02.囚われた理由
翔真が思春期丸出しです。
貴族仕様のジャケットは堅苦しくて羽織りたくはなかった翔真は、自分を見張る屈強な侍女に頭を下げまくってジャケットは免除してもらった。
白いシャツにベストを羽織り黒ズボンを履いた翔真は、仕上げとばかりにガシガシ侍女に髪を後ろへ撫で付けられる。
屈強な侍女の先導で、彼女の主が待つという食堂へ向かう。
廊下を歩きながら翔真はキョロキョロ屋敷内の様子を伺っていた。
召喚されてから半年間過ごしていたアネイル国の城内と遜色ない程の内装に、この屋敷の主はかなりの地位と財力を持っていることが分かる。
魔族の中でも、高位魔貴族の屋敷へ連れて来られたのかもしれない。翔真はこれから自分を待ち受けるだろう事態を考えると、気が重くなってきて溜め息を吐いた。
「失礼いたします」
一礼をする侍女に続いて食堂へ足を踏み入れた翔真は、ポカンと口を開けてしまった。
強面で厳つい屋敷の男主人か、魔王あたりが待っているのかと身構えていたのに、予想外の人物が自分を待っていたのだ。
まさか、フリルとリボンの付いた淡いピンク色のブラウスに赤いロングスカート姿の、自分と年齢は変わらないくらいの少しキツイ印象を与える綺麗な金髪を縦ロールにした令嬢が待っているとは。
そしてこの縦ロールの令嬢こそ、捕縛魔法で翔真をぐるぐる巻きにして昏倒させた人物だと思い出した。
「遅かったわね」
「お嬢様、申し訳ありません」
侍女は体を縮ませて深々と頭を下げる。
「まぁいいわ。ご機嫌よろしくて? 勇者殿?」
真っ直ぐに宝石みたいな紫色の瞳を向けられて、ドクンッと翔真の心臓が跳ねた。
気の強そうな綺麗な令嬢が首を傾げる仕草は、見た目よりずっと幼く思えた。
「あ、えーとご機嫌はよろしいです? いや、おはよう?」
何か返さなければと翔真は、焦って令嬢に答える。
「ぷっ、ふふっ、貴方って面白いのね。わたくしの前の席へお座りになって?」
手の甲を口元に当て、くしゃりっと表情を崩して笑う縦ロールの令嬢は、初対面の高慢な印象は全く感じさせない。
見た目は高笑いをしている悪役令嬢なのに、中身は全然違うのかもしれない。そう翔真は思いつつ、彼女の向かいの席へ座る。
(なんか、この子綺麗だし中身はけっこう可愛い、かも。って、前から見るとすげーな)
令嬢の真正面へ座って、改めて彼女を見た翔真は感嘆の息を吐いた。
整った容姿もそうだが、翔真の視線は令嬢の胸に釘付けとなってしまった。
フリルとリボンで飾られたブラウスは、体の線に合わせたデザインのため胸元がはち切れそうなくらいパッツンパッツンになっている。
令嬢が少し動く度に、前を止めてる釦が飛びそうなくらいの胸のボリューム感。
それに釦周りの横皺が、ヤバイくらいのエロさを出してる。
「何ですの?」
じぃっと前方を凝視している翔真に、令嬢は訝しんで眉を寄せた。
「いや、すげーって思って」
何が、とはさすがに言えない。
「すげ? 朝食がですか? 普通だと思いますが……」
困惑混じりに令嬢はテーブルの上を見る。
どうやら彼女は、翔真が凝視していたのはテーブルに並ぶ朝食用のパンやフルーツの事だと思ったらしい。
(助かった。やらしい目で見ていたなんてバレたら、あの侍女にボコボコにされそうだ。しかし、でかいなー)
心の中で、翔真は気付かれなくて良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。
まだまだ魅力的なものを見ていたかったが、強い意思を持って視線をテーブルの上の朝食へと向けた。
「これ、普通なのか? 俺からしたら、滅多に食べられないくらいの凄い豪華な朝食だし、旨そうだなーって見ていたんだ」
半分は嘘ではなく、一度だけ行った事がある高級ホテルの朝食並みの品に感動していた時に、偶然彼女の胸が視界に入っただけだ。
翔真の言葉に令嬢は眉を寄せた。
「まぁ? アネイル国は、貴方を賓客扱いにしていたのでは無いのですね。勇者として勝手に召喚したのに、大事にしないとは。ひどいですわ。魔王様に滅ぼされた方が良かったのかもしれません!」
「一応、衣食住は面倒見てもらっていたと思うけど……」
衣食住だけでなく、この世界の知識と戦い方まで教えて貰えたし大事にしてもらっていたとは思う。賓客ではなく勇者としてだが。
「そうそう、ご挨拶が遅れていましたわ。わたくしはベアトリクス・ロゼンゼッタと申します。この屋敷の主、ロゼンゼッタ侯爵の長女です。父は急用のため屋敷には居りませんが、戻りましたら改めて紹介します」
縦ロールの令嬢、ベアトリクスは優雅に微笑む。
「俺は、荻野翔真じゃなかった、ショーマ=オギノです。えっと異世界人?」
「ショーマ様、ですね」
様付けに背中がむず痒くなって、翔真は身動いでしまった。
「いや、様付けはちょっとむずむずするんで、ショーマって呼んで欲しい」
