外を見てほしい」
「え?」
乃之は、透に言われた通り窓へ向かう。靴も履かずに素足のまま透の隣へと移動する。そして……窓の外の景色を透と一緒に眺めた。
「あれ? まだ夜なんだ?」
「あぁ。どこかおかしいと思わないか?」
「え?」
乃之は、透からの突然の質問に固まる。
「えっと……」
「悪い、変なこと訊いたかな。ヒントは、さっきも訊いた睡眠に関することだ」
「睡眠……?」
「快眠だったなら、よく眠れたってことだろ? だったら……朝になっていても不思議じゃないか?」
「……あ。あ――――」
乃之は、納得のあまりつい大きな声を出すが透に直ぐ口を抑えられる。
「静かに……二人が寝てる」
「ご、ごめん…………」
「まぁ……快眠と言っても長時間寝たとは限らないけどな。でも、少なくとも俺は体感は朝に起きる目覚めと一緒だ」
「そうだね……言われてみると、たしかにわたしも朝に起きた気分だよ。ひょっとして……トオくんが言ってた、ここが地球じゃないかもしれない話と関係あるのかな?」
「この世界に来てから色々照らし合わせてみると、その可能性は少しずつ高くなって来ているように感じる。ただ、まだ決め手となる確実な根拠は無いな」
「そうなんだ……トオくんに言われると、なんだかそんな気しかして来なくなるね」
「そうなのか?」
「う、うん……だってトオくん、賢いから」
「それでも、俺の言葉全てが正しいわけでは無いからあまり鵜吞みにはしないようにな。最終的に、信じるのは自分だから」
「……ううん。トオくんを信じるよ」
「え?」
「……えへへ。トオくんの言葉って、なんだか説得力があって安心するから」
「……」
透は少しの間考えた後、言葉を返した。
「……そうか。まぁ、俺を信じることが乃之の意思ならそれを尊重する他ないな。それに、信用して貰う分には悪い気はしないし。ただ、何らかの宗教ではないから俺の言うことが全て正しいと妄信的にはならないようにな。自分でおかしいと思ったことや違和感があれば自分の意見を最優先にしてほしい」
「うん……わかったよ。トオくんに依存しすぎると、トオくんにとっても背負うものが重すぎるよね」
「そういうのは俺は個人的にあまり気にしないけどな」
「あはは……そうなんだね」
透と乃之の会話が何分か止まる。透が再び窓の外を眺めている。そんな透を横からじっと見つめる乃之。
乃之は、ふと十年前の透の横顔を思い出す。そして……無意識に当時と今の透を脳内で比較して照らし合わせてみた。顔つきが凛々しく、ちゃんと成長しているが当時の面影はしっかりあって改めて透の顔だと認識して乃之は安心していた。
そして、透と再び目が合う乃之。乃之は目を丸くしてびっくりする。
「……!?」
「どうした、乃之? 俺の顔に何か付いてるか?」
「あ、いや、その……トオくんはトオくんだなって。わたしが日本を出て行く前のトオくんを思い出してつい比較してたんだ」
「そうか。そういうことなら、別に構わないけど」
「…………」
乃之は、透と再会したら何をしたいかずっと前から考えていたことを突然思い出す。
「……ねえ、トオくん」
「どうした?」
「もう、外は見終わったかな? もし、もう見なくても大丈夫そうなら、ちょっと……この部屋を一緒に出て二人きりにならない?」
「いいけど、どうかしたのか?」
「トオくんと再会したら……どうしてもしたかったことがあるの」
「……変なことじゃなければ大丈夫だぞ」
「ありがとう。きっと……変なことじゃないよ」
「きっとって……」
すると、乃之は透とともに一旦部屋を出た。
誰もいないロビー。先ほど、彰人を中心に皆がかつて騒いでたとは思えない静けさである。しかし、暗さに変化は無い。
透と乃之は今になって気づくが、不思議なことに電気が点いていないのに周囲が肉眼で見えていた。外と同じく、光源はどこにも無いはずなのに妙に明るかったのである。強いて言えば、玄関側の二階の位置に窓が並んでいるが、それだけでは本来ならここまではっきりと周囲を視認出来ないはずである。つまり、自動的に暗視出来ているようなものであった。
