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14.元カノと縦ロール令嬢

 大道芸人の声と音楽、見物客の談笑の声、美味しそうな焼きそばやイカ焼きの匂いが漂う屋台が建ち並ぶ通りを横断した翔真は、人の波を掻き分けて待たせていた同行者の元へと急いでいた。


「あれ?」


 屋台が建ち並ぶメイン通りから外れた一角、人の姿が疎らなベンチに座って待っていたはずの彼女の姿は無く、キョロキョロと辺りを見渡す。


「どこへ行った……?」


 グルリ周囲を見渡しても、人一倍目立つ容貌の彼女は見当たらない。


「ベアトリクス」


 彼女は異世界の祭りに興味津々だったが、翔真に断り無く何処かへ行ったとは思えない。

 気になる物があってそちらへ行ったたとしても、伝達魔法くらいは使うだろう。

 誰かに誘われたとしても、怖じ気づくくらい綺麗な美少女をナンパ出来るのはある意味勇者だ。

 例え誘われたとしても、ベアトリクスがほいほいついていくとは考えられなかった。


「まさか迷子になった?どうするか……」


 両手で持っているたこ焼きと林檎飴へ視線を向けて、翔真は溜め息混じりに呟いた。




***




「ショーマ、これは何かの催しですの?」


「流行りの装飾品を買いたい」と言うベアトリクスを連れて、電車を乗り継いで行ったショッピングセンターのフードコート。

 苺味のソフトクリームをスプーンで掬って口に運んでいたベアトリクスが声を弾ませて指差したのは、壁面の液晶スクリーンに映し出された地元の祭り開催予告だった。

 毎年、秋に行われる地元の祭りは都心部からも人が来るくらい大規模なもので、祭りの開催期間は会場周辺は大いに賑わう。


「秋の芸術祭だよ。大道芸人や屋台も出る大規模な祭り。来週末から三日間やるんだ」

「お祭り?」


 翔真からの説明と、壁面のスクリーンに映し出された賑やかな祭りの映像に、ベアトリクスの瞳はキラキラ輝く。


「ベアトリクスが行きたいなら来週末行こうか? かなり混雑するから人混みが苦手なら止め、」

「行ってみたいですわっ」


 止めようか、と続く翔真の台詞を遮って、ベアトリクスは満面の笑みで答えた。




 幼子みたいに瞳をキラキラ輝かせて、今日の祭りを楽しみにしていたベアトリクスを迷子のままで放っておくことなんか出来ない。


 たこ焼きと林檎飴をベンチの上に置き、此方の世界へ戻って来てから使うことは無かった魔力を練った。

 周囲へ認識阻害と音声遮断の魔法をかけてから、翔真は足元から円形に探索魔法の陣を展開する。

 足元から広がる探索魔法陣は半径一キロ程。

 魔力がほぼ失われた此方の世界では、魔法の威力効果は半減してしまうため翔真にはこれが限界。


 近くにいてくれと思いながら意識を集中させれば、探していた少女と、彼女の側にいる人物の居場所はすぐに分かった。


「っ、アイツ」


 ベアトリクスの側にいる人物の気配に、翔真の眉間に皺が寄る。

 まさか、この広い祭り会場でアイツが近くにいたとは。

 ベンチに置いたたこ焼きと林檎飴をビニール袋に入れて、翔真は走り出した。




(あれは!)


 混雑する中、人の流れを掻い潜って進む翔真は見覚えある派手な化粧をした少女を見付けて、走る速度を緩めた。


 両手にお好み焼きやたこ焼きが入ったビニール袋と、ペットボトル飲料四本が入ったビニール袋を持ってフラフラ歩いていたのは、夏休み終わりまで翔真の彼女だったマミの取り巻きの一人。

 彼女一人でいるのは、マミに屋台での買い物を命じられたのか。


 背後から近付き、少女の肩を掴む。

 不機嫌そうに振り向いた少女の瞳が大きく見開かれた。

 半開きのまま固まった口は、驚きからか声も無くパクパク開閉する。


「俺の連れが居なくなったんだ。何の用があってアイツが連れて行ったのか知らないか?」

「し、知らないっ」


 わざと圧力をかけて訊ねると、少女はビクッと肩を揺らして口許をひきつらせる。

 肩を揺らした拍子に、ペットボトル飲料入りのビニール袋が手の内から抜け落ちた。


「おっと」


 地面に落下する前に翔真はビニール袋を片手で拾う。

 背の低い少女を冷たく見下ろせば、彼女の顔から血の気が引いていく。

 後ろから来た家族連れが、不穏な空気で痴話喧嘩でもしていると思ったのか怪訝そうな視線を向けた。


「マミが、ショーマの彼女、気に入らないって……ボコすって……」


 カタカタ震える唇から紡がれた台詞を言い終える前に、翔真は少女へペットボトル飲料を押し付ける。


「悪役らしい考えだな」


 物語の悪役のような行動をしてくれたマミには、喧嘩を売る相手を間違えたと後悔してもらわなければならない。


 口の端を吊り上げた翔真の表情を見てしまった取り巻きの少女は、「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。




