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あれこれそれこれ。  作者: 茉莉花
3/3

そうだ、村人になろう!

『そうだ、冒険に行こう!』の続き、別視点。ちょっとストーカー気味と、VRゲーム世界の説明じみたいいかげんな話。

 こんな風に生まれたかったわけじゃない。

 低い身長、筋肉のつかないひ弱な体、母親に似た童顔、父親に似た猫っ毛。

 どこに行っても「可愛い女の子ですね」が定番で、両親は訂正するのが手間になったのか面白かったのか、知らない間に学校でも女の子扱いされていた。

 男子は優しかったけれど、女子にはとことん嫌われていて、彼女が出来ても「私より可愛いってずるい」と言って捨てられ続けた黒歴史だ。

 特に年の離れた兄が2人揃って父親に似た顔で男前、学生時代をスポーツで過ごした逞しい体もあって、よけい僕を惨めにさせた。

 さすがに、女装させた僕を学友に「俺の妹だ」と紹介した時は、ドン引きしたけど。

 そんな僕は、そこそこの大学へ進学し、そこそこの商社へ就職したのだけれど、やっぱりここでも扱いは同じだ。

 いや、少しはまともになったとも言える。

 女子社員からはマスコット扱い、取引先も同じく、先輩からも可愛がって貰える、ただ同期からの視線は痛烈なものだ。

 ここまで人生積んでいたら開き直るのも手だったかもしれないけれど、僕はそこまで到達できずウジウジしていた。

 その女々しさのせいで同期からの嫌がらせは続くし、残業も続くしでボロボロになった時、女神が現れたのだった。







 そうだ、村人になろう!







 VRの世界が浸透して早○年、一般家庭用に普及されたVR端末は人々を魅了し続けている。

 僕が働く商社も、以前は現実世界の商品流通がメインだったのに、今ではVR関連商品へ移行され、将来的にはVR世界で商品の販売をするのではないかと営業課の人間は誰もが怯えていた。

 だから同期の焦りはわかるし、ちらほら耳にするソフトウェア会社への転職なんて話も、将来性を見越して活発的に行動できることが、少し羨ましい。

 今はまだVR世代前の人達がいるから良いけれど、若年層は大人達顔負けでVR世界を楽しみ、現実世界よりVRにお金を掛ける。

 そう、VRは【ただのデータ】ではなく【価値】を確立したのだ。

 かくいう僕もVR世代で、現実世界では安いスーツでも、VR世界では給料のほとんどをつぎ込む廃課金者といえる。

 あの世界でなら、欲しかった筋肉も男らしい顔も、理想どおりに手に入るから。

 しかし、最近のVRはよりリアリティを追究する傾向にあるため、現実世界の身体的特徴を取り込んでしまう。

 結果として、狂戦士や騎士を職業選択してしまうと、チビのモヤシがゴツイ鎧を着てしまうことになるので、一次貴はネット掲示板で散々笑われた。

 スクショの数々とプレイヤー名まで挙げられてしまい、僕は大好きだったMMORPGの世界から遠ざかりつつある。

 そもそもVRの良さは理想の自分になって現実とは違う世界だからこそなのに、企業や店舗をVR内に開設するようになってから、匿名性を廃止しする風潮になりつつあるので、そのうちプレイヤー名も使えなくなるかもしれない。

 加えて同期による地味な嫌がらせで残業、オフィスはすでに閑散としており、誰にも助けを求められない状況だった。

 いつも「可愛い」と言ってお菓子をくれる女子社員だって、定時が来れば「じゃあ頑張ってね」と笑って帰るのだから、残酷だ。


 「あれ、平野君どうしたの?また残業?」


 「山崎先輩……はい、えっと」


 「あー、どうせまたいじめられたんでしょ。仕方ないなぁ」


 彼女は笑いながら、着ていたコートを脱いでパソコンの電源を入れた。

 山崎真先輩は、3年先輩で優秀な営業事務だ。

 本人は「干物女子」と口癖に言っているけれど、いつも背筋を伸ばして座っていること、整えられた黒髪と誰にでも屈託なく笑うこと、営業アシスタントとしてのフォローが抜群で、彼女がアシスタントにつくと成績が伸びると、営業課ではひそかに【繁忙期の女神】と称して敬っている。

