0.はじまりは、
主人公翔真の自分語り。
薄暗い部屋の中、ベッドの上で膝を抱えて幼い男の子が泣いていた。
何処かで見たことがある気がして、じっと男の子の背中を見詰めて思い出した。
あれは、俺だ。
泣いているのは幼い頃の俺だった。
おそらく、両親と兄に除け者にされて寂しくて泣いているんだろう。
幼い頃は体も小さくてガリガリで、反抗すら出来ない臆病者だったから。
幼い頃から俺は、二歳上の兄と比べられていた。
比べられていたと言うより、俺はただ兄のスペアだと親からは思われていただけかも知れない。
「さすが悠真ね。お母さんも鼻が高いわ」
兄が何か出来ると、些細なことでも母親は誉めちぎる。
幼い俺は、誉められる兄が羨ましくて立場を変わって欲しくて堪らなかった。
兄のお下がりの少し大きいTシャツの裾を握り締めて、意を決した俺は母親に話し掛ける。
「お母さん、僕ねー今日先生に誉められて……」
「あっ! お父さん見て! 僕、塾の模試で一位になったんだよ!」
「すごいぞ悠真! この調子で頑張ればお祖父ちゃんやお父さんの後を継げるな」
俺の小さな声など、兄の大声によってあっさり掻き消された。
両親と兄にとって、次男なんて空気と一緒。もしくは兄のスペアか小間使い。
生まれた家は、代々医者の家系だった家を継ぐ長男様より次男は上に立ってはいけない、所謂長男が跡取りとして大事にされる家だった。
曾祖父の代から、自宅に併設している医院を開いている町のお医者様だ。
塾を何ヵ所も通っている兄には、勉強では勝てない。
ならばと、中学に上がる頃には自分だけの誇れるものを模索し始める。
「剣道? 武道だなんて野蛮じゃない!」
勉強第一の兄が手を出さないジャンル、武道に興味を持った俺が初めて自分から「やりたい」と伝えた瞬間、母親がヒステリックに叫ぶ。
中学生になって反抗心が芽生えていた俺は、母親のヒステリックな叫びに怯むような事は無かった。
初めての反抗に、戸惑った母親は家に併設している医院で診察中だった父親を呼ぶ。
「部活だと? 勉強の邪魔になるだろ? ただでさえお前は悠真より勉強が出来ないんだ。何? 絶対に結果を残すだと? 分かった。成績を下げないなら許可してやれ。診察時間中なのに、下らないことで呼び出すな」
良くも悪くも母親に育児は全て任せている父親の許可を得て、中学・高校時代は部活に明け暮れた。
ただ、母親には完全に俺は見限られたようだったが。
上位の成績さえ保っていれば、部活と友人との遊びは目を瞑って貰えるのは、兄からしたら羨ましかったかもしれない。
そのせいか、中学から兄とはほとんど会話は無くなった。勉強では勝てなくても、部活での実力、体力、体格、友達と、兄より勝っていたからだ。
高校三年の夏休み、ずっと続けていた剣道も部活引退と共に一時休止し、卒業後の進路について本格的に考えなければならなくなった。
父親からは医科大学もしくは医学部のある大学を受けるように言われ、母親からは「好きにしなさい」と俺に関しては無関心を貫かれた。
特にやりたい事が見付からずに、国立大学の医学部へ通う兄のスペア扱いは嫌だという反発心だけが募る。
家から離れたい。
違う世界へ行きたい。
そんな思いを抱えて一人悶々としていた時、彼女に出会った。
高校生活最後の夏休みが終わり、志願大学を決めなければならず、憂鬱な気分で俺は学校へ向かっていた。
半ば寝ぼけて、くぁっと欠伸をしながら顔を上げる。
(うわぁー美人)
顔を上げた俺の目は、前に立つOLに釘付けになってしまった。
ただ綺麗なお姉さんじゃない。彼女の周囲を不思議な光が覆っている? 不思議と、惹き付けられる様な美人だった。
ふと、吊革に掴まっているOLと目が合う。
綺麗なお姉さんと目が合って、急に自分から逸らすのは不自然かと思って慌てた俺はOLに席を譲った。
朝から良いことしたなーと、気分が上向きになって、電車からホームへと一歩踏み入れた瞬間、俺の世界は暗転した。
「おおっ勇者様! 我等をお助けください!!」
落下の衝撃で石の床に強打した尻が痛くて、涙目になっている俺を囲む黒いローブを羽織った男達は口々に“勇者”と崇める。
異世界転移なんてファンタジーの物語だけかと思っていた。
実際、体感してみて恐怖や戸惑いよりも先に抱いた感情は……
(やっと、俺を認めてくれる場所に来れた)
*勇者翔真の始まり
中編予定です。よろしくお願いします