女魔法使い調査記録
後宮編の裏話です。
ユリア姫様付の侍女として空の国の後宮に入った、わたしローラ。
今日は、魔王討伐の英雄カナデについて調べようと思います。
カナデは、輿入れしてから手紙の一つも寄越さない王太子から、昨夜急に送られてきた護衛。朝の毒殺騒動を防いでくれましたが、油断は出来ません。
カナデが掃除洗濯をしながらユリア姫の護衛をしている内に、わたしはカナデの素行調査をしようと思い立ちました。姫様がエリザベート陛下の後輩だから大丈夫と言っていましたが、王宮という陰謀渦巻く場所に居て、昔と同じままなどありえません。
「さて、参りましょうか」
素行調査、開始です。
♢
とある宮廷料理人の証言
「あの人はすげえ人だよ。魔王討伐の英雄だ、稀代の天才魔法使いだとか最近じゃ騒がれているが、あの人の真の才能は別にある。それはお菓子に対する味覚だよ、味覚。材料の産地や配合を少しでも変えれば必ず気づく。そして、ちょっとでもお菓子作りに気を抜けば感づかれる。おかげで俺たちベテラン勢は気が引き締まるし、新人は技術向上のためにあの人にお菓子を試食してもらうんだ。おかげで空の国王宮のお菓子レベルは、人間領一だと自負している。ゆくゆくは料理の方も人間領一になりてーな」
とある魔法学園准教授の証言
「彼女とは同級生でしたが、昔から凄かったですよ。何と言っても常識外れの魔法! あの規格外で突飛由もない発想のおかげで楽しい学生生活でしたよ。卒業舞踏会以外……。おっほん、すみません。優秀な魔法使いの集まる学園ではなく、御飾りの貴族たちの名誉職である宮廷魔術師に彼女がなったのはショックでしたね。今は、遠方の馬鹿王――第五王子のところにいますが、ゆくゆくは学園に転職してほしいですよ」
とある下級侍女の証言
「あの方は私たち平民の誇りです!幾度も陛下から爵位を与えられる機会がありながら、それをすべて断り平民であり続けているんです。最近じゃ魔王討伐も成功させるし。知ってます?魔王を倒したのは勇者って事になっていますけど、本当はあの方がボコボコにして瀕死状態になった魔王に勇者が剣を突き立てただけなんですって。本当にすごいですよね。それにあの方は私たち下級侍女にだけ美味しいお菓子の差し入れをしてくれるんです。いつも洗濯をしてくれているからって……私たち下級侍女は上級や中級侍女に馬鹿にされる事が多いけれど、あの方がお礼を言ってくれるだけで頑張れます。あの方は今、遠くに行ってしまって寮にいないので会えないのが寂しいです」
とある貴族令嬢の証言
「あの女生意気ですわ。平民のくせにマティアス様に見初められて……確かに黒髪黒目で目立ちますが、平民ですわよ! 有名な魔道具職人だったり、魔王を倒したり……あー、もう!生意気すぎますわ。それにあの女、マティアス様の好意にまったく気づかないんですのよ! いいかげんに気づいてあげてほしいですわ! もう、マティアス様が不憫で……べ、別に二人の応援などしていませんわよ!!」
とある貴族令息の証言
「ひぃぃいい、英雄の女魔法使いの事なんて知る筈ないじゃないか。べ、別に彼女の力目当てに迫って返り討ちにあって、その後陛下に罰を与えられて実家が没落寸前になった訳じゃないぞ。本当だぞ。すまないが、私はこれで失礼するっ」
とある外務局職員の証言
「ええっ、もしかしてあの子に会ったんですか!? 何かとんでもないご迷惑をおかけしましたか!? そういうわけじゃない?……ああ、良かった。えっと、あの子の事ですよね。わたしはあの子とは、親友なんです。5歳ほど歳は離れているのですが。あの子は出会った当初から今と変わりありませんね……ああ、性格の方ですわ。あの子、自分の事を普通の人間だと勘違いしているんです。可笑しいですよね。あの子が普通じゃないのは、わたしが保証します。ですから、あの子の力目当てで近づこうとすれば……火傷どころでは済まないのでご注意を」
♢
「カナデの調査はどうだったの、ローラ」
「ますます彼女が判らなくなりました……。一部では崇拝され、恐れられ。そう思ったら普通に好かれていたり嫌われていたり……評価が一定しませんでした。それと、彼女の親友とやらに警告を受けました」
「ふふふ、面白い子よね。どうせなら姉様の結婚式でお知り合いになっておくべきだったわ」
「姫様が楽しそうでなによりです。ですが気を抜かぬようお願いします」
「あらあら、判っていますわ。毒殺されかけたのは忘れていないわ。空の国の王太子が何かしようとしているみたいだけど……わたくしが支えるに値する王になれる器か、お手並み拝見ね」
そう言いながら姫様はタンスから、フリルの沢山ついたドレスを取り出した。
「姫様が……いえ、カナデに着せるのですか?」
「そうよ。せっかく婆やが殿方の趣向は色々だと言って用意してくれたドレスですもの、着なくては勿体ないわ」
「そろそろカナデの戻ってくる時間ですね。わたしも湯あみの準備をしてきます」
「ふふ、カナデは磨きがいがあるわ」
化粧っ気のない顔に艶やかで珍しい黒髪。カナデはまさに原石だった。思わず侍女としての本能から、昨日は泣き出すほど滅茶苦茶にしてしまったけれど、今日は失敗しません。
その後、第二の毒殺騒ぎで女魔法使いが怒り狂い、着せ替えどころではなくなるのは別の話です。
カナデの他視点からの評価が知りたいとの要望がありましたので、この話を書きました。これで、要望に応えられたかな……?