 いつも同じダイアのピアスをしているから、「彼氏持ち」確定だろうけれど。


 「平野君人気あるから僕ちゃんズは嫉妬してんだよね。これで迷惑するのは取引先だってのがわからん奴らは、どうせ続かないから。気にしないでやっつけちゃおう」


 「すみません、ありがとうございます」


 超高速タイピングが書類を片付けていく。

 山崎先輩は可愛くて頼りになる先輩で、僕の女神だ。

 惚れた欲目があるのかもしれないけれど、元カノ達より美人でも無いけれど、笑うと可愛くて、弱い人間を見捨てない勇者だ。

 それに、すれ違うと良い匂いがする危険な女性だ。


 「ほら、栄養補給」


 1粒のチョコレートを食べずに保管しておこうと思った僕は、変態だろうか。




 僕1人だったら3時間以上掛かっていたであろう業務が、1時間で終わった。

 これが、噂の【繁忙期の女神】の実力なのかと尊敬のまなざしで早さのコツを聞いたら、「早く帰って癒されたいからねー。ほら私、干物女子だから」と返されたのだ。

 彼氏に癒されるということなのか、それともペットなのか、胸がもやもやする。


 「僕、コーヒー買ってきます」


 これ以上聞きたくないと思い部屋を出た時、彼女のスマホが鳴った。


 「あ、しおりん。メール見てくれた?そうそう、どうしても欲しくてさ。廃課金しおりん様なら楽勝じゃないかと思って。私もジョブ決まったんだけど、弱くて倒せなかった」


 相手が女性だと思いたい。

 そして内容は、廃課金の僕ならわかる、ゲームの話だ。


 「クイーンビーっていう奴なんだけど、巣が欲しいんだ。そうそう、この前あげた蜜蝋クリーム!あれをVRでも作りたくて」


 クイーンビーというのはおそらくモンスターで、巣が欲しいという。

 廃課金のゲームオタクと言っても過言ではない僕の記憶を探しても、【ミツロウクリーム】なるアイテムは知らない。

 とは言っても、普段は冒険を主とした戦士系を選ぶので、生産アイテムは攻撃補助系しか網羅していなかったという理由もあるけれど。

 かなりマイナーなゲーム含め【ミツロウ】関係のクエストやアイテムは知っているのに、【クイーンビーの巣】の想像が出来なかった。

 それからはどこそこのカフェが美味しいなどの話へ移行したので、僕はコーヒーを買いに行った。


 「遅かったね。また誰かに掴まった?」


 「すみません、ちょっと空気を吸っていました」


 盗み聞きしていたから遅くなりました、とは言えない。

 熱々コーヒーを渡して自席に戻ると、すでに机は綺麗に片付いており、明日提出するだけの状態でセキュリティボックスへ。

 スピード、きめ細やかさ、何故彼女は自分のことを「干物女子」と評価するのかわからなかった。

 確かに、机の上に乾物があった時はびっくりしたけれど、僕は彼女だったら例え家事が出来なくても良いと思う。

 僕は家事全般得意だし、料理も好きだし、ちょっと身長が足りなくても年下でも、甲斐性のある旦那様になりたい。

 しかも僕、三男というお買い得物件だよ!


 「うわっあつ」


 想像したらドキドキしてしまって、コーヒーをこぼしてしまった。

 山崎先輩にドジだと思われるのは嫌だ、そう思って俯いていると、目の前に白いハンカチが。


 「はい、冷やさないと」


 ひんやり濡れたハンカチが、ヒリヒリ痛む指と心を癒してくれた。


 「平野君は我が営業部のホープなんだから、負けんなよ」


 メンタル豆腐の僕にとってプレッシャーの言葉も、彼女が言うと勇気がわく。


 「ありがとうございます!僕、頑張ります!」


 白いハンカチを握りしめて宣言すると、「よし、頑張れ」と笑って頭を撫でてくれた。

 僕、これならマスコット扱いでもいい……。




 僕の両親はそこそこの会社経営者だ。

 大卒後は普通にシステム開発の一社員と銀行員に過ぎなかったけれど、趣味で開発したソフトがVR業界を飛躍的に促進させたらしく、今ではいくつもの会社と従業員を抱えている。

