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名無しの征服者

 宮廷料理人。それは国の中でもトップレベルの技術を持ち、食に対して王族から信頼を得た名誉な職である。私、フィリップは宮廷料理人になって10年。漸く中堅程度の立ち位置になったところだ。


 宮廷料理人は、一流の料理人であるのと同時に一流の菓子職人でなくてはならない。私の得意分野は菓子作り。故に、仕事のほとんどはお菓子を作っている。料理も好きだがお菓子作りの方が性に合っているので、現状には満足している。いつか世界で親しまれるようなお菓子を作り上げるのが私の夢だ。



 「おう、フィリップ。今日も鍋磨きに精が出るな」


 「道具の手入れを怠ると、味に出ますから」



 道具の手入れは新人にばかり回される仕事。しかし、私は自分の手でそれを行っていた。いつまでも初心を忘れないためだ。



 「そうは言っても、あまりやりたがる奴はいないからな。特に宮廷料理人っていう肩書に憧れた新人なんかはそれが顕著だ。だから、すぐに辞める奴が多くて困る」


 「新人の内は料理を殆ど作らせてもらえないですからね。まあ、作れる力量に達していないということなのですが」


 「それが余計に自分の矜持を傷つけるから嫌なんだろ。……っと、フィリップに話があるんだった」


 「……話、ですか?」



 料理長は不敵に笑う。



 「お前、今日はもう上がりで明日は非番だろ? いいところに連れて行ってやるよ」

 

















 王都の繁華街を、料理長はずんずん進んでいく。時折聞こえる鼻歌から察するに、料理長は心底機嫌が宜しいようだ。私は呆れながら料理長について行く。



 「……娼館には行きませんからね。料理長と違って、私には結婚を考えている彼女がいるんです」


 「行かねぇーよ! つーか、さりげに俺を馬鹿にしただろ!?」


 「本当ですかぁ?」



 とりあえず料理長を馬鹿にした件については話を逸らした。


 料理長は結婚していない。給料の大半を料理研究のために使うことと、仕事命で女性を放置することが多く、愛想を尽かされてフラれるのだ。宮廷料理長という役職は平民の中でも中々の高給取りのため女性にモテるが、料理長の性格を知れば結婚に対して不安になるのだろう。だから結婚できない。



 「……っけ。結婚は墓場だぞ」


 「結婚したことがないくせに」


 「うるせぇ! 今に見てろ。『ありがとうございます! 料理長様』って言わせてやるから」



 ブツブツと言いながら、料理長は歩く。そして着いたのは、何もない路地裏だった。



 「ここがいいところなんですか……?」


 「少し待っていろ。たぶんもう少しだ」



 何が?と問いかける前に、私の視界が歪んだ。そして小さな浮遊感と共に、風景がガラリと一変する。そこは薄汚い路地裏などではなく、フカフカの絨毯が敷き詰められた屋敷の中だった。王宮に勤めていることもあって、それなりに高級品についての知識はある。置かれているのは、センスがよく平民ではとても買えないような調度品の数々。柱にまで施されている彫刻。埃1つない綺麗さ。ここは相当、立派な屋敷だ。



 「驚いたか?」


 「驚くとかの問題じゃないですよ。もしかしてさっきのは……噂に聞く転移魔法ですか?」


 「おうよ!」



 魔法使いでないので魔法に詳しくはないが、転移魔法が特別な魔法なのは知っている。確か、我が空の国の英雄で、平民の希望の星であるカナデ様しか今は使えない魔法だったはずだ。


 

 ……それが何故?




 「そんじゃ、会場に行くから、これ被れよ」


 「……仮面?」



 転移魔法。おそらくカナデ様が展開した……でも、何故私たちを?



 いくら考えてもさっぱり分からない。妖しげな仮面を料理長に渡され、私はしぶしぶそれを装着する。仮面自体は、舞踏会で使用されるようなしっかりとした作りの上等品だが、私や料理長の着ている服は平民が一般的に着る服である。色々と台無しだ。



 慣れたように屋敷を歩く料理長。私はその後ろを恐々としながらついて行く。しばらくすると、私たちと同じ仮面を付けた人々がチラホラ見えてきた。



 「よっ! ヴァーノン」



 料理長が一際恰幅のいい男性に声をかけた。男性――ヴァーノン氏は私たちと同じ仮面を付けているが、上等な服を着ており、立ち居振る舞いも合わせて一目で貴族階級だと分かった。それなのに、料理長は酒場で偶然会った友人のように話しかけている。



 不敬罪でしょっぴかれますよ!



