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五月二日--私の親友、桜楓ちゃん--

 食べ終えたくりいむパン、袋を右手でくしゃり。


「私は、ここに宣言します」


 五月。ゴールデンウィークの開幕を明日に控え、衣替え前の制服では多少汗ばむ陽気の教室で私は言いました。共に昼食をとっていた幼少からの友人、桜楓ちゃんは少し驚いているようでした。銀縁の眼鏡が似合う、セミロングな黒髪が艶やかで背が高い女の子です、ショートでおチビの私とは対照的ですこぶる格好がいい。そんな彼女の驚きようたるは、つままれていた狐がハクビシンだったときのようです。幾何学柄のお弁当箱を後始末している手をはたと止め、楓ちゃんは口を開きます。


「急にどうしたの?」


「私、桂つららは、わかってしまったのです。どうして私の人生はこんなにつまらないのか、ということがね」


 私はふふんと得意気です。


「アルバイトもしない、日々勉学に励むこともない、かといって部活に所属して仲間たちと青春の汗を流すことも皆無。無趣味なぐうたらでどサンピンなあなたが?」


 楓ちゃんは頬杖をついてため息を一つ。空いた手で所在無げに自分の後ろ髪をくるくる巻いています。出る鼻をくじかれました。辛辣な言葉をあびせられ、私はしゅんといとしなげ。ついつい親指の爪をかじります。かりかりと、いじいじと、後ろ向きな感情をハーメルンが引き連れてきます。


「た、たしかに私は趣味すら持ってないよ」


 悲しんでばかりはいられません。顔を上げ、前を見て、コブシを握り、続けます。


「それゆえに、私の毎日は退屈であります」


 咳払いをひとつ。


「だから」

「私はつまる人間になるのです」


 不思議そうな顔の楓ちゃん。まるで狐につままれているようです。


「つまる?」


「つまらなくない人間ってことだよ。周りの出来事をすべて受け止めて外に逃がさず、私の中に詰まらせて溜めてしまおうって寸法です」


「引っ込み思案な私とは今日でおさらば。これからはちゃれんじなぶるな私をご覧に入れてやりましょう。冒険をします、友達もつくります、初めてのことにも挑戦します、夢中になれることを見つけます。そして、何時の日か、ヒーローやヒロインのような物語を奏でてやるのです」


 論じているうちに熱くなってしまいました。語気は荒く、私は自分が立ち上がっているのにも、クラスのみなさんが聴衆となっているのにも気付けなかったのです。ぱらぱらと拍手まで頂戴する始末。なんだかとってもこそばゆく、私の頬は朱に染まりました。しかしどうにもばつの方が極悪人、紅葉を散らせ、私は顔を伏せつつ座ります。


「ふうん、やってみれば? そんな簡単に上手くいくものではないとも思うけど」


 お弁当箱の片づけをしながら私にそう言いました。いつもいつでも楓ちゃんは甚だクールです。周りから一歩ひいたところで、成り行きと顛末を、ただただ見るだけで満足するといった感じでしょうか。


 そんな彼女と話していて、ふと、私は思いました。


 ――楓ちゃんは何か好きなことがあるのでしょうか?


「楓ちゃんはさ」


 手を止めてこちらに目を向ける。眼鏡のフレームがキラリと光りました。


「その、なにか夢中になれるものとかがあるの?」

「あるよ」


 即答。目尻が下がり、口尻を上げる楓ちゃん。不敵な微笑です。立ち上がって腕を伸ばしてきました。


「ん、ゴミ貸しなさい、捨てとくわ」


「え? ありがとう。それよりも楓ちゃんの――」

 無慈悲なチャイムは私の言葉をかき消します。


「授業が始まるわ。五限は数学だっけ、予習はした?」


「……したってできないもん」


 はぐらかされた気がしないでもありません。楓ちゃんの心を奪う、そんなご趣味はいったいなんなのでしょうか?


 とても興味深い問題ではありますが、それよりも、今は三角関数のやつめが大問題なのです



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