雪の王女とお姉様
雪の国の第二王女。フローラ視点。
時間軸は、竜の花嫁編開始前です。
人族領最北端に位置し、一年の大半を氷で閉ざされた国。だからと言って貧しい訳ではない。芸術や文化が花開く国でもある。資源がない代わりに色々な技術が発達している。国民こそが国の宝。それが雪の国。わたくしの大切な祖国。
「ああ……フローラ様はお美しい。是非とも、私と愛を誓ってくれませんか?」
温室で休憩する事は、忙しい公務の合間の小さな癒しである。しかしそれをどこから入って来たのか、馬鹿な貴族の男が許可もなくわたくしの元へ跪いた。
「……わたくしがいつ跪くことを許したと言うの?」
召喚術を使い、契約している魔物を一体呼び出す。それは小型ではあるが、ギザギザした歯がとくちょうのマインドックという犬型の魔物。名前はヴォルフ。好戦的で人を馬鹿にした態度をよくとるが、ご主人様であるわたくしには絶対服従だ。
「あの……フローラ様……? え、まさか……いや、まさか、僕に……」
「遊んでいいわよ」
「ヴァフッ!」
30秒後。馬鹿な貴族の男は、ボロボロの状態だった。ズボンが破け、汚らしい尻が見えている。
「ヴォルフ、よくやったわ」
「ヴァフ~ン」
ヴォルフは甘えるようにわたくしの膝に乗る。手近にあったチーズを一つ手に取り、ヴォルフの口に頬り込む。そして召喚を解除して、呼び鈴を鳴らした。
「お呼びでしょうか、フローラ様」
ほぼ待たずにやって来たのは、わたくしの従僕の1人。彼はわたくしの元へ跪くが、時折、無様な姿を晒している貴族の男へと嫉妬の炎を燃やしていた。そのいじらしさに、わたくしはクスリッと笑みが零れる。
「やったのはヴォルフよ。わたくしがこのような痴れ者に鞭を与えてやるとでも?」
「し、失礼いたしました!」
「罰として、コレを片付けなさい。ちゃんと片づけられたら……まあ、少しだけ可愛がってあげるわ」
「はっ! 必ずやフローラ様の満足する処理をして参ります」
「いい子ね」
馬鹿な貴族の男を乱暴に引きずりながら、従僕は去って行った。
あの従僕は、国の重役。きっと色々な余罪なんかもつけて、あの痴れ者をわたくしの元へ二度と現れないようにしてくれるだろう。
「……全身を荒縄で縛って、蝋燭と踏みつけを交互に、かしらね?」
「もう。まーた、フローラちゃんは物騒なことを考えてるぅ!」
「気持ち悪い。失せなさい、ジャスミン」
「やぁーもう! お・姉・様でしょう?」
ご褒美プランについて考えていると、わたくしがこの世で一番苦手としている人族が現れた。わたくしと同じ髪と瞳の色だが、美人ではなく地味顔の年上の女。そう……わたくしの姉。雪の国第一王女ジャスミンだ。
「わたくしのお姉様はただ一人。カナデお姉様だけよ!」
「それ、非公式でしょぉ? フローラちゃんってば、ちょいキモだよ。 それよりも、ここに頭も下半身も軽そうな馬鹿男が来なかったぁ?」
「……来たわよ。召喚獣に襲わせて、従僕に後処理を任せたわ」
「本当!? 良かったぁ。次期女王のフローラちゃんが対処してくれたのなら安心」
「……何。ジャスミンにも言い寄って来ていたの?」
権力目当てにわたくしたち姉妹に人が近づいてくるのは日常茶飯事。少しだけ心配すると、当のジャスミンは首を横に振る。
「全然。女は顔だと思っていたし、あの馬鹿男。それとなくフローラちゃんにけしかけて良かったわぁ。アレ、わたしの婚約者候補だったの」
「なっ……! わたくしの癒しの時間を潰したのはお前か……!」