「では、ショーマとお呼びいたします。わたくしの事は、ベアトリクスと呼んでくださいな」
クスクス、鈴を転がしたような声でベアトリクスが笑う。
途切れた会話を合図に、ワゴンを押した給仕係がスープと焼きたてパンの配膳を始めた。
給仕係が食後の紅茶を淹れ、壁の側へと戻ったタイミングでベアトリクスは口を開いた。
「さて、貴方の今後についてお話しましょうか。ショーマには、暫くの間は此処魔国で過ごしていただきます」
やっぱりな、口には出さないで翔真は僅かに眉を動かす。
手首に巻き付いたままの金の鎖からして、直ぐには解放されないだろうと覚悟していたから、さして驚きはしなかった。
「わたくしの伯父、魔国の宰相が魔王様から貴方の世話を仰せつかったのですが、生憎と多忙のため難しいそうでわたくしに託されたの」
「何で侯爵じゃなくてベアトリクスに?」
何故宰相は、いくらしっかりしていたとしても見た目はまだ若く、自分と同い年くらいのベアトリクスへ託したのだろう。
「貴方が聖剣を扱える勇者、だからです。そうそう、聖剣は我々魔族には危険なため封じさせてもらいましたわ」
成る程、聖剣が手元に無いのに近くに気配を感じられるのはそのためか。
「聖剣もそうですが、正しくはショーマが暴れた時に抑止が可能な者、として伯父様はわたくしを選ばれたのかしら。わたくしはこれでも、魔貴族の中でも強い魔力を持っていますの」
「俺は此処で暴れるつもりは無いけど」
自分が高位魔族に危険視されているのは、喜んでいいのか悲しむべきなのか。
微妙な表情を浮かべる翔真に、ベアトリクスは苦笑いを返す。
「ショーマはそのつもりは無くても貴方の中にある魔力が問題なのよ。貴方が生まれ育った異世界には魔力はほぼ存在しない筈。魔王様の選ばれたお妃様も異世界の方で、魔力はお持ちでは無かったのですが、魔王様がお妃様を娶られるために時間をかけて魔力を与えられた、という経緯がありますわ」
「あのさ、お妃様って理子さん?」
魔王によって魔国へ転移させられる前から、ずっと疑問に思っていた事を問う。
「ええ、リコ様は魔王様が時間をかけてご自身の魔力を与えられ、お妃様となられた方ですわ」
だから、初めて電車内で理子を見た時に、惹きつけられるような不思議な力を感じて、その後も白昼夢という形で何度も彼女と出会ったのか。
「魔力を持たない者は、他者から譲渡されるか魔道具を使用しなければ魔力は持てません。貴方に宿る魔力は、誰かから譲渡されたのではなく、人族では条約で禁じられた方法を使用されて得たものです。条約で禁じられた理由は、強い禁断症状による魔力の暴走と、非人道的な方法だからと聞いていますわ。勇者殿に禁断症状が出て暴走されたら、半端な魔族じゃあ太刀打ち出来ませんから、状態が落ち着くまで此処で静養なさってくださいな」
そこまで話すと、ベアトリクスはすっかり冷めてしまった紅茶を一口、口に含む。
「禁じられた方法って、それって、どういう、方法なんだ?」
翔真の動悸が速くなり、緊張のせいか身体中の筋肉が固くなる。
口腔内はカラカラに乾いてしまっていて、舌が動かしにくい。
「アネイル国で、毎日渡されて口にされていたものがある筈です。その材料を知ったら、少々落ち込まれると思いますが? それでも知りたいのかしら?」
茶化すような口調でも、紫色の瞳には真剣な光を宿してベアトリクスは翔真の瞳を見詰める。
(まさか、アレが?)
毎晩、世話をやいてくれていたメイドから、薬湯だと言われて疑いもせずに飲んでいた。
薬湯は、赤黒くほのかにとろみがついた液体。
その味は、苦い上に酸味もあり正直飲むのは苦痛だったが、世話になっている可愛いメイドに渡されると飲まないわけにはいかず、毎回飲み干していた。
あれが禁じられた方法で作られた物だったら……
魔力は他者からの譲渡で得ることが出来るのならば、毎晩飲んでいた薬湯は、もしや。
「嘘、だろ……」
喉の奥から込み上げてきた吐き気に、翔真は両手で口元を押さえた。
どうにか吐き気を抑えようと、紅茶を飲み込む翔真を静かにベアトリクスは見ていた。
吐き気が治まり、どうにか気持ちも落ち着かせた翔真は、額にかいた汗を手の甲で拭う。
「あのさ、ベアトリクス。理子さんには会えないのか?」
かちゃんっ!
ティーカップを落とすようにソーサーへ置く音が食堂に響く。
「まぁ! 貴方ってリコ様に懸想しているの? それなら危険で余計会わせられないわよ! 不埒な感情を持ってリコ様に近付いたら、魔王様に引き裂かれてしまうわよ!」
「はぁ!?」
ガタンッ!
懸想、不埒と言われて、翔真は動揺のあまり派手な音を立ててしまった。
アネイル国で翔真が魔力を得ていた“禁じられた方法”は薬湯の中身のことです。
色合いで察すると思いますが、詳しいことは次話で分かります。
そして、ベアトリクスはまだまだ成長期のため、衣装係は大変みたい。