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05.半年ぶりの日常

元の世界へ。

 強制魔力付与による副作用は乗りきったと判断されたのは、魔国へ連れて来られて一週間を過ぎた頃だった。


「ショーマ、魔王様がお呼びよ」


 伝達魔法で宰相からの連絡を受けたベアトリクスは、何とも形容しがたい複雑な気分になり唇を噛んだ。



「此処が魔王城かー想像していたのと違うな……」

「ショーマ……あまりキョロキョロしないでくださらない? 一緒にいるのが恥ずかしいですわ」


 ベアトリクスと共に城へ向かったショーマは、城内へ足を踏み入れるとキョロキョロと周囲を見渡していた。


 魔王城と聞いて連想したものとは違いすぎる。

 城の内部はゲームの魔王城とは異なり、骸骨や蝙蝠に門番の魔物といったおどろおどろしい物は一切無い。

 磨かれた石の壁に、全体的に色彩を抑えたシックで落ち着いた雰囲気。

 金銀の装飾が各所に施されていたアネイル国の豪華絢爛といった城とは違って、目に悪い煌びやかな装飾の代わりに、所々繊細な装飾を施された調度品が設置されていた。


 城内でも一際重厚で大きな扉の前で、先導してくれている騎士の歩みが止まる。



 ギイィィ……



 重々しい扉が自動で開き、案内された謁見の間では、会うのは二度目となる魔王が玉座に腰を掛けていた。

 黒い軍服に黒マントという黒装束に銀髪が映えて見える。

 血のように赤い瞳に見下ろされて、ショーマはごくりっと唾を飲み込んだ。



「翔真君」


 魔王の傍らに立つ、赤いドレスを着た女性に名前を呼ばれた翔真は、じっと女性を見詰めて彼女が理子だと漸く気付いた。

 ドレスを着てハーフアップに髪を纏めた理子は、黒髪黒目の外見は日本人にしか見えないのに、彼女が魔王の隣に立っているのに不思議と違和感は無い。


 元気そうな翔真の姿に、口元を綻ばせた理子は彼に近付こうと足を踏み出したが、それより早く腰にがっちり腕が回されて動けなくなった。


「リコ、お仕置きされたいのか」

「うっ」


 立ち上がった魔王が、理子の耳元へ唇を寄せて低い声を発する。

 魔王の声に込められた冷たいモノを感じ取って、理子は思い切り頬をひきつらせた。


 この後の自分に降りかかる事を考えて、理子の瞳は羞恥と恐怖から涙目となってしまい、つい隣の魔王を睨む。

 睨まれた魔王は、涼しい顔でリコの腰を引き寄せた。



「ショーマよ、此方まで来い」


 魔王に促されるまま、ショーマは謁見の間の中央まで歩みを進めた。



「これから、貴様を此方への転移直前の状況へ戻す。ただし、元の世界では外見上の時間は戻るが、体力と魔力はそのままだ。魔力を暴走させぬように気を配れ」


 そう言って魔王は軽く右腕を振るう。


 部屋の床が軋んだ音をたて、古代ギリシャ文字の様な文字が書かれた円、魔方陣のようなものが翔真を中心に浮かび上がった。


 パアアー!!


 魔方陣の文字が朱金の輝きを放つ。

 魔方陣から伸びた、朱金の光が翔真の足から這い上がり全身に絡みついていく。


 魔方陣の中央へと、体を引きずり込んでいく光の眩しさに、翔真の視界は真っ白に染まった。




 ***




 目の前が真っ白に染まり、視界0のまま翔真は長いトンネルを落下していた。


 トンネルの出口が何処へ通じているのか、無事に元の世界に辿り着くのかは全く分からない。

 ただ、魔方陣に引きずり込まれる直前、耳に届いた涙混じりの少女の声が誰のものかははっきり分かった。



「ショーマ! 約束ですわよ。次、会うときは」


 何時も強気なくせに、自分の前では可愛い少女の顔を見せるようになったベアトリクスが、泣いている。


「漫画の続きを貸してくださいね!」


 別離の場面で気にするのはそこか! と突っ込む間も無く、翔真の視界は唐突に晴れた。





 ドンッ


 背後から背中を押されて、翔真は電車内から押し出される。


「っ、すいません」


 前のめりに倒れそうになりながら、人の波を潜り抜けて何とかホームへ降り立った。


 通勤通学のため急ぎ足で改札口へと向かう乗客、電車のドアが閉まる音楽と注意を促す駅員の声。


 それは、何時も同じ通学途中の駅での一幕で。


「俺は……」


 自分の服装を確認すれば、魔国で着ていた紺色の貴族の礼装ではなく、高校の制服にスニーカー、通学用のリュックサックを肩に担いでいた。


「戻ってきた……?」


 呆然と呟いた言葉は、電車の発車音で掻き消された。




 夏休み期間を含めて七ヶ月ぶりの登校に、懐かしさと戸惑いが混じった複雑な気分で、翔真は教室へ向かった。


 懐かしい教室、担任の禿げ気味の頭とか友人達とのふざけた会話、全てが懐かしくて“戻ってきた”と実感出来た。


(やっと還ってきたんだよな。でも、何か違う……)


