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03.禁断症状とマシュマロ

 ヨーロッパの王様の庭園と言われても納得出来るくらい立派で綺麗に整えられた庭園。


 噴水前に設置されたベンチに腰掛けた翔真は、背凭れに両腕を乗せて青空を仰ぎ見た。


 雲一つ無い晴天の青空。

 アネイル国にいた頃は汗ばむくらいの陽気を感じていたのに、魔国の首都周辺は魔王の結界によって常に快晴で、常春の気温に保たれているらしい。

 屈強な侍女もといライラにそのことを聞いて、アネイル王と王太子の命だったとはいえ、とんでもない相手に喧嘩を売ってしまったものだと後悔した。

 魔王が自分を殺さなかったのは、おそらく妃の理子と同じ世界の住人だったからだろう。

 しばらくベアトリクスに見張られるとはいえ、自分は物凄く厚待遇なのだろう。



「暇、だな」


 アネイル国にいた頃は、騎士団の鍛練に参加したり魔法の練習をしていたのに、突然、休養をしろと言われても何をしたらいいのかが分からない。


 何もせずに、ボケッと日向ぼっこしていると一気に老けた気になる。


「あー!!」


 バサバサバサッ


 翔真の叫び声に驚いた鳥達が、木々から飛び立つ。

 勢いよく立ち上がると、翔真は前方の植木に視線を向けた。



「ライラさん、いるんだろ? ちょっといい?」


 問い掛けに答えるように、前方の植木前の空間がグニャリと歪む。

 気配を消して植木に擬態していたライラが、擬態を解除して姿を現した。


「はい、何でございましょうか?」


 まさか見破るとは思ってもいなかったライラは、翔真の察知能力の高さに心の中で「合格だと」笑う。


「ベアトリクスお嬢さんに、聞いてきて欲しい事があるんだ」


 告白でもするのかと、勘繰ってしまいそうなくらい真剣な表情で言う翔真からの依頼に、ライラはプッと吹き出すのを堪えた。




「は?」


 侯爵代理として執務室で書類に目を通していたベアトリクスは、ライラから伝えられた話に目を丸くした。


「ショーマが? そうね」


 形の良い唇に人指し指を当てて、ベアトリクス暫し思案する。


「敷地内から出ないなら、好きにさせてあげて」

「よろしいのですか?」


 宰相キルビスから勇者の監視を押し付けられた当初、ベアトリクスがドレスの裾を持って地団駄を踏むくらい憤っていたのを知っているライラは、面には出さなかったが驚いてしまった。


