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若き天才の冒険譚 前編

三人称→若い頃のポルネリウス視点

 朔の夜は、一年に一度しかない、双月が完全に隠れて本物の闇が訪れる特別な夜だ。また魔物が活性化する日でもあり、人々は危険を回避するために家に閉じこもる。どんな大都市も、この日だけは夜の喧騒が消えて静寂が訪れる。


 今日はそんな朔の夜。しかし、一組の母と子が街の中を必死に走っていた。



 「母さん。今日の夜は、おうちにいなくちゃいけないって侍女が言っていたよ。どうしてボクたちは走っているの?」


 「……ポルネリウスはいつも頑張っているから、神様が夜に出かけるのを許してくれたのよ。これから、母さんと一緒に素敵な場所に行きましょうね? きっと、とっても綺麗な景色が見えるわ」



 女は精一杯の笑顔で息子に言う。しかし、ポルネリウスは繋いだ手から伝わる震えと冷たさから異常な事態を幼いながらに察した。母を心配させたくない、ポルネリウスは母にそれ以上問いかけることはなかった。



 闇に紛れ走り続ける。普段の生活で、女は与えられた屋敷から出ることを許されなかった。彼女は公爵の地位にいる男に飼われた籠の中の鳥。男の気まぐれで慎ましやかな人生を奪われ、気の向いたときに抱かれるだけの哀れな存在だ。



 橙色の淡い光たちが親子に迫る。徐々にそれらは光を大きくしていき、取り囲まれる寸前だった。



 「……ポルネリウス。この中に隠れていなさい。耳を塞いで、目を閉じて。母さんが貴方の肩を叩くまでそうしていてね」



 母は慈愛に満ちた表情だったが、ポルネリウスの心は不安に駆りたたれる。



 「……母さん」


 「一生のお願いよ。いいこで待っていなさい。朝になっても母さんが迎えに来なかったら、南門近くの雑貨屋に行きなさい。母さんのいる場所へ案内してくれる。……大好き愛しているわ、ポルネリウス」



 そっとポルネリウスの額に信愛のキスを落とし、女はポルネリウスを路地裏に捨て置かれた粗末な箱に押し込めた。女はもう一度小さく「愛しているわ」と自分にしか聞こえない小さな声で呟くと、路地裏を出て大通りへと駆け出した。



 「いたぞ!」


 「子供はどこだ!?」


 「はぁ?子ども? あんな子、すでに人買いに売ってしまったわ!」



 女は声が恐怖で震えないように張り上げる。周りを見渡せば、松明を持った屈強な男たちに取り囲まれていた。



 「人買いにだと? あの子供は公爵閣下の所有物だぞ! 妾如きが扱っていい代物ではない!」


 「はっ! ごめんなさいね。育ちが悪いもので」


 「平民風情が! ……情報を得なければならない。女を捕えろ!」


 「ただの使い走りの騎士モドキが、公爵の妾である私を侮辱するの? あっははは。身の程を知れ、クズが!」


 「この淫売女めが、死ねぇぇえええ!」



 激昂した男が女へと剣が振り下ろす。女は口角を上げて、最後まで嘲笑うような笑みを崩さなかった。


 

 「子供の情報が得られなくなってしまったではないですか! あの子供は、由緒ある魔法使いの家系であるブランドル公爵家でも類を見ない魔力量の持ち主です。それを持ち帰れなかったとなれば、公爵がお怒りになるでしょう」


 「ちっ。街の関所は封鎖されている。情報を今から集めれば、人買いを見つけられんだろ――」



 ――パキッ



 男たちのが話し合っていると、少し離れた場所で木の枝が折れる音がした。顔を向けると、絶望した表情でこちらを見る少年がいた。どうしようもない不安に駆られ、ポルネリウスは母を追いかけてしまったのだ。



 「どうやら、探す必要はなかったようだな」



 ニヤリといやらしい笑みを浮かべた男たちが、ポルネリウスへとジリジリと近づく。



 「あ……あ、あ、あああああああああ!」



 泣き叫びながらポルネリウスは走り出した。頭の中はぐちゃぐちゃで、母の死を完全に理解することもできていない。ただ目の前にある死の危険から逃れるために、本能に任せてがむしゃらに駆け出す。