 そんな父親は兄達が経営に関われる年齢になると、さっさと席を譲って趣味の開発現場へ戻ってしまい、実際の権力は母が一番。

 どうやら我が家は女性に弱いらしい。

 お陰で僕は平凡な大学、平凡な成績、平凡な会社でも何か言われる事も無く、買って貰ったマンションで最新型のVR機器に囲まれ、無制限の課金でゲームの世界にのめり込んだ。

 だから、大手からマイナーまで網羅しているはずなのに、先輩が言った【ミツロウ】なるアイテムがあるゲームがみつからない。

 やりこみ系掲示板やウィキを確認しても、【巣】と【ミツロウ】の組み合わせがなかった。


 「アップデート前や後も調べているのに、何でだろう?」


 期間限定など含め検索しても出てこない。

 そんな時、とてもマイナーなゲームの掲示板に、【調香】スキルが書き込みされていた。

 VR世界も近年は味や匂いを再現することに成功しており、育成ゲームには飲食経営が増える一方、農場や牧場、採掘は不人気となりつつある。

 リアリティの追求は、同時に不快な匂いや感触も再現されてしまうため、最初は【良い物】だけを導入していた。

 しかし、【良い物】だけで埋め尽くされた世界は、比較や対比を失い、それが本来【良い物】であっても【良い物】と認識しなくなってしまう。

 簡単に言えば、美味しいものを毎日食べている人は、美味しいものを普通としか認識しなくなる。

 反対に、美味しくないものを食べていた人は、美味しいものを食べるとその旨さに感動を覚える。

 匂いも同じで、慣れてしまうと感じなくなってしまうため、シチュエーションによって変えなければならない。

 結果として現実世界で【臭い】【不味い】と感じるものが、VR世界でも【良い匂い】【美味しい】と同時に存在することとなった。

 だから【味】【匂い】分野はまだまだ成長途中で、ユーザー側が自由に匂いを作れる生産システムを導入するゲームは、まだ数少なく、日本ではマイナー中のマイナーだ。

 そもそも現実世界の調香師も数が少ないというのに、困難極めるVR世界でなろうと思う人がいることに驚いた。


 「えーっと、『世界の果てまで行って来て』って何?生産ゲーム?」


 掲示板には、生産スキルの一種【調香】はモンスター避けアイテムである【香木】をただそのまま使うだけでは取得出来ないこと、【匂い袋】【文香】が現在販売されているが初心者村でしか販売されていないことが書かれている。

 どうやら取得条件が特殊かつマイナーゲームなのか、それ以上の情報はみつからなかった。


 「なんか笑っちゃうタイトルだなぁ。確か父さんが持っているDVDにこんなタイトルのバラエティ番組があったはず」


 今はVRでデータ管理が常識の映画やテレビ番組も、昔は円形の薄いドーナツに保存していたらしい。

 両親揃ってその番組のファンらしく、ご長寿番組だったにも関わらず全話録画済みで、ベストコレクションBOXも揃えていた気がする。

 まさかそんな番組そっくりのタイトルのゲームがあるとは、ゲーマーとしては落ち込むなぁ。


 「そこに先輩のヒントがあるなら、やりますとも!」


 ネットで【蜜蝋】については調査済みだ。

 【練り香】というものを作ったり、女性用の化粧品やハンドクリームを作ったりするものらしい。

 つまり、【調香】と何らかの接点があってもおかしくない!

 さっそく公式サイトを探し当てると、迷わずDLした。

 風景のこだわっているようで、オープニングのCGは本物みたいで気持ちいい。

 数少ないネット情報は事前に調査済み、かなり課金を要すると同時に、課金すれば簡単にチートが出来るそうなので、ゲームバランスの悪さからマイナーになっている可能性が高いのかもしれない。


