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12.変わっていく関係

剣道についてあまり知識が無いため、変な表現になっていたらすいません。

 放課後、廊下を歩いていた翔真は職員室から出てきた教師に呼び止められて、はぁ? と声を上げた。


「荻野、緊急事態なんだ! 助っ人を頼むよ」


 若い剣道部顧問の男性教師は、両手を合わせて再度翔真に依頼する。


「まさか、二年生メンバー三人が仲良く出席停止になるとは思わなくってさ」


 ガックリと肩を落とした顧問は盛大な溜め息を吐く。

 顧問の話では、部活の後輩である二年生三人は部活が休みの日の学校帰りにカラオケへ行って、そろって学校出席停止となる感染症にかかってしまったらしい。

 出席停止になったのは仕方無いにしても、顧問が焦っているのはダウンしたのが現在の剣道部主力メンバーだからだ。


「ここまで面倒を見た俺に恩返しすると思って頼むよ~。土曜日の練習試合は●×大学付属高でさ、半年頼みこんでやっと練習試合を受けてもらったのに、今さらキャンセル出来ないだろ。今後の付き合いってものもあるしな」


 ●×大学付属高校は県内でも屈指の強豪校で、翔真も大会では何度か対戦したことがある。

 インターハイでは準決勝で、●×大学付属高校エースに負けて決勝進出が出来なかった。


 苦くて悔しい試合を思い出して、翔真は唇を噛み締めた。




 ***




 ロゼンゼッタ侯爵邸の執務室で、金髪縦ロール令嬢の姿になったベアトリクスは優雅な仕草で翔真へと白い封筒を手渡した。


「魔王様とリコ様の結婚式の日が決まったそうですわよ?」

「結婚式?」


 翔真が受け取ったのは薄ピンク色の薔薇の模様が描かれた白い封筒で、表には漢字で“荻野翔真様”と自分の宛名が書かれていた。

 女性らしい丁寧な字のうえ漢字だから、これは理子が書いたものだろう。


「リコ様の親類を招いての結婚式を、アルマイヤ公爵が管理している城で行うらしいですわ。わたくしとショーマも招かれましたし、今度お家へお邪魔する時に==国へ行くとご両親にお話しなければならないわね」


 封筒を開けて招待状を読むと、記された結婚式の日付は一ヶ月半後だった。

 一般的な結婚式のことはよく分からないが、随分急な話だと思う。


「あっちの世界で行うんだ?まさか、子どもが……いや、何でもない。あと、あの、ベアトリクス。急に部活の練習試合へ助っ人で出ることになってさ。週末、家に来るって言ってたけど、俺が居なくてもいいか?」