 ***




 人族の少女から声をかけられた時、始めは受け流すつもりだった。

 しかし、少女の口から婚約者である翔真の名前と彼の「元恋人だ」と名乗られてしまったら、放置は出来ない。

 婚約者の元恋人から挑戦的な態度をされて、ベアトリクスは初めて彼女を真っ直ぐ見詰めた。


 濃く派手な化粧と大胆に太股を出したミニスカートという、ベアトリクスの暮らす世界の基準では娼婦のような露出の多い服を着た少女。

 買い物に行ったショッピングセンターで知った瞳の色を変える、カラーコンタクトをつけ瞳を青色に変え目の回りを黒いアイラインで囲み、目力を強調した瞳からは敵意と嫉妬、僅かな羨望を感じた。

 少女に付き従うのは同じ年頃の少女と少年二人。


(女王様ってところかしら?)


 言われるがまま、ベンチから立ち上がり遊具が設置された場所までついて行ったのは単なる興味から。

 以前読んだ漫画の悪役令嬢の心理、ヒロインに抱いていた劣情に似た感情、嫉妬と羨望をぶつけてくる翔真の元恋人は、本当に漫画で出てきた台詞を自分にぶつけてくるのか。


「話、とは何でしょうか?」


 わざと少女の苛立ちを煽るため、不思議そうな表情を浮かべながら小首を可愛らしく傾げてやると、少女は簡単に苛立ちを露にする。


「あんた、翔真の何? 彼女?」

「わたくしはベアトリクスと申します。ショーマの彼女ではなく、婚約者ですわ」


 婚約者だと告げると、更に少女は苛立っていく。

 あまりにも素直な反応に、ベアトリクスはクスリと笑ってしまった。


「へぇー、婚約者? じゃあ、翔真ってあたしと付き合っていた間は、お嬢様とあたしと二股かけてたんだ。偉そうな事言っても自分だって遊んでいたんじゃない」


 罵倒されるかと期待していたベアトリクスは眉を顰めた。


「二股? ショーマがわたくしの婚約者となったのは貴女と別れてから、ではありませんか? 交遊関係は全て調べておりましたから、間違いは無いはずです。それに、わたくし達は恋人期間無く婚約を交わしましたから、貴女と交際期間は重なってはいませんわ」

「付き合わないで婚約? それって親が決めたの? うわぁかわいそー」

「可哀想?」


 可哀想等とは微塵も思っておらず面白がっていると分かる、嘲笑を浮かべた少女の表情が不快で、ベアトリクスは片眉を上げた。


「この婚約は、ショーマもわたくしも納得の上でのものです。哀れみを受ける理由は何もありません」

「ふうん? でも、付き合って無いなら翔真がどんな奴か知らないんじゃない? 清純そうなお嬢様じゃあまだヤっても無いんでしょ? 経験無しじゃ、アイツを満足させられないんじゃないのぉ~? あたしがアイツの弱い所とかいっぱい教えてあげよっか? いくら親が決めたのでも、見た目だけでつまらない女って思われて、浮気されたくないでしょ?」


 クスクス嗤う少女をベアトリクスを醒めた目で見る。

 恋人だった時に翔真と体を重ねた事で自分の方が格上だと判断し、ふんぞり返る少女が滑稽に思えて冷ややかな視線を向けた。


「結構です。貴女に心配されなくとも、ショーマはわたくしを裏切りません」


 淑女教育を受けてきたベアトリクスから見て、下品で厭らしい笑いをする無礼な少女に対して苛立たなかったのは、自分を探すために離れた少し場所で探索魔法が展開されたのが分かったから。

 全速力で走る彼は、もう直ぐ其処まで近付いて来ている。



「ベアトリクスッ!」


 焦りと苛立ちが混ざった声が響く。



「ほら、直ぐに見付けてくれたわ」


 驚き動揺する少女へ向けて、ベアトリクスはにっこりと微笑んだ。



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