 「キャラメイク……」


 選択肢は広い。

 冒険者から農民、放浪の民である流浪人、商人や料理人として経営目的とした生産クラスも多数存在する。

 選択肢の多さは魅力的でもあるが、初心者にはかなり大変な作業になるだろう。

 これもまた、ユーザーが増えない原因かもしれない。

 そしてこのゲーム、性別からボディ、種族、テーマカラー、全て自由に選べる。

 デザイン性の高いアバターアイテム、基本値底上げアイテムなど一部課金アイテムは存在するものの、初期選択の幅広さには脱帽した。

 まぁ、初心者向けに現実のデータを取り込んでのおまかせコースもあるようなので、ゲーマーじゃなくても楽しめるかもしれない。

 しかし、そこで問題が発生する。


 「先輩、現実データ取り込んでいないかな」


 彼女が自称する「干物女子」であるなら、もしかするとアバター作成に手間を掛けていないかもしれない。

 しかし、普段の仕事から考えると、詳細まできっちり設定したかもしれない。

 後者の場合、先輩を探せない可能性が高かった。

 でも、のんびりしていたら先輩が欲しい物は、電話相手が採ってきてしまう。


 「運に任せよう」


 キャラクターメイクは3体まで可能、1体目は冒険者ナイトクラス、2対目は冒険者マジッククラスを作成し、彼女を探しに行きやすい(できるなら一緒に冒険したい)職業を選択する。

 見た目はモヤシな現実の体ではなく普通の人間の男の子、顔は自分に少し似せておいた。

 冒険の途中で彼女が欲しがっていた【蜜蝋】を採取出来たら、話しかけるきっかけになるかもしれない!と一瞬思ったのに、それは結果として電話を盗み聞きしていたと罪の告白をすることになると気付いてしまった。


 「はぁー世の中上手くいかな過ぎるよ」


 リクライニングチェアを傾けリラックスできる体制を作ると、VR機器を起動した。

 スタートと同時に意識はVR世界へと溶け込んでいく。

 最初のシーンは選択したキャラクターの誕生シーンだ。

 これも各キャラクターによって異なるらしく、僕はナイトクラスはのどかな村のさらに奥、森の中から始まる。

 小さな山小屋に暮らす老夫婦のもとへ、死にかけた旅人が1人の赤子を預けた。

 その数年後、少年は冒険者となるべく独自の剣術を日々磨いていた所に、冒険者が訪れる。

 冒険者は少年に是非とも王都へ来て、騎士になるべきだと言い残し旅立つ。

 そこから操作が出来るようになった。


 【管理人からフレンド申請とチャットがあります】


 「は?管理人からフレンドって何?」


 アイコンをタップすると、キャラクターの表示と同時に音声が流れ込んだ。


 『やぁ遊里ちゃん、久しぶりだね。やーっと遊んでくれて嬉しいよ』


 女性が好みそうな落ち着いた艶のある声で囁いてきたのは、タラシで全ての女性を愛すると豪語する次男だった。

 僕はこの次男が苦手で、女性とトラブルが発生するとすぐに僕を偽物本命彼女として紹介するのだ。

 お陰で僕は何度と迷惑を掛けられたことか。


 「蓮兄ちゃん……僕にちゃん付けはやめてって。それより蓮兄ちゃんが管理人って、このマイナーゲームを作ったのって」


 『そうそう、俺。正確には父さんが作ったものをベースに、俺が素敵に作り上げたっていうのが正しいかな』


 音声に合わせて視覚に星やハートのエフェクトが飛ぶのって、兄弟では不毛というか無駄だよね。

 万が一、先輩と話していて、それでハートエフェクトが出たら嬉しいかも。

 早く先輩をみつけたいなぁ。


 『遊里ちゃんゲーム好きだろ?だから作ったんだー。そしたら思いのほか良い出来たったからベータ版出してみたら遊んでくれる子達が面白くてね。正式版を出してみた』


 「ゲームバランス悪すぎなんじゃないの?これ、あからさまに課金ゲーだよね。僕、きっかけが無かったら遊ばなかったかも。課金で簡単に強くなれるのは楽だけど、ちょっとつまらないもん。課金しても苦労するくらいのやり込系が好きだし」


 『あははー。だってさー最近は何でも簡単にしろ、楽に強くしろ、無料にしろってうるさいからさ。だったらヒエラルキーを味あわせてあげようと思って。重課金ほど早く強くなれるし自由度が高い、無課金は初心者村から出るために3か月以上掛かるしアバターもダサイ設定にしてるんだ。面白いでしょ』


 次男は相変わらずすごい性格をしていると思う。

 確かに、最近は簡単かつ無課金で遊べるゲームが増えた半面、広告掲載するクソゲーとか、課金者が優遇される悪ゲーとか、面白いけど無料で全部遊べたら星5つにしますとか、子供からお金を搾取する駄目ゲーとか、ゲームレビューを見ていると悲しくなるものがある。