外の光景に慣れていたからかあまり気にも留めずにいたが地球上ではまず考えられない不自然な光景に透と乃之は再び変な感覚になった。
「それで、乃之。したかったことって?」
「…………ごめんなさい、トオくん。抱き着いてもいいかな」
「え?」
「早速、刻ちゃんとの約束を破るようになっちゃうけど……これは本当に再会したらしたかったことなの。どこかで二人きりになって……トオくんに泣きつきたかた」
「……」
透は考えた。たしかに、乃之は自分と再会する為に十年という年月を経て日本に帰っていた。その十年の間、自分が傍にいなかったことで乃之はどれだけ寂しく悲しい日々を耐えて来ただろうかと乃之の気持ちになって考えてみる。
「……あぁ。いいぞ。そういえば、まだこういう機会を作ってなかったな。せっかくの十年ぶりの再会なのにな。皆がいたからなかなか作れなかったよな」
「トオくん……うううう…………」
乃之は透の胸元に泣きついた。そして、そんな乃之の背中を優しくさする透。透は、まるで包み込むようにして乃之に温もりを伝えた。乃之も、透にぎゅっと抱き着いてひたすら泣き続けた。
「会いたかった……ずっと、会いたかったよおおおお……ふええん……また…………会えて、よかったぁ…………」
「すっきりするまで泣いていいからな。落ち着いたらまた部屋に戻って寝よう」
「うう……ぐすっ。うん…………」
乃之は目元も頬も赤くさせる。透は、今度は乃之の首の後ろを辺りを包み込むように抱いた。そんな二人の時間がどのくらい経ったかわからないくらい続いた。
乃之が泣き止んだところで、ようやく部屋へ戻れるようになる。透は、乃之の両肩をしっかり掴んで支えた。
「よし。もう大丈夫だな」
「ありがとう……トオくん」
「全然。俺も気が利かなかったな。ごめんな」
「ううん、わたしのワガママだもん……こちらこそ、ごめんなさい。あと……トオくん」
「なんだ?」
「……」
乃之は訊きづらそうに、そして恥ずかしそうに透に告げる。
「トオくんは、その……好きな人はいるの? 付き合ってる人とか……」
「…………」
透が黙り込む。暫くして、乃之に返事をした。
透は、表情こそいつも通り変わらずだったが、その時の透の様子に乃之はどこか違和感を覚えた。
「……今のところはいないな」
「そ、そうなんだ……結婚は将来考えてるの?」
「……松本家を継ぐのは俺ということになってるから、その内誰かとは結婚して子どもも作らないといけないだろうな」
「な、なるほど……」
乃之は、自分から透に訊いておいて冷や汗が出てくる。ドキドキと緊張した感覚と、訊いてはいけないことを訊いてしまった不安が入り混じったような複雑な成分の混じった汗が流れ出てきた。
乃之は手遅れになる前に、直ぐに透に謝った。
「ご、ごめんなさい、トオくん! 再会したばかりなのに、何訊いてるんだろうね、わたし……もし、不快になったなら本当にごめん……」
「……」
少し間を空けて、透が遅れて返事をする。その時、乃之は透がどこか寂しそうに見えた気がした。表情や声のトーンは特に変わりは無いはずなのに。どうしてそう感じるのか、乃之には理由が全くわからなかった。
しかし、何故かそんな透を見て乃之自身が悲しくなってまた涙が出ていた。透に泣きついた時は粒上の涙だったが、今は滝のように涙が出ていた。
透は、そんな乃之の様子を透かさず問う。
「どうした、乃之。なんで泣いてる?」
「な、なんでだろう……トオくんに今の質問をしたら、なんだか涙が……」
「……」
透は、また間を空けて乃之に返事をする。
「なんだか……乃之はあいつに似てるな」
「……え? あいつって……誰のこと?」
「なんでもない。早く部屋に戻って寝ようか」
「う、うん……」
透と乃之が再び部屋に戻ってベットの布団に入る。まだ眠っている刻と明日花。そして、相変わらず変化の無い空の色。どのくらい時間が経ったのかはわからないが、だいぶ経ったことは間違い無いはずなのにまだ深夜だったのである。まるで、この世界には元々日が存在しないんじゃないかというくらいに、日が昇って来る気配が無かったのである。
透と乃之はそんな違和感を噛み締めながら、再び眠りに就いた――――。




