若き天才の冒険譚 後編
「おぃぃいいい! 俺が天才じゃきゃ死んでいたぞ、暴力女!」
俺は超絶美少女からの攻撃魔法をギリギリのところで万能結界――人族で使えるものは限られている――を展開し、死ぬことは避けられた。
少女を見ると俺の抗議に対する返答はなく、首を傾げていた。
「おかしいわ。ミンチになるはずだったのに」
「真っ二つじゃなくて!?」
「そこなの? ……でも変ね。どう見ても人族よね。それなのにどうして『世界の果て』にいるのかしら……?」
「世界の果てってなんだ?」
疑問をぶつけると、少女は酷くつまらなそうな顔で呟いた。
「ここは世界の端の端。精霊すら住まわない、魔素が行き届かない死の地よ。……まあ、人族ごときに言ってもわからないんでしょうけど」
「わからん! でも、すげぇ気になるな。世界にはこんな場所があるのか!」
うひょーと叫びを上げながら辺りを観察する。
灰色・灰色・灰色! ここは灰色しかねーな!
そういえば、超絶美少女が精霊とか言っていたな。いるのか精霊! 架空の種族じゃなかったんだな! 今すぐにでも調査して論文にまとめたいぜ!
「あっ、そういえば、お前の名前はなんていうんだ?」
「何故、わたくしが名乗らなければならないの?」
心底嫌だと顔を顰める少女。
俺は先ほどの攻撃魔法のことなど忘れて、ニヤニヤとした顔をする。
「おんやぁ? 名乗らないんだったら、暴力女って呼ぶしかねーな」
「はぁ? ぶち殺すわよ」
「へへん。万能結界さえ張っていればこっちのもんだぜ!」
「粉末にするわよ!」
少女から再び強力な魔力を感じた。緻密な魔法展開は、やはり何度見ても素晴らしい。
……世界にはこんな強いやつがいるんだな! まあ、俺は天才だけど!
万能結界は、魔法使いの魔力量と属性数に左右される。俺の魔力量は、人族としては桁違い。それに全属性だ。だからこそ、俺は自分の万能結界に絶対の信頼を置いている。
連続して攻撃魔法が万能結界に当たる。
俺は弾かれる魔法を見て得意げに少女を煽る。すると少女は、むきっーと小鼻を膨らませて怒り始め、更に攻撃魔法を追加する。そしてまた俺は少女を煽り――――の悪循環が続いた。
「はぁ……はぁ……。じ、人族のくせに、なかなか……やるじゃないのぉ」
「お前、も、な」
魔力の枯渇した俺は灰色に地面に倒れ込んだ。
少女の方も息を乱してはいるが、元々転移魔法の展開で消耗していた俺と違い、まだ余力があるようだった。だが、少女は攻撃の手を止めた。それが意味するところは分からない。
くそっ。すげぇ悔しい!
最初の時点における魔力の消費量など言い訳にしかならない。自分の最良の状態で実戦を迎えることなどない。不利な状況を、自分の力不足を嘆いたところで待つのは『死』のみ。俺はそれを知っている。
「……おい。いい加減、名前を教えろ」
「名を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが道理というものよ」
「俺はポルネリウスだ」
俺が名乗ると数十秒の沈黙の後、少女が小さく唇を震わせた。
「…………ティターニア」
「それじゃあ、ティッタって呼ぶからな!」
「なっ……勝手に……」
「いいだろ。ティターニアって長ぇし。俺のことも適当に呼んでくれよ」
「誰が呼ぶものですか! お前など人族で十分よ」
「おいおい。そんな呼び方をすれば、道端で大勢が振り向くぜ?」
『そんなことも想像つかないのか。やれやれ』と手を振りながら小馬鹿にすると、ティッタがまた怒りに身を震わせ始めた。
あ、コレやばくね?
しかし、時すでに遅し。
ティッタは既に攻撃魔法の構築を終え、俺に放つ。
残りの魔力を全て使った。ティッタの最後の攻撃だ。
「爆発しなさい!」
「いや、今度こそ本気で死ぬぞぉぉおおおお!」
回避だ! 根性出して全力回避ぃぃいいい!