 もう勇者とは呼ばれない、剣や魔法も無い平和な日常に戻ったのに、何故か翔真の気分は晴れない。


 何かが足りないのだ。


 半年以上離れていたせいか、自分を取り巻く情報を思い出すので疲労しきった翔真は、漸く放課後になった時に安堵の息を吐いた。


(滅茶苦茶疲れた……)


 異世界へ召喚される前は、俗に言う補導時間ギリギリまで友人や彼女と遊んでいたが、今日ばかりは早く家へ帰って休みたい。


 友人からの遊びの誘いをやんわり断り、翔真は教室から廊下へ出た。



「翔真~」


 後ろから名前を呼ぶ女子の声が聞こえて、面倒臭いと思いながら後ろを振り向く。


 手を振って小走りでやって来たのは、黒染めしたと分かる黒々した肩までの髪を揺らした、小柄で可愛いけれど派手な女子生徒。

 進学校には珍しくしっかり化粧をして、スカートも短くした女子は翔真の腕に自分の腕を絡ませる。


「ねぇ翔真ー今日さぁ、夜遅くまで親居ないの。だからぁ、家でね、久しぶりにいっぱい、しよ?」


 上目遣いに見上げてくる女子は、ふふふっと意味ありげに笑う。


 馴れ馴れしい態度に眉を顰めた翔真は、これは誰だと数秒考えて……夏休み前に告白されて付き合いだした、一学年下の女子だということを思い出した。

 確か、名前はマミだったか。


 マミはブラウスの第二釦まで開けて、谷間が見える状態の胸元を翔真の腕へと押し付ける。


「親が居ない」そんな素敵な状況に、以前だったら喜んで飛び付いていた。

 しかし、今は全く心が揺さぶられない上に男慣れした香水臭いマミを抱くなど到底無理な話で、今すぐ離れてほしいとすら思う。


「悪い、今日は早く帰って来いって言われているんだ」

「えー?何時も親なんて関係ないって言ってるのに?何でぇー?」


 ぐいぐい腕に胸を押し付けて、マミは頬を膨らませながらグロスで艶々した唇を尖らす。


 以前だったら可愛いと思えた拗ねた表情も、今は媚びているようなわざとらしいものとしか思えなかった。


(面倒だな。これが、ベアトリクスだったら。いや、こんな顔はしない。ベアトリクスだったら……)


 気位の高い令嬢ならば、媚びた顔なんて見せずに茹で蛸みたいに真っ赤になりながら「ショーマを誘って差し上げますわ」とか「わたくしからの誘いを有り難く受けなさい」とか言うのだろうか。


 想像してみてからハッと我にかえった。

 自分は何を想像しているのか。此処は異世界では無いのに。



「小遣いと今後の事がかかっているんだ」


 やわらかく見える作り笑いを貼り付けて、翔真はやんわりと腕に絡まるマミを引き剥がした。




 “日常”に戻ってから、早くも三週間が経った。


 帰宅するために乗った電車の座席に座り、翔真は項垂れていた。


 放課後に職員室へ呼び出されて、担任から受験希望大学の願書取り寄せとセンター試験の願書を早く出すように言われたのだ。

 おそらく帰宅する頃には自宅へ、母親宛に担任から連絡がいっている事だろう。


 センター試験の願書を出さなければ、燻っている思いを捨てて進路を決めなければならないのは分かっている。


 だが、異世界から還ってきてからずっと感じている、物足り無さと渇きによって決断出来ないでいた。

 満たされない飢えによって、いつか抑えている魔力が暴走しそうで怖い。



 電車が停車し、数人の乗客が車内へと乗り込んだのを横目で見ていた翔真は、大きく目を見開いた。


「あっ……」


 電車の扉の側に立ったOLは、此方へ還ってきてからずっと探していた女性だったからだ。


「理子さんっ!」


 混み合う車内で発した大声に、周りの乗客が何事かと驚いて自分を見る。

 扉に側に立つOLも驚いた様子で振り向いた。


「翔真君?」


 謁見の間で見た、魔王の妃の姿ではない会社帰りのOL姿の理子が、電車の揺れにふらつきながら近付いて来る。


「久しぶりだね。元気だった?」


 にこりっと笑う理子に、翔真はずっと強張っていた体の力が抜けるのを感じた。


勇者召喚される前、翔真君はそれなりに遊んでいました。

センター試験の出願って秋頃だったはず...

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