「ええ、普段通りの行動をした方が症状が出やすいだろうし、わたくしも早く見極めたいもの。……早く帰りたいでしょうし」


 最後の台詞は自分にしか聞こえない程の声で呟いて、ベアトリクスは執務室の窓から庭園を見下ろした。




 急ぎの書類だけ片付けて、侍女と共に早足で庭園へ向かったベアトリクスを、一足先に噴水前で待機していたライラは一礼して出迎える。


「ライラ、ショーマは」

「おーい! ベアトリクスー!」


 続く台詞に被さる大声にベアトリクスは振り向いて……ポカンと口を開いてしまった。


「きゃあ!? 何て格好なのよ!」 


 手を振って自分の方へ向かって走ってくる翔真の姿に、ベアトリクスは悲鳴に似た声を上げる。


 此方へ向かって来る翔真の格好は、肘の上まで両袖を捲って前釦を全て外したシャツは、ただ羽織っているだけだったのだ。

 羽織っているだけのシャツは風で捲れ上がり、薄付きながらしっかりと筋肉がついた胸板から臍までが丸見えとなっていた。


 気が強い令嬢でいようと気を張っているとはいえ、実は、まともに異性の裸を見たことが無かったベアトリクスの頬に熱が集中していく。


「屋敷の周辺を走ってきたんだよ。かっちり着込んでいたら動けないだろ?」


 ニカリッと、翔真は歯を見せて笑う。

 額から頬へと流れ落ちた汗を無造作に手の甲で拭う仕草は、御世辞にも洗練された仕草とは言えないのに、ベアトリクスは胸の奥がざわめくのを感じて困惑する。


 風で短い黒髪が揺れて散る汗が、陽光に煌めいて見えてベアトリクスは目を細めた。


「あ、汗を流して、夕食にはちゃんとした格好でいらして!」


 周りでこんな行動を取る異性は居なかったから、ただ珍しくて気になるだけだ。

 そう自分へ言い聞かせ、未だ治まらない動悸を悟られないようにベアトリクスは横を向いた。




 ***




「あれ?」


 夕食後、与えられた部屋へ戻って就寝準備をしていた翔真は、ふと違和感を覚えて喉を押さえた。


 体が火照り、異常に喉が乾くのだ。

 夕食に塩辛いメニューは無かったから、屋敷の周囲を走ったり筋トレをしたせいだろうか。

 喉の渇きに堪えきれずに、水差しから硝子のコップへ水を注いで飲み干した。


「ショーマ様、大丈夫ですか?お顔の色が優れません」


 額から汗を垂らしている翔真の様子に、控えていたライラも異変に気付く。


「はは、色々あってちょっと疲れたのかもな」


 ここ数日間で、自分を取り巻く状況が目まぐるしく変化した。

 環境の変化は、ストレス源になると聞いたことがある。この体の異常は、環境変化と気疲れからだろう。


「では、私は下がっておりますので、何かありましたらベルで御呼びくださいませ」


 一礼して退室したライラの背中が扉の向こうへ消えると、翔真は完全に脱力してソファーに身を沈めた。


 この体の異常がストレスや疲れだとしても、急に症状が出るものなのだろうか。


「はぁっ」


 体の内側が焼けるように熱い。水分を摂っても直ぐに喉がカラカラに乾く。

 何度も水を飲んでいるせいで腹は膨れていたが、喉の渇きに堪えられず翔真はテーブル上の水差しに手を伸ばす。


 カランッ

 伸ばした指先がブルブル小刻みに震えて、握ろうとしたコップが倒れる。


「くそっ」


 震えて上手く動かない両手を胸元で強く握る。


 喉の渇きが止まらないとか、両手が痙攣し出すとか、まるっきり危ない薬の禁断症状じゃないか。

 学校の薬学講座で視聴した、薬物乱用禁止のDVD映像を思い出して翔真は頭を抱えた。



《可愛い勇者。お前は、私の、あたしのモノ》


 突如、聞こえた数人の女の声に翔真は驚いて室内を見渡した。


「何なんだよっこれ!?」


 室内の気配を探っても、複数の女の気配など感じられない。


《苦しい? つらい? 私が、あたしが、必要かぇ?》


 二度、聞こえた女の声に、翔真はギクリッと体を揺らした。


「俺の、中から? ぐぅっ」


 自分の意思とは関係無く、体の奥から魔力が外へと溢れ出そうになる。

 手首に巻かれた金色の鎖が魔力の表出によりギチギチ軋んだ。


 バンッ!


「ショーマ様! 大丈夫ですか? ショーマ様!」


 異変を感じ取ったライラが、扉を蹴破る勢いで部屋へ雪崩れ込む。


「だめ、だ! 来るな!」


 魔力を制御できない状態では、ライラを魔力の暴走に巻き込んでしまう。

 苦痛に顔を歪めて、翔真は制止の言葉を発する。


「っ! ベアトリクスお嬢様にご連絡して! それまで私が抑える!」


 風が吹き荒ぶ室内に足を踏み入れて状況を把握したライラは、後ろにいた侍女へ言付けて、翔真を中心に魔法陣を展開した。


「ぐっ」


 溢れ出る魔力が魔法陣によって翔真の中へと押し戻される。


 体の内と外とで拮抗する二つの力によって、意識が混濁しかけた翔真は両膝を絨毯に突いた。



「ショーマ!」


 誰かの声が室内に響き、翔真の霞む視界に輝く金色が飛び込んできた。


(誰、だ……)