 「だから大々的に宣伝していないんだね。初心者で3か月なんて、絶対酷評ものだよ」


 『いいのいいの。もともと兄貴と遊里ちゃんと遊べたら良いと思っていただけだし、ベータ版の子達はほとんど廃課金だからさー。ユーザーが少なくても問題無し。それに、一部だけど無課金もいるよ。ほとんど農民や森人、狩人なんかで、好きで森から出てこないヒッキーだけど、みんな面白い子達ばかり』


 「へー。最初の森でそれだけ遊べたら面白いかもね。じゃあ僕も遊んでくるよ」


 正確には先輩を探しに、先輩が欲しいものを探しに。

 管理人である次男に訊けば、先輩が遊んでいるのか、どこにいるのかわかる。

 でもそれはルール違反だ。

 僕は、僕だけの力で進んでみせる!


 『遊里ちゃん、フレンド登録フレンド登録!強制だけどねー。そうそう、無課金ヒッキーで面白い子がいたんだ。【英霊使い】ってレア中のレア!絶対にユーザーは発見出来ないと思ったのに、ジョブクエストクリアした子がいてさ。笑っちゃったよ』


 次男の設定では、【英霊使い】は冒険者マジッククラス、メインストーリーを数日進めない事、老夫婦との好感度をMAXにする事、その他いくつかの条件クリアがあって、最初の家を出て初心者村へ行ってしまうと絶対に取得できないジョブらしい。

 ゲームに慣れたユーザーであれば、ストーリーを進めて遊ぼうと初心者村へ一直線だろうし、老夫婦の好感度を上げる人も少ないだろう。

 特に冒険者を選択する人は冒険に出たいから選ぶだろうし、そう考えると絶対に取得出来るジョブではなさそうなのに、世の中スゴイゲーマーもいるんだと驚いた。


 「ありがとう蓮兄ちゃん。御礼にフレンド登録してあげるよ。じゃあ行ってくる!」


 まだ話したり足りなさそうなチャットを切断し、フレンド登録を承認する。

 ゲーマーとしては、レアジョブ欲しい。

 【英霊使い】はともかく、灰汁の強い次男のことだから、絶対に隠しジョブが他にもあるはずだ。

 でも、先輩のために始めるんだから、先輩を後回しになんて出来ない!


 「じゃあおじいさんおばあさん、僕行ってきます」


 チュートリアルを全て飛ばし、すぐ初心者村へ向かった。




 村のゲートを通過し、僕はすぐに拠点を森の家から村へ変更した。

 拠点を変更にすると、次にスタートした時に変更後の場所からスタートするので、新しい村や町へ移動したらすぐに変更するのが一般的。


 「のどかだなぁ。蓮兄ちゃん、もう少し難易度下げたら賑わいそうなのに」


 初心者村はNPCの方が多いくらい、プレイヤーが少なかった。

 マイナー中のマイナーだし、課金者はすでに王都へ向かっているんだと思う。

 僕は全くのビギナー状態で冒険にも出られなければ、お金もない。

 初心者村の向こうに入ってきたゲートとは違うゲートがあり、次の町へ行けるようになっているけれど、通行料がすごく高い。

 課金すればすぐ払える金額でも、ゲームの中で貯めるのってすごく大変そうだ。

 まず情報と装備を整えるために冒険者ギルドを探すのに、無い。

 それらしい店を覗いても無くて、市場は八百屋や魚屋、肉屋など、どう考えても冒険者向きの店ではないし、話しかけてもクエストは発生しなかった。

 やっぱりチュートリアルは見ておくべきだったと後悔しても、チュートリアルを再スタートさせるような親切なシステムは組み込まれていないようだ。

 先輩を探すとか、【ミツロウ】を探すとか以前の問題、僕、迷子になってる。


 「どうしたの?」


 座り込んでいたら、声を掛けられた。

 よく見ると初心者アバターのまま、もしかして同じ迷子なのかな。

 その代わり、キャラメイクには時間とお金を掛けたのか、黒い髪、青い瞳、美白肌の可愛い子だ。

 それに何だか、とても、良い匂いがする……ような気がする。


 「僕、チュートリアルを飛ばしちゃって……君も?」


 「ううん。私は売りに来たんだ。それと友達と待ち合わせ。まだ時間あるから、困っているなら手伝おうか?」


 「いいの?」


 アバターで判断してしまったけれど、どうやら彼女はそこそこ遊んでいるようだ。

 思わぬ出会いに感謝して、ちゃっかりお願いした。


 「私も普段は森に住んでいるんだけど、最近はNPCの商人よりプレイヤーの商人さんが高く買い取ってくれるから、村まで来てるんだ。それ以外は森に引きこもって癒されてるよ」


 「そうなんだ。僕も何かクエスト受けて装備を整えたいんだけど、ギルドってあるのか知ってる?」


 沈黙。

 あれ、僕何かおかしなことを言ったっけ?

