第1章 第2話(第9話) ~変形はオタクのロマンです~
がんばって走って最初のレベルアップに必要な経験値を獲得。
レベル2になって獲得したスキルポイントで選ぶレガシィの強化メニューは?
「それで、オーナーさまはどれを選びます?」
この先もおそらくこんな悪路が続くはずだ。
であれば、最初に選ぶレガシィの強化スキルは決まっている。
「コレとコレだな」
俺は迷うことなくナビのモニターに表示されたリストの中から、【車体変形(車高リフトアップ・レベル1):2ポイント】と【車体変形(ビッグタイヤ化・レベル1):2ポイント】を選んだ。
理由はかんたん。
この路面凹凸が激しい悪路だと、車体の下回りを岩などにぶつけてしまう可能性が高い。
しかも場合によっては、そのダメージがクルマにとって致命傷にもなりかねない。
なので車高リフトアップによって車体を上に持ち上げると共に、タイヤの直径を大型化させて車軸を高くし、デフなどの部品の最低地上高を大きく稼ごうというわけだ。
まぁ・・・レガシィのスタイルが少々野暮ったくなるが、車を壊すよりはマシだ。
それになによりも、先ほどまでのような運転を今後も続けていたら、クラッチ操作的な意味で俺の左足がもたない・・・(汗
車体変形とやらがどのような感じで実際に行われるのかが気になったため、スキルの実行・操作はレガ子に任せることにした。
俺はクルマを降りて、車両からやや離れた場所にうつぶせになり車体の下回りを眺める。
「オーナーさまぁ、リフトアップの実行ボタンを押してもいいですかぁ!」
やや大きな声で訊ねてきたレガ子に、俺も大きな声でOKと返事をする。
「では・・・ポチッとなっ♪」
実行ボタンが押されると同時に、レガシィ下部のサスペンション周りが鈍く光りだす。
するとショックやロアアーム、スタビライザーリンクなどがまるで生き物のように動き出し、太くなったり長くなったりと形を変えながらレガシィの車高を上げていく。
変化に掛かった時間はほんの1分ほどだったが、常識や理屈では考えられないような光景を目の当たりにした俺にはもっと長い時間にも感じられた。
「オーナー様?
起きていますか?」
心配そうな表情で自分の顔を覗き込んでいるレガ子が視界に映り、我に返る。
想像を越えた出来事に、完全に惚けていたようだ。
愛車に駆け寄りフロントタイヤ奥のサスペンションユニットを覗き込む。
すると、ショックやスプリングなどのダンパーユニットが太く長くなっていて、車体を上に持ち上げているのが見えた。
また車輪を支えるロアアームやクロスパフォーマンスロッドも太さを増した堅牢なものに変化しており、しかも車高の上昇に合わせてロアアームやドライブシャフトの長さも増えているように見えた。
続いてリアタイヤに駆け寄り、その奥を調べる。
こちらもダンパーユニットが太く長くなって車体を上に持ち上げており、それに合われてサイドパフォーマンスアームなどの補強パーツ部分が強固なスタイルへと変化していた。
「し、信じられん・・・
夢でも見ている気分だ・・・」
愛車に起こった魔法のような出来事に、口の中が乾くのを感じた。
〝異世界に来ていて何をいまさら〟と言う人もいるかもしれない。
しかし異世界に移動したのは気絶していた時だし、突然現れたレガ子の存在にしても、出会った直後からあまりにも馴染み過ぎてしまったため、異世界の実感をあまり感じていなかった。
強いて言えばイベントリをはじめて使ったときに驚きはしたが、その時はその仕組みに感心したほうが大きかった。
なので目の前で愛車に起こったこの変化が、今までで異世界を一番意識した出来事だったことは間違いない。
こうなると、次に実行する予定の〝ビッグタイヤ化〟がどのような変化になるのかが容易に想像することができる。
次の操作のために運転席に行こうとするレガ子に待ったをかけ、リアハッチを開いてイベントリからカメラ用の三脚と動画撮影が可能なコンパクト一眼レフ、そして箱買いしておいた缶コーラを取り出す。
車体全体が映る位置にカメラを三脚で固定。
動画モードで撮影を開始すると同時に、レガ子にスキル実行の指示を出した。
「では、実行しますよぉ」
レガ子からの声に合わせて、レガシィに取り付けている純正の17インチホイールとタイヤが鈍く発光し、その大きさを変えていく。
