第二話 好奇心は【1】
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瀬名悠那の人生はある日を境に一変してしまった。
彼女自身は単なるおこづかい稼ぎのつもりだった。
ネットでその求人を見つけたとき、その広告を「怪しい」と思うだけの判断力はあった。
”募集対象は十代”
”身体の安否は保証しません。それに見合うだけの報酬を提示します”
”報酬は即日現金で”
怪しさを通り越して、清々しいほどにアングラな求人だった。
――一周回って逆に誠実な人間なんじゃないの?
友那は自分の心によぎった皮肉に鼻を鳴らした。
だが、彼女の眼はそこに書かれた金額に釘付けになった。
”報酬金:一〇〇〇万円”
いっせんまん。
それだけあれば、どれだけのことができるだろう?
美味しいものを食べ、欲しかったものを買う。
女子高生の彼女にとっては不可能を可能にできるような金額に思えた。
でも――
彼女は自問した。
今の自分にこれだけの値段を付けてくれる人がいるだろうか?
私自身でさえ、自分に生きている価値を見いだせないでいるというのに。
クリックは興味本位から。
ダメもとと言ってもよかった。
だから、後日”バイト”に関する詳細を記したメールが届いたときには驚いた。
好奇心は猫を殺す。
地図に記された場所に向かい、そして彼女の地獄は始まった。
一瞬のスキをついて逃げられたことは幸運以外のなにものでもなかった。
男たちはもう反抗する意思を持っていないものだと思いこんでいたようで、彼女が暴れ出したときには泡を食って逃げまどった。それを見て友那は少し胸のすくような気分を味わった。反面、もう事態は取り返しのつかないところまで来ているような気がした。
おびえる男たちを尻目に近くにあった薄い布で身体を隠しながら廊下をひた走る。
そして、突き当たりのドアを開けると、そこに広がっていた光景に絶句した。
老若男女問わず、様々な人間が行き交っていた。
広い天井。ロビーのような空間だった。
そこにはおおよその人が想像する日常風景が広がっていて、それなのにいくつかのドアを挟んだ場所で”あんな”非人道的なことが行われていたなんて……
友那は数秒間立ち尽くしていた。
そして、その間に周囲の人間が次第に彼女に気づき始める。
彼らは友那の格好を見ると、立ち止まり、驚き、目を見開いた。
中には受付カウンターに向かうもの、警備員を探して視線をさまよわせるもの、スマホを取り出し一一〇を押そうとするものがいた。
友那は混乱した。
こんな形で注目を浴びることなど、彼女の人生にはなかったことだ。
衆目が怖い。
彼女は獣じみたうめき声を上げながら人々の間を縫って走った。
ちょうど開いていた自動ドアを抜けて、逃げる。
よかった。
でも、あれ……?
なんで私は逃げてるの?
あの部屋から逃げ出せたなら、その必要はないはずなのに……
友那は頭に浮かんだ疑問に心奪われ、信号が変わっていたこともわからなかった。
激痛とともに目を覚ますと、そこは見慣れぬ街角だった。
行き交う人々は、現代とはかけ離れた服装をしている。
家々の屋根は低く、そのせいか空がやけに大きく感じる。そして、その空には縦横無尽になにか大型の動物の影が飛び交っている。
徐々に痛みは引いていくが、混乱は収まらない。むしろ、増す一方だ。
……ここは、どこ?
これが瀬名悠那の異世界への転移だった。