 彼女が難しい顔で固まってしまい、僕はリアクションを待つしかなかった。


 「えーっと、ごめんね。私、クエストは森の家で受けてるし、訪れる商人から買い物してるんだ。だから村で案内出来るのって、プレイヤーの商人さんの所か、魚屋さんくらいしかないかも。ごめんね、手伝うなんて言って」


 ショボーンと落ち込む彼女が何だか可愛らしくて、僕は笑ってしまった。

 先輩がいなければ、きっと僕は君がネカマだとしても好きになっていたよ。

 僕の一番はやっぱり先輩で、先輩のためにここにいるから、目の前の彼女が可愛いアバターで可愛い仕草で、謙虚でちょっとキュンとしても、早く先輩の役に立ちたいことしか浮かばない。


 「あ!でも友達は廃課金でゲーマーだから、きっと何かわかるよ。それにほら、商人さんの所だったら案内出来るし」


 「ありがとう。じゃあ、知り合いになっておきたいから紹介してくれる?」


 「オッケー、じゃあこっち」


 連れて行くためなんだろう、繋がれた手にちょっぴりドキドキしてしまった。

 僕、先輩のことが好きなのに、これって浮気っていうのかな。




 紹介して貰った商人は取扱い商品も豊富で価格も適正、すぐにフレンド登録し、お金が貯まったら買う約束をした。

 そうしたら、横にいた彼女が何やらタップしているのが目に入り、次いで僕の画面にギフトアイコンが表示される。


 「これって……いいの?僕、見ず知らずの人なのに」


 ナイトクラスの初心者セット、無一文の僕にはすごく欲しかったものだ。

 それから薬草、毒消し、すごく嬉しい。

 フレンド登録していないプレイヤー同士でアイテム交換はリスクが高くトラブルになりやすいことから、あまりやらない行為を、彼女は躊躇いも無く。


 「お詫びね!それと、君への先行投資。君が強い冒険者になったら、ぜひ未登録のアイテムを発掘して正規登録して欲しいな」


 笑った笑顔が、どことなく先輩に似てる。


 「私、これでもそこそこ生産だけはやってるから、新しいアイテムが登録されると嬉しい。廃課金の友達いわく、このゲームって運営側の大幅アップデート以外は、ユーザーがアイテム採掘して申請しないと流通しない仕組みらしくて」


 「知らなかった。教えてくれてありがとう」


 「そうらしいよー。だからといって採掘するためにはモンスターと戦わないといけないでしょ?私弱いから行動範囲狭くて困ってるの。だから、君は強くなって、どんどんアイテム登録してくれると嬉しい」


 最後のギフトは、初心者だったら稼ぐまでに少し時間が掛かるくらいのお金。

 自分を弱いと言っているけれど、彼女のステータスを確認するとレベル10だった。

 初心者村を拠点とするには高すぎるし、お金があれば生産アイテムを幾らでも購入できるはず。

 それなのに、こうして偶々知り合ったプレイヤーのサポートをするなんて、すごい。


 「あの、えっと、じゃあ、アイテム採掘したらお礼する!フレンド登録して下さい!」


 プレイヤー名【タマコ】さんへ申請する。

 これなら、これからも連絡が取れるだろうし、お礼も出来る!そう思ったのに。


 「あーいらないよー」


 拒否された。

 即効で拒否された。


 「気にしなくていいから!さっきも言ったけど私、気ままな森の隠居生活しているから。普段からフレンド登録はしていないんだ。現実の友達ともVR内ではフレンド登録していなくて、直接電話で待ち合わせしてるくらい」