「まぁショーマが居なくても、お義母様がいらっしゃれば楽しめますけど」


 顔を合わせた当初、翔真は母親が無礼な態度を取りベアトリクスと一触即発な関係にならないかと不安がっていた。

 だが、少女漫画という共通の趣味のお陰で良い意味で不安は裏切られ、驚く程ベアトリクスと母親は意気投合しており今では母子のように仲良くなっている。


 実は、母親は息子より娘が欲しかったらしく、ベアトリクスが毎週末遊びに来るようになってからは兄への干渉が減り、兄も笑うことが増えたと父親からも聞いていた。

 週末近くなると母親はソワソワして、ベアトリクスが遊びに来るのをお菓子を用意して待ちわびているとも。


「でも、ショーマの試合にも興味ありますわ。お義母様も誘って観戦は出来ないかしら?」

「観戦? あの母親は、俺の事には興味無いと思うけどな」


 武道は“野蛮”と決め付けた母親は、部活動保護者会にも出席しなかった。どうしても保護者の参加が必要なときは代わりに祖母が出席したくらい、剣道を嫌っていたのだから。


「お義母様が行かなくても、わたくしは観戦したいですわ。行っては駄目かしら?」


 可愛らしく小首を傾げて、ニッコリ笑って言われてしまえば、翔真に断るという選択肢は選べなかった。




 ***




 初めて訪れた高校の校舎と剣道場に、興味深々といった様子で辺りを見渡すベアトリクスは綺麗なのに動きが小動物みたいで可愛い。

 そんな彼女は、後輩部員、練習試合相手の部員達の視線を否応無しに集めていた。


「翔真先輩、あの外人の女の子は誰ですか?」

「メチャクチャ可愛いじゃないですか」

「胸でけー」

「まさか、彼女とか?」


 二年と一年の後輩部員が鼻息荒く翔真に詰め寄る。


「あー、あの子は、俺の、その婚約者で……ついでに、俺の親も来てる」


 身内以外に婚約者と紹介するのが照れ臭くて、翔真はポリポリ頬を掻いた。


「「「えーっ!!!」」」

「お前らなー真剣にやれ!」


 一喝する顧問だってベアトリクスを見ていたくせに、と白けた空気が部員達の間に流れた。




「お義母様、お義父様、やはりショーマが一番ですわね」


 お気に入りの少女漫画のメインヒーローが嗜んでいたから、漫画からの知識で剣道を知っていたベアトリクスは目を輝かせていた。

 剣道衣と袴を着た翔真は、何時もより背筋が伸びており凛として見えて漫画のヒーローみたいだ、とベアトリクスは緩む口元を押さえる。


「え、ええ」


 部員達の掛け声と踏み込みの音が響く独特の剣道場の雰囲気に、両親は戸惑いを隠せないでいた。


「翔真の試合は、初めて来たな」


 ここ数年はろくに話さなかった息子は、後輩を纏め上げて士気を高める存在となっている。

 息子なのに後輩達へ鋭い眼差しを向ける彼は、全く知らない青年に見えた。


「ショーマ~!」


 ベアトリクスからの声援を受けて、振り返った翔真は照れながらも手を振り返した。


「うわぁ~いいなー」

「なぁー先輩紹介して、ぶっ」


 馴れ馴れしく肩に腕を回してきた、チャラい後輩の額に裏拳を叩き込む。


 応援してくれるのは嬉しいが、ベアトリクスが下心丸出しの男達の視線に晒されるのは嫌で、翔真はぐしゃりと頭を掻いた。



 剣道場の壁際で、顧問の教師二人は生徒達の練習の様子を見ていた。


「まさか、荻野翔真を助っ人に連れてくるとは、佐伯先生もなかなかやりますね。でも、部活を引退した三年生が現役に勝てるとは思いませんが」


 ●×大学付属高校剣道部顧問は含み笑いを浮かべる。

 今回の練習試合では、インターハイで翔真に勝利した生徒を含む、三年生を数名参加させていたのだ。


「いやいや、荻野は手強いですよ。今も自主練を続けているみたいだし。もしかしたら一人で勝ち進むかもしれません」


 勘を取り戻すために、昨日練習へ参加した翔真の動きに顧問の佐伯は我が目を疑った。


 後輩達の竹刀は翔真に掠りもしなかったのだ。

 明らかに、荻野翔真は数ヶ月前より技術も力も上がっている。

 インターハイの後にレベルアップするのは顧問としたら複雑だが、その実力は全国大会出場レベルだと確信するくらい、今の翔真は強くなっていた。




「すいません、翔真先輩頼みます」


 団体戦での練習試合が始まり、対戦相手に手も足もでなかった二年生が申し訳無さそうに頭を下げる。


「ああ」


 面を着けた翔真は短く頷く。

 コートの中へ入り、蹲踞ができる場所まで移動してから一礼した。

 開始の合図を受けた翔真は、面の奥で静かに対戦相手を見据える。

 地区大会で上位に入った三年生の強者。以前の自分だったら苦戦を強いられるだろう。

だが、


(隙有りっ!)


 だんっ!

 竹刀を真っ直ぐ振りかぶり、瞬く間に手首を返して胴を打ち抜いた。


「ぐっ」


 加減して軽く打ったのだが、くぐもった呻き声を漏らして相手選手はガクリッと膝を突く。


(動きが止まって見えた)


 膝を突いて呆然と自分を見上げる相手は、決して弱いわけではない。

 ただ、自分が異世界で騎士や魔物を相手にした鍛練に明け暮れ、生死を賭けた実戦経験を積んだ結果、それなりの実力が得たのだと実感出来た。



 あっさりと最後の対戦相手を打ち負かして、後輩達が歓声を上げる。

 拍手して立ち上がったベアトリクスに、翔真はニカリッと笑った。


「全勝ですわっ! 流石ショーマね」


 剣技だけで魔獣や魔族と十分戦える翔真が、魔力を持たないただの人族に負けるわけはないのだ。

 結果は分かってはいるけれど、彼の試合を観られたベアトリクスは上機嫌で微笑む。


「翔真は強いのね」

「ああ……圧勝だったな」


 相手選手を凌駕する覇気と実力に、圧倒された両親は呆然となる。


 中学時の部活顧問や担任との面談時、翔真の剣道の実力と才能を誉められた時も大会で優勝して時も、全国模試で上位に入った兄の方が優秀だと言い放っていた。

 特に興味は無かった息子の武勇を初めて目にしたのが、実は翔真は素晴らしい才能を持っていたと理解したのは、彼が留学する数ヶ月前だとは皮肉なものだ。

 

「ショーマは強いですわ。それに傲らず、鍛練を怠らないで更に上を目指す姿に、わたくしは惹かれましたの。学問だけで生きていけるのは学生のうち、親の庇護下だけです。彼は、将来我が国の王の側近となるでしょうね。王も実力を認めていますから」


 頬を染めて翔真を見詰めるベアトリクスに、両親は何も言い返せなかった。


無理矢理連れてきた翔真の両親に、自分達が軽んじてる息子の凄さを理解してもらえて、ベアトリクスは内心ニヤリとしている筈。


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