子育て奮闘記!
タナカ視点
「いやんっ。カナデちゃん、ちょぉー可愛い! こっち向いて!」
「さすが儂の孫じゃ! カナデ、こっちじゃ。じーじのところへ来るのじゃぞぉ」
「ちょっとポルネリウス! カナデちゃんはわたくしのところへ来るのよ」
「いや、儂じゃ! のう、ティッタよ。そっちの服もよいのではないか?」
「そうね!」
「……だぅ……」
……なんだこの混沌とした光景は。
数日ぶりに友人であるポルネリウスの家に来ると、ティッタとポルネリウスが人族の幼児に着せ替えをしてはしゃいでいた。
人族の幼児――カナデは、一年ほど前に突然ポルネリウスが孫にすると宣言した、出自不明の子どもである。私がこの世で一番嫌いな奴と同じ色の黒色を持つこの子どもは、警戒対象でもあった。
何やら怪しげな呪いがかけられているようだし、奴がこの子どもに関わっている確率は高い。加護持ちが2人存在している今、この子どもがどういった存在なのかわからない。奴が関わっていると碌な事にならないので、こうしてポルネリウスの近くにこの子どもがいるというのは、監視の面から言うとやりやすいと思わなくもない。
「いい歳をした大人が何をやっているのですか」
「失礼ね、タナカ。わたくしは永遠の美少女よ!」
歳を考えなさい、歳を!
ティッタ。貴女、私と1万歳しか変わらないでしょう!?
「だぁ! あうあ!」
隙を見て、グルーミーラビットの着ぐるみを着た子どもが、よちよちと私の方へと歩いてきた。人化している私の足元に縋るように身体を絡めた。
「カナデちゃん!?」
「何故じゃ! じーじよりも、そやつは爺じゃぞ!?」
「馬鹿なことを言っていないで、散らばった服を片付けなさい」
渋々片づけを始めるティッタとポルネリウスに嘆息しつつ、私は子どもへと目を向けた。
「あぁ~、だぅあ~」
……何をしているんだ、これは。
子供は床へ頭を擦りつけ、何かに悶えるような奇行をとっている。
最近気づいたのだが、この子どもはおかしい。赤子の頃は最低限しか泣かなかったし、ハイハイから掴まり立ちまで最短だった。まあ、これは人族の育児本を読んで知ったことだが。
更に子どもがこちらの話していることを理解しているのではないかと思うこと稀にがある。しかし、だからといって賢いわけでもなく、幼児らしい失敗をすることもある。そして今のような幼児とは思えない奇行もする。こちらの言葉を理解しているのか、この子どもが変わっているだけなのか、それとも人族の子どもは皆こうなのか。……神獣の私には分からない。
……なんにせよ、警戒しなくてはいけない。
私は重心が定まらず転びそうになっている子どもを支えつつ、再度決意する。
「それにしても、カナデちゃんはタナカに懐いているわね」
「こんな爺のどこがよいのやら」
「……ポルネリウスだけには爺と呼ばれたくありません」
そう言いつつ、私はポルネリウスをじっと見つめた。
……もう、大丈夫か。
この子どもが来る前のポルネリウスは、とても不安定な精神状態だった。いつ死んでもおかしくないと不安だったが、どうやら大丈夫そうだ。子どもの存在が精神の安定を促しているのだろう。
「そろそろ、子どもにご飯を与える時間です」
私はそう言って亜空間から保存しておいた人族用の離乳食を取り出した。常に亜空間には、この子どもが好む離乳食をいくつか入れている。妙な気を起こさせないためだ。
「あう! あ~う!」
果実をすり潰して作った離乳食を与えると、子どもはご機嫌になった。子どもは甘いものが好きらしいというのは、割と早くにわかったことだ。だからといって、そればかりは与えていられない。栄養が偏れば今後の成長に関わるからだ。
「……タナカって、母親みたいよね」
「確かにのう。こやつ、爺なのじゃが」
「母親とは……貴方たちは馬鹿ですか? 私はただ、この子どもが妙な気を起こさないように監視している。それだけです」
「うーうー」
食事を終えた子どもの口元を拭いながら私はティッタとポルネリウスに苦言を述べる。
「「馬鹿はどっちじゃ」」
何故か呆れたようにこちらを見るふたりに気分を悪くさせながらも、私は片づけを始めた。
……昼寝の準備もしていた方がいいか。
子どもと遊び始めるティッタとポルネリウスを見ながら算段を立ていると、ティッタが甘えた言葉で子どもに話しかけ始めた。
「カナデちゃぁ~ん。ねーねってお話してみて? ほら、ねーねよ」
「何をいっておる、ティッタ! カナデが初めに話す言葉は、じーじにきまっておるだろう!? それにねーねという歳でもあるまい」
「ああん? それはどういう意味かしらポルネリウス?」
「愛しているという意味じゃ、ティッタ」
「うふふっ」
……なんなんだ、この茶番は。
完全にふたりの世界に入ったのを見て、私は盛大に呆れた。
傍から見れば、年端もいかない少女と老人である。
しかし、中身は妖精と人族。
故にお互いに好き合っていることは丸判りのふたりではあるが、どちらかが「愛している」と行った際には、もう片方は決して「自分も愛している」とは言わない。
真に他種族が結ばれることはない。ふたりはそれがわかっている。どれほど愛していようと、ポルネリウスは精神が耐え切れずティッタを置いて行く。そしてティッタはポルネリウスとの愛の証を身に宿すことはできない。
種族が違うというのは、簡単に乗り越えられる問題ではないのだ。
「あーうーあー。あーうーあー。……うんがぁぁああああ!」
いつの間にか私の傍に来ていた子どもが、何度か意味の分からない唸り声を羅列した後、叫びだした。今度は頭を掻き毟る奇行ぶりである。
「へぇぶぅっ」
激しい動きだったせいか、まだ重心の安定しない幼児である子どもはコテンと床に倒れた。しかも、顔面からだ。
「まったく……貴女は何をしているのですか」
助け起こすと、子どもは痛みで涙目になっていた。血は出ていないが、鼻や額が赤く擦りむいている。仕方なく治癒魔法をかけようとすると、涙目から一変して子どもが何かいいことを思いついたかのようにパァーっと笑顔になった。
「にーに! にーに!」
それが自分のことだと気付いたのは、子どもが放心状態の私を揺さ振りながら何度も「にーに!」と呼んだからだ。
「それは……その、私のことでしょうか?」
「あう! にーに!」
大きく頷き、屈託のない笑顔を見せる子どもに、私は不覚にもときめいてしまった。
…………なんと、可愛らしいのでしょうか。
思わず顔を赤くして反らすと、子どもは私の手を握ってきた。
ああ、もう! 可愛らしい!
子どもの手は小さく、とても頼りない。私はなんと馬鹿だったのか。このように非力な子どもに何を警戒する必要がある。むしろ、あのクソ野郎が絡んでいるのならば、この子どもを――カナデを守らなくてはいけないだろう。
兄として。
そう、兄としてだ!!
「……ねぇ、ポルネリウス。タナカがものすごくニヤニヤしているわ」
「気持ちが悪いのう」
「ふっ。なんとでもいいなさい。カナデの初めては『にーに』が貰ったのですから」
私が勝ち誇った目でふたりを見る。
「なんじゃと!? カナデは嫁にはやらんぞ!」
「そうよ! カナデちゃんには、王子様がぴったりだわ!」
「王子になど……私の目があるうちは、カナデをやりませんからね。決して……」
「あうあー」
こうして幸いな時は流れて行く――――
SS感謝祭終了です。
お付き合い、ありがとうございました。