 しかし、大人と子供だ。脚力が違い過ぎる。男たちとポルネリウスの距離は、どんどん近づく。



 「捕まえた」



 乱暴にポルネリウスの腕を掴み上げる。それに驚いたポルネリウスは、もがくように暴れて男の腕に噛みついた。



 「痛てぇ! テメェ……母親と同じ目に遭わせてやろうか!」



 そうは言っても、男は子供を殺すわけにはいかない。しかし教育は必要だといわんばかりに、強く拳を握りポルネリウスを殴りつける。



 「がはっ」



 今まで感じた事のない痛みに悶えながら、地面をのた打ち回る。



 (もうだめだ。ボクも死ぬのかな。……でも、母さんと同じ場所に行けるのなら……)



 朦朧とする意識の中、ポルネリウスが薄く目を開く。



 ぼやける視界は白銀に染まっていた。













 「神属性魔法だと? ポルネリウス、夢は休み休み言え。これだから平民は」



 貴族然とした、いけ好かない男によって机の上に投げ出された論文。俺はそれを見て歯を食いしばる。


 近年、他国での魔法技術の向上に焦りを覚え、国王直々に一昨年空の国に設立されたルナリア魔法学院。魔法は貴族階級に素質のあるものが占められている。それ故、教師も貴族――それも、貴族の中でも爵位の継げない者ばかりで傲慢な者が多い。類まれなる魔力量を持って入学してきた平民の俺なんて、奴らの憂さ晴らしに丁度いいのだ。特に目の前にいる貴族教師はそれが顕著である。



 「神属性魔法は失われた属性で、人族に使える訳がない。そんなことも知らないのか?」



 言われなくても知ってるし! だから、天才の俺が復元しようと思っているんじゃねーか。馬鹿か。コイツ馬鹿なのか!天才の俺が書いた論文読んでから、したり顔しろやボケ!



 「……すみ、ません」



 内心では罵るが、平民が貴族に逆らうことは出来ない。逆らえば、面倒事が起きるのは必須。それに俺には偉大な夢がある。それを叶えるまでは、泥水でもなんでもすすってやる。



 ……フッ。俺、カッコ良過ぎだろ。



 「ふん、わかればいい。そうやって浅ましく卑しい売女から生まれた平民は、私にひざま――ぐがっ」 


 「ふざけんなよ、温室育ちの落ちこぼれがのグズが!」



 俺は貴族教師に強烈な拳を一発ぶち込んだ。貴族教師は殴られ慣れていないのか、気絶して床に転がった。弱すぎだろ。



 「おいおい……ついにやっちまったぜ、俺。まあ、天才の俺でも我慢できないことがある。そう、仕方ないこと……必然だったんだ」



 やれやれと額に手を当てながら呟くと、扉の開く音がした。今いるのは、貴族教師の個人部屋だ。誰かにこの光景を見られるとさすがに拙い。平民が貴族に危害を加えたとなれば、極刑になってもおかしくはない。



 「貴方は何をやっているのですか、ポルネリウス」


 「なーんだ、ピエールか。脅かすなよ。相変わらず口調の割にクソ恐ろしい顔してんな」


 「……クソ恐ろしいは余計です」



 強面の金髪碧眼の男がなんの遠慮もなく部屋に入る。そして足を使い、貴族教師を仰向けにさせた。



 「完全に気絶していますね」


 「王子様がそんなことしていいのかよ」


 「王子と言っても王位は継ぎません。妾腹の身ですから、卒業後はオーランシュ公爵位を継ぐ予定ですよ」


 「へぇ。ようやく落ち着いた将来が決まったんだな」


 「ええ。王位など興味ありませんし。私は魔法の方が好きです。……あとで試作品の記憶を飛ばす魔法薬を試してみましょうかね」



 ピエールの貴族教師を見る表情は背筋が凍るほど恐ろしい。元々強面っていうだけじゃない。貴族教師はそこそこ力のある侯爵家出身らしく、母親が妃でもない侍女のピエールを見下していた。