発光しながらの変形が終わると、レガシィの足回りはホイール径が20インチくらい、タイヤ外径が770㎜くらいにまで大型化していた。
変化前のタイヤ外径は625㎜だったはずなので、15センチほどタイヤが大きくなった計算になる。
車高が上がるのは半径分だが、それでも7センチ近くもタイヤで車高が上がった。
最初のリフトアップで5センチほど車高が上がっていたので、これで12センチ近くもレガシィの車高が上がった計算となる。
ちなみにタイヤ幅は265㎜くらいになっていて、標準タイヤの215㎜よりもかなり太くなっていた。
感覚的にはトヨタのハイラックス・サーフなどに使う265/50R20あたりのタイヤをレガシィに取り付けたような感しだ。
次回のスキルアップでは〝オーバーフェンダー化〟が欲しいかもしれないな。
車体から盛大にはみ出したタイヤを見ながら、そんなことを思う。
スキルアップによるタイヤの変化が終わると、カメラの撮影範囲に自分も入り、ついでにレガ子に自分の周りを飛んでもらった。
最後に・・・
「これで異世界信じてもらえる?」
と音声コメントを入れ、動画撮影を終了した。
すぐに動画をパソコンに取り込み、編集。
そのまま動画投稿サイトにアップし、BBQオフで合うはずだった仲間らに動画のURLを送る。
しばらくすると、友人らから返事がいくつも返ってきた。
〝おいおい、異世界マジだったのか?〟
〝どうやって行った? 俺も連れて行け!〟
〝CG合成の特撮まで用意して、凝ったドッキリはやめろ!〟
〝お前の周囲を飛んでいる可愛い女の子を紹介しろ!〟
〝30歳まで童貞だと魔法を使えるようになるって本当だったんだな〟
・・・・
最後のは余計なお世話だ!
しかし、やっぱりまだ本格的には信じてもらえていないようだな。
さて、この後はどうしたものか・・・。
気は進まないが実家にいるはずの愚妹に、現状説明と先ほどの動画URLを送る。
行方不明とかで騒ぎにならないといいのだが・・・。
「オーナーさまは童貞さんなのですか?」
メールの内容を覗き込んだレガ子が余計なことを訊いてきた。
「ほっとけ!
そういうレガ子だって処女だろうが」
おもわずそう言い返すと、なんだかレガ子の様子がおかしい。
てっきり〝では一緒に初体験を~〟とか言ってくると思っていたのだが、なぜか顔を赤らめて俯きながらボソボソと何かを言っている。
あれ?
もしかして自分でエロネタを攻める分にはいいけど、逆に攻められるとダメなタイプなのか?
レガ子の思わぬ弱点を見つけられたのは良かったが、二人の間にはなんともいえない微妙な空気が漂ってしまっている。
そんな空気に耐え切れなくなったチキンな俺は、自分からレガ子に声をかけて話題を変えることにした。
「な、何か用があって来たんじゃないのか?」
「そっ、そうでしたっ。
この子と一緒にレガ子もレベルアップしたんですけれど、成長スキルの割り振り方を一緒に考えてくれませんか?」
え?
レガ子もレベルアップしていたの?
本体のレガシィがレベルアップしたのだから、精神体であるレガ子が一緒にレベルアップしていても不思議ではない。
むしろ、そのほうが自然だろう。
そういえば、俺自身にはレベルアップとかはないのだろうか?
レガ子と一緒に異世界に来たのだから、そういった恩恵があってもよさそうなのだが・・・。
「わかった。
一緒に考えてやるから、スキル画面見せてくれ」
「はい♪
こっちを見てください♪」
嬉しそうな笑顔になって、ナビモニターのほうへと飛んでいくレガ子。
やっぱソレを使ってスキルアップ操作するのね・・・。
レガシィ中心のシステムデザインに苦笑いをしながらレガ子の後を追いかけ、ナビの画面を覗き込むと、そこに表示されていた内容に驚いた。
「な・・・
何じゃこりゃぁぁぁぁ!」
レガシィのスキル強化による機能変形は、2014年に登場したアメリカ全土が舞台のオープンワールド型MMOレーシングゲームの「The Crew」のプロモーション映像からヒントを得て考え付きました。
このゲームの初期プロモーションに登場してた往年名車スカイラインGT-Rのオフロード仕様とか、かなりグッとくるものがありました。
今回の変形シーンには、ロアアームとかスタビライザーリンクなどのクルマの専門用語が出てきますが、分かっていただけた読者がどれくらい居るのかちょっと不安です。