「お・姉・様でしょう? 美しさや人望も妹に劣り、次期女王の座を奪われた第一王女は、密かに愛していた婚約者候補までも失ってしまう。失意の縁に居た第一王女は、ますます自分の研究室に引きこもるのだった。……いけるわね、この筋書き」
「いい加減にしなさい! 何が次期女王の座を奪われたよ。わたくしが魔王討伐から帰還したら、何故か長子のジャスミンでなく、わたくしが次期女王に決まっていたし。研究馬鹿の貴女は、美貌にも、結婚にも無頓着じゃない。とんだ濡れ衣だわ。そんなことばかりしていると、結婚出来ないわよ! もう、行き遅れって言われてもおかしくない歳なんだから」
「わたしは結婚なんてどうでもいいわよぉ。今は、寒冷地方でも育つような作物の品種改良の研究で忙しいもの。それよりも、フローラちゃんはどうなの? 前にサヴァリス殿下との縁談が持ち上がっていたし、つい最近は空の国の第三か第四王子を婿に……とか言われていたでしょう?」
「サヴァリス殿下は論外よ。わたくしは、男性に支配されるより支配したいの。空の国の王子は無しね。一緒にカナデお姉様が来ないかと色々画策したのだけど……空の王が感づいて、情報統制やらカナデお姉様の地位変更やらして邪魔して来たのよ。ああ、忌々しい。所詮、才ある者から搾取して大きくなった国のくせに……」
人族領一の魔法国家と言われている空の国。しかしそれは、伝説の魔法使いポルネリウスのおかげだ。事実、彼が表舞台から姿を消してから、空の国の魔法技術は停滞した。しかし今度は、その孫であるカナデお姉様を利用している。碌にお姉様の望みを叶えずに。
爵位を与えようとしているらしいが、そんなことをお姉様は望んでいないだろう。才あるものは束縛を嫌う。それなのに縛り付けて、褒賞という名目で支配下に置こうだなんて愚の骨頂。人材を宝とする雪の国では、考えられないことだ。
……お姉様は爵位よりも、心から感謝されたり、お菓子を貰えた方が嬉しいに決まっているわ。
そんなことも理解しない空の国が恨めしい。それに、魔王討伐後の情報統制も気に入らない。空の王は、お姉様の活躍を最小限に広めた。あれは、ほぼお姉様の功績なのに。腹がたったから、隣国である月の国の王妃様に全部ぶっちゃけてやったけれど。ああ、いい気味!
「フローラちゃん。折角の美人さんなのに、稀代の悪女みたいな顔になっているよぉ?」
「誰のせいよ! まったく……研究ばっかりで、ちゃんと公務をしないんだから……。だいたい、ジャスミンはいつもいつも――」
「ごめんねぇ、フローラちゃん。そうそう。これ風の国から、新しい王様の結婚式の招待状がきたよ。次の王妃はフローラちゃんご執心の女魔法使いちゃんの先輩だって。たぶん、女魔法使いちゃんも結婚式に呼ばれていると思うよぉ」
「どうして早く渡さないの!」
ジャスミンから招待状を奪い取り、目を通す。風の国はそれほど交流がある訳ではない。けれど、魔王侵攻の被害を受けていない点から言っても、これから友好的な関係を築いていきたい。だから、次期女王である、わたくしが行くのが誠意というもの。
……それはすべて建前。一番の目的は、お姉様に会えるってことよ!
「ああ。あのスラリと華奢なおみ足を身体強化させて、わたくしを踏んで下さらないかしら。そして、あの冷たい目でわたくしを見て欲しい。そして皮肉と毒が混ざった口調で罵って欲しいわ。カナデお姉様、わたくしのすべてを受けとめてぇぇえええ!」
わたくしが唯一服従するに相応しい相手はお姉様だけ。愛情を持って虐げられることこそが、至上の喜びだわ……!
「うわぁ……さすがのジャスミンお姉様も引くわぁ……」