 ……やっぱ、この貴族教師は馬鹿だよな。俺とピエールを敵に回すなんてさ。



 「試作品か。それなら、本当に記憶が飛ぶか分からないんだな」


 「……学園を出て行くのですか、ポルネリウス」



 論文を回収する俺にピエールが問いかける。



 「さっすが俺が唯一認めた親友! 分かっているじゃねーか!」


 「……はぁ。貴方には、この箱庭は狭すぎて遊べないでしょうね」


 「そう落ち込むなって。大丈夫だピエール! 俺たち約束しただろう? 空の国を人族領一の魔法国家にするって!」



 にかっと口を大きく開けて笑うと、ピエールが悩ましげに再度溜息を吐く。



 「その残念な頭が忘れていないようで安心しました」


 「俺は天才だっつーの!」



 天才の俺に対して、失礼すぎだろ。こうなったら、ピエールの度肝を抜く魔法を成功させてやるぜ!


 俺は複雑な魔法を展開し始める。身体の奥の奥に眠る、特別な魔力を抽出。今にも暴れ出しそうなほど強い力のそれを、細く細く魔法として紡ぎ構成させていく。そして古い文献と俺の新しい知識を混ぜて創り合せた古の魔法が出来上がる。



 「ポルネリウス……これはいったい!?」



 俺の周りはいつか見た白銀の光に包まれる。しかし、あの時のような濃密で温かな気配は感じない。荒削りさが目立つ。今の俺にはこれが精一杯。



 ……だが、十分だぜ!



 「さすが俺! 初めてで転移魔法の構築を成功させるなんて天才すぎぃ!」


 「転移魔法!?しかも初めて!? ポルネリウス、お前はいったいどこに転移しようとしているんだ」


 「どこってそりゃ……どこだっけ?」



 魔法の構築で頭がいっぱいで、先のことを考えていなかった。



 「この馬鹿者!」



 視界の中のピエールが歪み、ついに転移魔法が発動した。








 「ここはどこだ?」




 転移魔法は成功した。天才の俺が言うのだから間違いない。しかし、ここはいったいどこなのだろうか。ピエールの姿はどこにも見当たらず、辺り一面は不気味な灰色の世界が広がっていた。



 ……土も木も石も灰色。まるで生気がねぇ。



 警戒しながら歩いていると、泉らしき場所にたどり着く。しかし泉もまた灰色。少々喉は乾いていたが、この泉の水を飲もうとは思えなかった。危なそうだしな。



 「思ったよりも魔力を使っちまったしなー。しばらくは、ここで待機か」


 「……誰か、そこにいるの?」



 岩に腰を下ろそうとすると、小鳥の囀りのように愛らしい声が聞こえた。声の方向へと顔を向けると、灰色の世界に1人だけ色を持った少女がいた。


 若草色の長くふわふわと柔らかそうな髪に華奢な肢体。透き通るような白磁の肌にくりりと大きな目。小さな唇は薔薇のように紅く色づいている。その美しさに思わずゴクリと喉が鳴る。



 ちょ、超絶美少女きたぁぁあああああ! おいおい、化粧厚塗りの貴族女共なんて目じゃないぜ。可愛い可愛い超可愛い。胸は小さいけど……俺より少し年下ぐらいだろうから、まだ成長の余地がありありだぜ! これは告白するしかない! その辺の野郎共に渡してなるものか! 俺を魅了するなんて、罪な女だぜ。ぐへへ。



 「俺の名はポルネリウス。御嬢さん。どうか俺の恋人になってくれ!」



 一瞬だけ驚いた表情を見せたかと思うと、少女は恥じらうようにゆっくりとした動作で手をこちらに差し出してくる。



 いける! さすがイケてる俺! ちょー天才!



 ドキドキと胸を高鳴らせながら、少女の言葉を待つ。そして――――



 「わたくしの胸を見て、一瞬だけ可哀相なものを見る目をしたわよね?……このド腐れ人族のクソガキがぁぁあああ! 死に散らせぇぇええええ!」


 「うへぇぇえええ!?」



 少女の手から直撃したら即死必須であろう攻撃魔法が放たれた――――




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