 「その声……カイル殿ですな。後ろの方は?」



 私の不安はどうやら杞憂だったようで、ヴァーノン氏は慣れたように料理長と話し始めた。



 「俺の部下のフィリップだ。特別推薦枠を使って招待してきた」


 「それはそれは……楽しみなことで」



 上から下まで私を舐めるように見つめるヴァーノン氏。



 ちょっと料理長! ここは男色愛好家が集まる紳士クラブなんじゃ……。もしや、料理長が結婚できない理由として皆に認知されていたことは、この特殊な趣向を隠すためのものだったんじゃ!? わ、私には結婚を考えている彼女がいるって先に言ったではないですか! とんでもなく荒れた蛇の道に引き摺りこむおつもりで!?



 「……フィリップ。何か勘違いしていないか?」


 「いっいいへぇ! 勘違いなどしておりません!」



 声を裏返しながら私は必死に平静を装う。


 

 お、落ち着くのです。ここは敵の支配下。何も分かっていないフリをして逃げ出さねばなりません。冷静に冷静に……。ここを抜け出したら私は彼女にプロポーズするのです。少し早いかもしれませんが決めました。私が好きなのは女性。私が好きなのは女性。私が好きなのは女性。



 何度も何度も呪詛のように心の中で唱えていると、いつの間にか別の場所に来ていた。無意識のうちに料理長を追随していたらしい。なんたる不覚。



 「暗い部屋ですね」


 「まあ、時機に明るくなるさ」



 今いる場所は大きなホールのようだが、暗くて良く見えない。大勢の人々がいる気配はするが、正確な人数が分からず仕舞いだ。カタカタと膝を笑わせながら脅えていると、ある一か所に光が灯る。光は蝋燭のようなぼんやりとしたものではなく、昼を思い起こさせるようにギラギラしたものだった。


 光に照らされているのは、圧倒的な存在感を放つ二人の女性だった。私のつけているより数段高価であろう色とりどりの魔石が装飾された仮面をその女性たちは付けていた。



 「やぁ! 元気かい、皆の衆ぅ! 突然の招集に応じてくれてありがとう」



 若々しい声がホール内に響き渡る。声の主は、黒髪の女性だった。そんな特徴を持っているのは、魔王討伐の英雄カナデ様だけだ。



 「あの、料理長。カナデ様が何をやっているのかという質問よりも先に、仮面付けている意味がないんじゃないのかと助言してあげたいのですが……」


 「言ってやるな、フィリップ。本人的には、あれで完璧な変装だと思っているんだ」


 「それってアホなん――いいえ。か、可愛らしいですねぇ?」



 暗くて自分の周りがあまり見えないのに、大勢に睨まれたかのような悪寒がした。



 「まあ、長い挨拶とかは面倒だから、参謀、説明よろしく!」


 「かしこまりました、総帥」



 参謀!? 総帥!?


 カナデ様にに名指しされた女性が一歩前に出た。立ち居振る舞い、オーラ、仮面越しでも分かる美貌。この参謀と呼ばれた女性は間違いなく高位貴族。もしかしたら、王族かもしれない。一体全体どうなっているのか、まるで意味不明だ。誰か私に解説して下さい。



 「本日御集りいただいたのは他でもありません。総帥より、我ら『名無しの征服者』だけにお伝えしたい情報があるのです。まずは、これを見ていただきましょう」



 今度は別の場所に光があたる。そこには巨大な業務用オーブンと小さなオーブンが置かれていた。



 「このたび総帥が開発なさった最新型魔導オーブンです。動力源は、従来よりも抑えて小火魔石2個で一年。家庭用では、小火魔石1個で一年持ちます。既に総帥が格安で複数の商会に設計図を売ったため、長くとも3カ月以内に商品化されるでしょう」



 な、なんてことだ! これは、革命です!