 「そっか」


 なんだか、ゲーマーとの温度差を感じる。

 この人にとってゲームは、本当に遊ぶ場所で、繋がりを求めているわけじゃないんだ。

 VRにのめり込み過ぎたのかな。

 僕はフレンド登録が当たり前で、やりこむのが普通だと思っていた。

 でも、こうして線引きして遊ぶ人もいるんだよね。


 「そうそう。特に私なんて干物女子だからさ、森でおじいさんおばあさんのご飯食べに来ているだけみたいなもので、冒険者なのに冒険者らしいこと一切してないの」


 「え?」


 「だから、お金もほとんど使わないし、気を遣わなくていいよ。それにね、君ってどこか似てるの!可愛い後輩に!じゃあ、友達くるから行くね」


 タマコさんは、僕に何かを投げて走り去っていった。

 僕の手の中に落ちてきたものは、今ゲーム内で話題になった【匂い袋】。

 「干物女子」と「匂い袋」のキーワードが、僕の全身を電撃となって突き抜けていく。


 「タマコさんは……山崎真先輩だ」




 それからの僕は、課金でどんどん強くなっていった。

 【クイーンビー】が生息する王都近くの【樹海】まで一足飛びしたかったので、給料も貯金も持たされている無制限のカードも使って課金し、開発者であり管理人である次男のコネも利用し、未登録アイテム情報を聞き出していった。

 勿論、僕の一番の狙いは【蜜蝋】だ。

 それなのに、初心者村に行っても先輩とは会えなかった。

 相変わらず現実世界での先輩は有能で人気者だから、僕はこの間のお礼以外で声を掛けられないでいる。

 ヘタレだと言われても仕方ない。

 でも、僕はまだ新人で、後輩で、仕事もそこそこで、しかもチビでモヤシなもんだから、自信が持てないんだ。

 「可愛い」じゃなくて「カッコイイ」と言って貰えるような大人の男になりたいのに、最近は同期まで女の子扱いしてきて悲しくなる。

 僕の立場って……。

 だからせめてゲームの中で会いたいのに、強くなった僕を見て欲しいのに。

 僕とフレンド登録した商人さんとは会っているそうだけど、普段は森で遊ぶだけだから滅多に来ないらしいし、村へ来るのは不定期だから次の約束も出来ないそうだ。

 このゲームをやりこんでみて、改めて次男のユニークさを知った。

 イベントらしいものもなく、大幅なアップデートも無い。

 でも未登録のアイテムが予想以上に多く、その辺の雑草、落ちていた枝、小石、砂、土、何でも素材として登録可能なのは面白く、生産マニアは楽しくて仕方ないはず。

 僕も普段は生産系は後回しのはずなのに、ほぼ現実と同じように遊べる、設定されたレシピに留まらない無限大の自由度に感動した。


 「せんぱぁい……」


 ただ、先輩だけに会えない。

 そこそこ社会人のフレンドも増えて、ログインすると誰かは必ずいるくらいなのに、先輩だけあえていなかった。

 【蜜蝋】も流通され、NPC商人も取扱いされるようになった。

 関連しそうな【香木】を探してみたり、流通していないアイテムを保管してみたり、会った時に頼りになるプライヤーと思われるようにスタンバイしているのに、全く会えない。

 しょぼくれて道端に座り込んでいると、フレンドから攻略の参加要請が届いた。

 フレンドのお陰でアイテムを獲得できるのは嬉しい。

 でもその反面、村の滞在時間が大幅に減るのは確かで、そういえば先輩がフレンド登録しないのってこういうことも想定してなのかな、と思ったりする。

 一緒に遊ぶのは楽しいけれど、のんびりしたい時やひたすら村にいたい時に要請が来ると、動かないといけないからなぁ。

 掲示板やフレンドに尋ね人の情報を提供するのは簡単なことでも、僕は先輩の情報を誰にも渡したくなかった。

 でも、会いたい。

 現実でもVRでも先輩の優しさにお世話になって、そのお礼をして、出来れば、か……彼……彼氏候補に!

 そのためにも村にずっといて、先輩を待ちたい。


 「あ、そうか」


 キャラクターは3体まで作成可能、アイテムは共有してもフレンドは共有にならない。

 ログイン情報も、各キャラクターでログインした場合にのみフレンドに通知され、他のキャラクターでフレンド登録したプレイヤーには通知されないシステムになっている。

 僕は2体作成して、最後の1体が残っていた。

 この方法が残っていた。


 「そうだ、村人になろう」


 こうして僕は第3のキャラクター、職業【村人】となった。

 先輩と会えたかどうかは、また別の機会に。







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