世界でいちばん気の合った二人
「なあ、あたし達、別れよう」
それは突然の告白だった。しかも続く台詞が
「なあ、どうしてこうなった?」
なんて言葉になると、もう手の付けようが無い。
相変わらず男勝りな口調だなと、どこか他人事で捉えてしまうくらいに、僕の意識は冷めきっていた。
「ダンマリか?」
悲しいかな、その問いかけに対して、僕は何も返せない。
「なあ、あなたはこの数年……幸せだった?」
それはもちろん幸せだったさ。でも……君を幸せに出来たかどうかはわからない。
「あたしはきっと幸せだった。あなたと居れて幸せだった」
だったらどうして……が口から出てこない。
「愚かなものだ。あたしはあなたの在り方に見惚れてしまった」
僕だって……君の生き方に焦がれた。でも、
「でも、結果としてあなたはあたしを見ていなかった」
結果として僕は君を傷付けた。
「不毛すぎると思わないか? こんなに互いを理解しているのに、あたし達は絶対に分かり合えない」
どれだけ近い感性を持とうとも、所詮は他人。
僕と君には他人を理解する術が無い。
「あなたはあたしを酷いと思う?」
「いや、微塵もそうは思わない」
「あなたはそのまま変わらない?」
「ああ、そうだね。僕はきっと変わらない」
「それなら、残念だけれど話を続けよう。そして……ここで終わりよ」
了承するまでもない。拒絶する術も無い。
「ありがとう。僕には過ぎた一時だった」
「こちらこそ……生涯忘れはしないよ」
それだけで、何もかも十分。
此処からは違う道。
二人は気が合い戯れた。
ただ、その時間が終わっただけ。
そう言い聞かせるのも……きっと、僕の勝手。
「最後に珈琲でもどう?」
「もちろん。優しい提案だね。そうだ、良ければ前から君が気にしていたあの店はどうだい?」
「それは重畳」
なるほど、これはこれで悪くない。
全てが崩れてしまったわけじゃないんだ。
決してやり直せるものでもないけれど、決して捨て去ってしまって良いわけじゃない。
この曖昧で確立された境界線こそが、きっと僕等の居場所なんだろう。
「なあ、ところであなた、あたしの何処に惹かれたの?」
「嫌な質問をする人だ。残念ながら、それは墓場までもっていかせてもらうとするよ」
「奇特な奴。そんなんじゃあ、この先も碌な出会いがなさそう」
「勝手を言うね。でも確かに、君より気の合う人はいないのかもしれない」
「事実そんな奴がいるわけない。こうはなっても、そのポジションは絶対に譲れない」
「それなら、まったく違う人を探すとしようか。そうだね、世界でいちばん素敵な人なんてどうだい?」
「はっ、似合わない言葉。それならそれで邪魔をしに行くだけ」
「まったく……君って人は」
「いい気味。それでも……幸せにはなりなさいよ」
「ありがたくて泣けてくるね」
「あたしはいつの日か、きっとあなたを追い求める」
「そうか……でも、僕は君を追い求めない」
「辛い関係ね」
「選んだのは君だよ」
「約束しましょ。あなたはあたしを、あたしはあなたをこれ以上裏切らない」
「前提条件の崩れた約束はごめんだよ。そんなものには何の価値もない」
「相変わらず気の利かない奴だ」
「再開のルールもレールも、今は考えたくないだけさ」
「世界でいちばん素敵な人か……これが本当になるなら、妬けるほど憎くて……悔しいな」
「僕には今の君の方がよっぽどだけどね」