 つい最近までは、魔導オーブンなんて存在せず、火を自分たちで調節して使っていた。それが5年ぐらい前に突如、魔導オーブンが販売されたのだ。魔道具と言えば戦闘用という固定概念が崩されたのはこのころからだと言える。しかし、発売された魔導オーブンは大火魔石2個なければ動かない代物だった。もちろん、温度設定や時間設定などができるため格段に便利になった。でも、大火魔石2個なんて平民は用意出来ない。私も職場でのみ魔導オーブンを使っていたのだ。



 「どうだ、驚いたか?」


 「驚きました……」



 私は素直に答える。料理長は自慢げに語り始めた。



 「これだけじゃない。魔導たっぷり泡だて器や魔導ミキサーなんかもカナ――総帥が御作りになった。設計図を商会に売るから、あんまり知られていないが」


 「本当ですか!? 私たち、料理人や菓子職人の常識を変えた魔道具をカナデ様が!?」



 カナデ様が規格外の魔法使いだというのは有名な話だ。魔物狩りに出かければ騎士を寄せ付けぬ活躍をして最大戦果をもたらし、他国にも恐れられている最終兵器……という噂だが、私たち宮廷料理人には縁のない話だ。しかし、真夏に大量の粉氷を作りだし、それらの上に果実シロップをかける『カキゴオリ』なる新種の氷菓子を我々に伝授してくれたことは記憶に新しい。すごいすごいと聞いていたが、この時初めてカナデ様の規格外の才能を実感したものだ。



 「魔道具開発だけじゃねぇーぞ。総帥は幼い頃から気に入ったお菓子屋に手紙を書いている。そして、総帥に見初められたお菓子屋は次々と有名になった。今じゃ、宮廷に召し上げられることより名誉なことだと菓子職人の間では言われている。実際、総帥の味覚はすげぇからな。手を抜いたら一発で見破られる」


 「まるで……お菓子の神ではないですか!」



 興奮のあまり私がそう言うと、何故か周りが同意したような気配を感じた。……暗くて良く見えないが。



 「しぃー! それ以上言うな、フィリップ。カナデ様はお菓子の神と呼ばれるのを嫌がっている。だから、俺たちは総帥と呼んでいるんだ。心の中ではお菓子の神だけどな」


 「なんと! そういう意味でしたか。それで、『名無しの征服者』とはなんなんです? 教えて下さい、料理長!」



 ここまでくれば、男色愛好家の紳士クラブだなんて思わない。私はこの組織がいったいなんなのか知りたい欲求に耐えきれず、料理長に迫った。



 「分かったから、落ち着けって。……名無しの征服者は、総帥と参謀が作り上げた組織だ。世界におけるお菓子の発展を目的としている。主な活動は、菓子議論や情報交換、菓子作りだ。ちなみに会員は、人族領全土から来ている。カナデ様の転移魔法によってそれが実現した」


 「す、すごいですね」


 「ああ。凄すぎて、政治利用する輩が出てきやがった。まあ、そう言う奴らは参謀が潰すから心配ない。でも、面倒なことには変わりない。事前防止策として、会員になるには上級会員の紹介がいる」


 「料理長は上級会員なんですか!?」


 「おう。しかも、創設からの会員だぜ。フィリップは口の堅さと菓子作りの姿勢が気に入ったから連れて来たんだよ。まあ、今日はお試しだから強制ではないが、会員になるとお得だぞ。ここには、下町の菓子屋から、貴族の屋敷で働く菓子職人、俺たちみたいな宮廷料理人、プロ並みの一般人や貴族まで幅広い。勉強になるぞ」


 「入るの決まっているじゃないですかぁ!」



 この組織に入れば、確実に私の腕は上がる。ゾクゾクと身体が震えた。武者震いだろうか?



 「総帥殿、参謀殿。お話があります」


 「なんでしょう、ヴァーノン」



 総帥と参謀に恐れ多くも発言を求めたのは、ヴァーノン氏だった。光のすぐ傍で跪く姿はとても様になっている。私から見ても、彼が緊張しているのは分かった。手が震えている。しかし、ヴァーノン氏の表情は明るい。



 「先日、大地の国で長期保存可能な柔らかいチーズの開発に成功しました。味は濃厚で、レアチーズケーキに最適かと存じます」


 

 ヴァーノン氏の言葉に会場がざわめく。それもそのはずだ。大地の国は酪農が盛んである。特にチーズが絶品だというのは、料理人たちの間では有名だ。しかし、大地の国から離れた国では、それを入手するのは難しい。単純に腐ってしまうからだ。それ故、入手できるのは料理用の硬いチーズばかり。だが、それが今、変わろうとしている。



 ……これが歴史が変わる瞬間か!