「思ったより症状が出てくるのは早かったわね」


 ぼやけて殆ど見えない視界に、金色の髪と華奢な体型の人物が屈んだのが分かって、翔真は僅かに顔を上げた。


《近寄るな! この男は私が、あたしが、内から喰らってやる、お前になど渡すものか!》


 女の声が聞こえ、心臓を鋭い針でキリキリ刺すような痛みに、翔真は胸を押さえて呻く。


「駄目よ」


 痛みで傾ぐ体を、金色の髪をした人物の細い腕と指先が支えた。


「人に捕らえられて、魔力とともに血肉を搾り取られた貴女達は可哀想だとは思うけれど、魔族の末席に属するものなら弱き者が力ある者に屈するのは当然の理だと分かっているでしょう? それなのに、貴女達は何に執着しているのかしら? さぁこの男の事は諦めていい加減、消滅しなさい」


 クスリ、と笑う金色の髪をした女性を間近に見て、翔真は大きく目を見開いた。



「ベア、トリ、クス?」


 視界はぼやけているが、さらさらのストレートの金色の髪と勝ち気な紫の瞳と凛とした声の人物は、ベアトリクスその人だった。


「ショーマ、人の身でよくソレを抑えたわね」


 細い指先が翔真の頬へと触れる。


「もう大丈夫よ」


 やわらかくベアトリクスは微笑むと、翔真の頭をぎゅっと抱き締めた。


「っ!?」

「わたくしの魔力をあげる」


 ベアトリクスは抱き締める翔真の背中に触れた指先から、彼の心臓へ魔力を送り込む。


 ビクリッ、魔力を送り込まれた翔真の体が揺れる。


「わたくしの魔力で、下級魔族の女達の怨念と執着なんて吹き飛ばしてやるんだから。ショーマにまとわりついている女達に、貴方は渡すのは惜しいもの」


 下半身が鳥の女と肌に鱗が生えている女の幻影を睨み付けたベアトリクスは、上質で強い魔力を指先から抱き締める翔真の体内へさらりと流し込んで、まとわりつく女達の怨念を一気に消し飛ばす。

 女達の断末魔が翔真の耳へ届かないように、魔力を流し込むと同時に余計な雑音を遮断した。



 朦朧とした意識の中、翔真はあたたかな何かに両頬が挟まれているような感触がして身動ぎした。

 あたたかく、やわらかくて滑らかな感触に、ほのかに甘い花の香りがする。


「はぁ……あったかい? なんだ? マシュマロ?」


 マシュマロの感触がする二つの物体に手を伸ばし、手のひらでそっと撫でた。


「きゃっ、ショーマ!?」


 片胸を撫でられたベアトリクスは、くすぐったさにビクッと体を揺らす。


「あっ」


 胸の間に顔を埋める形になっている翔真が頭を軽く振る。

 両胸がぐにゃりと押されて、ベアトリクスは押し倒されるように尻餅を突いてしまった。


「ひゃんっ」


 胸の間に顔を埋めている翔真の手が脇腹を滑り、むず痒いような感覚に変な声を上げてしまいベアトリクスは羞恥で顔を真っ赤に染める。

 見ようによっては翔真に押し倒されるそうになっている状況に、視線を巡らしたベアトリクスは唖然としているライラと目が合う。


 眉を寄せて大股で近付いたライラは、無言のまま翔真の襟首を掴んで力一杯引き剥がす。


 ガタンッ!


「ぐぇっ」


 手加減無しのライラに放られた翔真は派手な音をたててテーブルにぶつかり、カーペットへ倒れると動かなくなった。



「大丈夫ですか!? ベアトリクスお嬢様!」

「え、えぇ」


 ライラの手を借りて立ち上がったベアトリクスは、未だ熱いままの両頬に手を添えて倒れたままの翔真を見詰めた。

ぱふ●ふ状態。

意識があったら夢心地だったでしょう。




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