俺は必死に駆け出す。偶然近くにあった地面の穴に身を投げ出し、どうにか魔法の回避に成功する。
死ぬ気になれば案外いけるな。さすが俺……二度目は勘弁願いたいけどな……。
「フッ……俺の勝ちだぜ」
「回復したらすぐに殺すんだから!」
穴から這い出た俺は、ティッタへ勝者の笑みを向ける。若干引きつっていたのは気のせいだ。
「可愛げのない女だな」
「それで結構よ。人族なんかに――」
――ギシャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ティッタの言葉を遮るように、近くで獣とは比べ物にならないぐらいに恐ろしい咆哮が上がる。俺とティッタはすぐに警戒態勢をとった。
地響きが起こり、突風が舞う。
同時に灰色の砂風が俺たちの視界を塞いだ。
「なんだこれ……魔力か?」
ビリビリと全身を伝う魔力の奔流。それは酷く荒々しく、まるで嵐のよう。
――グガァァァァアアアアアアアアアアア
どこか苦しそうな二度目の咆哮が響く。
そして砂風がおさまり視界が開けると、咆哮の主が現れる。
空に浮かぶそれは、俺などちっぽけに感じるほどの巨体だった。長い首に鋭い牙、そして青の鱗。人族領でお目にかかることはないだろう戦闘強種である竜族だ。
翼を広げた姿は、平時ならば見惚れてしまうぐらいに幻想的だろう。しかし、大変残念な事に竜は恐慌状態に陥っているようで、荒れ狂っている。
……出会うなら、もっと別の機会であって欲しかったぜ!
魔力がない最悪すぎる状況。無駄な魔力を消費するんじゃなかったと後悔する反面、俺は一刻も早くこの場から逃げなくてはと突き動かされる。
「竜族? いえ、これは魔素竜……しかも、水の子が産まれていたなんて聞いていないわ」
呆然とした様子で竜を見ているティッタ。色々と気になることはあるが、今はそれどころじゃない。
逃げるぞと声をかけようとすると、ティッタに大きな影が迫る。それが竜のブレスだと気付いたときには、俺の身体は既に動いていた。
「ティッタァァアアアア!」
「なっ」
全力の力を持ってティッタを突き飛ばす。羽のように軽いティッタの身体は吹き飛んだ。これでも竜のブレスからは逃れられないかもしれない。だが、直撃よりは生存確率は僅かでも上がるだろう。
どうにか逃げてくれ!
竜のブレスが間近に見える。それなのに俺の頭の中に浮かぶのは、弱く小さく無知だったあの頃の俺だ。
……全部まるごと守り切れるぐらい強くなりたかったな。
自重的な笑みを浮かべながら、俺は時に身をゆだねた。
「まったく……よりにもよって、こんな場所にいたのですか。お説教は決定ですよ、アイル」
場違いな男の声がした。
声の方向へと振り向くと、そこには一匹の獣がいた。
白銀の艶のある体毛に見た事のない金色の瞳。馬とは違うしなやかで優美な身体と額に生えた立派な角。昔、母さんに読んでもらった神話に出てくる神の御使い――神獣にそっくりだ。
なんだ……何が起こっている!?