 私が気分を高揚させていると、光の下で参謀が淑やかに手を挙げた。



 「わたしも報告がございます。風の国がこのたび、周辺国における砂糖関税を撤廃する交渉を成功させました」


 

 なななんとっ!


 参謀は控えめに言っているが、これもまたとんでもないことだ。風の国はグラニュー草の群生に成功しているため、砂糖の最大輸出国である。関税がなくなるということは、より多くの砂糖が普及するということだ。高級品だというお菓子の常識が変わる!



 「あっ、私も言っていなかったことがあるんだった」



 もうこれ以上驚くことはないだろう。そう思ったのもつかの間。気の抜けた声で総帥が言った。



 「魔族領の自治組織のトップにお願いしたら、お菓子屋を補助する政策が通ったよ。だからこれから魔族領のお菓子文化は発展することになるね。今は人族領との交流はないけれど、そう遠くない未来に魔族領のお菓子が身近になるかもね」



 そそそ、総帥ぃぃいいい! 何しているんですか!

 魔族領の政策を変えてしまうなんて、どんな影響力を持っているんですか!



 これには皆困惑しているようで、ホール内は静寂に包まれた。



 「えっ、何この居た堪れない雰囲気。……ええーいっ! もう、しょうがないな。私がストックしている魔族領のお菓子を皆に食べさせあげる! どうせ次に別荘へ行った時にまた買えばいいし!」



 パチンッと総帥が指を鳴らす。すると、ホール内が昼間のように明るくなった。良く見ると天井に魔法で作ったであろう光球がいくつも浮かんでいた。ホール内を見渡せば、総勢200人はいるだろうか。皆、同じ仮面を被っているため人相は分からないが、身分も性別も年齢層も違う人々がいた。


 会場がどよめきに包まれる。


 それはホール内が明るくなったからではない。テーブルの上に見たこともないお菓子たちが並べられているからだ。中には湯気が立っているものもある。基本的には茶色や黒いものが多いが、中には桃色や黄色などの色鮮やかなお菓子もあった。



 ……これが、魔族領のお菓子。



 ゴクリと未知への興奮で喉が鳴る。それは周りの者たちも同じだった。皆、総帥の次の言葉を待っている。



 「美味しく味わって、意見交換してね。私はお菓子を作れない。だから、魔族領のお菓子を食べて貴方たちが新たな文化を取り込んでね。そして、お菓子を発展させてよ。買いに行くから。あと、このことは他言無用だからね?」


 「分かっています、総帥!」


 「総帥、最高ぉぉおおお! 名無しの征服者は永遠なりぃぃいいいい!」


 「総帥! 我らの親愛なるお菓子の神!」


 「神! 神! 神!」



 ホール内の盛り上がりは最高潮に達していた。あわあわと焦り始める総帥。しかし、この盛り上がりは止まらない。斯く言う私も嬉しすぎて弾けそうである。



 ああ、この世界にお菓子の神が降臨した奇跡に感謝を!



 「さあ、もっとお菓子の神を崇めるのです! そして感謝し、自身の技術を高めるのです! さぁ、この世界をお菓子で征服しましょう!」


 「うぉぉおおお! 参謀の言う通りだ!」


 「征服! 征服! 征服!」



 いささか危険思想な気もするが、我らが信仰するお菓子の神が望むのなら致し方ない。



 お菓子で征服を! 未来はお菓子で照らしましょう!



 「ちょ、煽んないでよ。ガブリエラせんぱぁい!!」



 狂信の宴は明け方まで続けられた。私は迷いなく名無しの征服者の会員となった。王宮内でカナデ様に出会うと、こっそり祈りを捧げてしまう癖がついてしまったが、それは些末な事だと感じている。



 お菓子よ……永遠に……!

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