混乱する俺の意など解さず、神獣は魔法を展開する。
闇魔法で創りだした鎖が解き放たれ、竜の身体に巻き付いた。そして暴れる竜を押さえつける。
竜は徐々にその力を失っていき、最終的には俺でも抱えられそうなぐらいの子竜となった。
「タナカ」
「おや、ティターニアではありませんか。何故こんなところにいるのです? 妖精女王の役目はどうしました? またエルフたちの調整役が面倒になって遊びに出たのですか? それにその恰好はなんです。人化などして……」
「どうしてアンタはいつも口うるさいの!」
神獣はタナカというらしい。
ティッタはどうやらタナカと知己のようで、口喧嘩をしていた。
「なあ。妖精って……? ティッタは人族じゃないのか?」
俺がそう呟くと、タナカは目を細めた。
「彼女は人族ではありません。妖精族ですよ。加護持ちの少年」
「妖精に……加護持ち……?」
次から次へとわからないことが増えていく。俺の頭は破裂しそうだ。
「タナカ!」
咎めるようなティッタの怒声が響く。
しかしタナカはそれに動揺することもない。
「説明しなさい、ティターニア。何故、人化を?」
「……可愛い人族の服が手に入ったから着てみたくて。それに少し一人になりたくてここに来ていたのよ」
「ティターニア。多種族は相容れません」
「この人族は、わたくしに関係ないもの!」
見極めるようにティッタを見つめるタナカだったが、やがて溜息を吐くと子竜を自分の背中に乗せた。
「その言葉、ゆめゆめ忘れないでくださいね。妹のように思っている貴女が後悔する姿は見たくありません」
「だから違うと言っているでしょう! このお節介の駄馬!」
「だ……私は馬ではありません!」
「駄馬で十分よ! だいたい、水の子が産まれたなんて聞いていないわ。水属性の魔素も世界の中で安定していないじゃない! 駄馬駄馬駄馬駄馬駄馬!」
「ティターニア。さすがの私も本気で怒りますよ……」
熱くなるティッタとタナカを尻目に、俺は子竜へと近づく。
そしてツンツンと突っついてみた。
「おい。お前のせいでふたりが怒っているんだが」
「……オレ、のせいじゃねぇ」
寝ていたと思っていた子竜がぱちくりと目を開く。
「おや、目覚めましたか。アイル、私に何か言うことは?」
「オレのしゅぎょうを、じゃまするんじゃねぇ!」
「生意気ね」
ゴッツンとティッタが子竜――アイルへ鉄拳を振り落す。
子竜は翼で頭を押さえながら、ティッタを睨みつける。
「なにすんだ、このババア!」
「うふふ……死にたいようね?」
「止めなさい、ティッタ。アイル……説教を楽しみにしていなさい」
「ひぃっ」
ティッタ以上に恐ろしいことをタナカがしそうなのは気のせいだろうか?
「成竜になるまでは浮遊島で保護しようと思っていたのですが、勝手に飛び出して行って……魔素を取り込まなくては死んでしまう魔素竜が、魔素のない世界の果てへ行くなんて無謀もいいところでしょう。将来が心配です」
「いちどのしっぱいじゃ、めげねぇ。オレはつよくなる!」
「しかも脳筋の片鱗が見えるなど、不安で仕方がない……」
「ちゃんと見張っていてよね、タナカ。おかげで危ないところだったわ」
「そうでしたね。……加護持ちの少年。ティターニアを守ろうとしてくださり、ありがとうございます」
タナカは俺へ向き直ると、頭を下げた。
「いいところは全部アンタに持っていかれたけどな! 俺の名はポルネリウス。よろしく!」
俺が名乗ると、タナカは苦笑しつつも優しい眼差しを向けてきた。
「……知っています。私の名はタナカ。神獣です。おそらく、長く短い付き合いになるでしょう。よろしく頼みます。……ティターニア。貴女も礼を言いなさい」
「……助けてくれて……あり、がとう」
渋々といった感じで、ティッタがボソボソと俺に礼を言った。
その姿がいじらしく、俺の心が熱くなる。
「ティッタ。やっぱり、俺はお前が好きだ!」
「なっ……わたくしは人族ではなく妖精で……」
「そんなこと関係ねーよ。ティッタはティッタだろ?」
「……救いようのない本物馬鹿ね。ポルネリウス」
聞き間違いじゃないよな。今、ティッタが俺の名前を……。
「もう一回! もう一回言ってくれ!さあ!」
俺が迫ると、ティッタは顔を赤くさせながら叫ぶ。
「やっぱり死に散らせぇぇええええ!」
「うへぇぇええええ!?」
ティッタは少しだけ回復した魔力を練り上げて、俺へ攻撃してきた。
俺は逃れるために駆け出す。
「はぁ……元気ですね。ポルネリウス、そしてティッタ! ここにいては危険ですから、とりあえずは移動しましょう。いいですね」
そう言うとタナカは、俺とは段違いに細やかな調整の行き届いた転移魔法を展開した。
辺りを既視感のある濃密で温かな白銀の光が広がる。
ああ、この光は……あの時と同じ……。
目を瞑り、多くを語らない神の御使いへと心の中で感謝を送る。
『幼い俺を救ってくれて、ありがとう』