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死神にさよなら  作者: 入江游
6 受難
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1


 彼女は一日の大半を自室で過ごす。暗い森を目におさめ、空と近い部屋でゆったりとした時間を過ごすのは嫌いではない。自分を慕ってくれる人々と温かな会話をすることも。だが外へ出て、思い切り駆け回りたい、街にも行ってみたい、と思うのも本心だ。

 彼女は小さく溜め息をついた。そんな望みは使命と天秤にかけるまでもない、つまらないものだ。

 彼女はみなの希望。みなの偶像。

 私は人の役にたっている? ならそれはとても大事なこと……。

 でも彼女は待っている。なにかしらの変化を。この白い毎日の調和を美しく崩す何かを。

 そしてそれはやってきた。

 月が空を横切る夜に、彼女は窓の外を見ていた。

 夜に溶け込むような人影が彼女の窓の側にやってくる。彼女の部屋からもれる明かりがその人物の容貌をほのかに照らす。

 茶色っぽい髪に長い手足。印象的なのはその紅唇。口紅をぬったように、とまではいかないが、妙に紅い。そして何より目を引くのが、目の色が左右違うこと。一方が黒っぽく、もう一方は赤い。

 人なのだろうか。だが人間は空を飛べない生き物だ。

では一体彼は何者なのか?


「見られてしまいましたわよ」

まるでカステに落ち度があるかのようにジョウが言った。空から偵察していたのはよいものの、窓辺にいた娘に見られてしまった。

「暗かったから大丈夫だろ」

だといいけど、とジョウは苦笑した。

これでは仮に中に入り込めたとしても、あの娘に自分たちが空を飛んでいた、と証言されては問題になる。もしそんな状況に陥ったらどうしようか。実は我々は天上より参ったスワンダミリアの使者だ、とでも言ってみるべきか。

(うん、そうしよう)

ジョウは頭の中でその場面を想像し、これで大丈夫、と勝手な確信をした。

「ここの内情を知るためには忍び込むより、信徒のふりをして中に入ったほうがよろしいでしょうね。象徴もあることだし、布教されましたと言ってね」

ジョウは上空から古城を見下ろした。

 驚くべきことだが、帰らずの森と呼ばれ、長らく恐れられてきたこのテローニ大森林の奥深くには城が建っていた。いや、城と言っても、昨今の教会建築のような繊細な尖塔や左右対称の均斉のとれた形をしているわけではない。暗闇でその輪郭しかわからないが、要塞のようなどっしりとした塊である。ところどころから光が漏れ、そこに窓があるとわかった。

 この城を見つけるなり、またもやカステが本能のまま行動した。大鎌を手に門扉を飛び越えようとするので、ジョウはしがみついて彼を制止しようとした。だが死神はジョウを引っ付けたまま高く舞い上がってしまった。そのまま狩りに行きかねないカステをなんとか説得して、偵察に留めたのだが、夜ということに安心して姿を消させることを忘れていた。

「外からこそこそ見ていてもわからん。だから、このまま行って狩れば問題ないと思うんだが」

「死臭がするとアナタは本当に短絡的になりますわね。ここで死臭のもとを刈ったとして、それで不法な生者の問題が解決するわけではございません。それが冥界神の意に沿うことだとお思いかしら?」

「………………俺らはまだこの教団についてあまりよく知らないから……まず基本的な、つまり一般信者にも公開されているあたりの情報を集めるべきだな。それから幹部に取り入って、詳しい事情を……ということか」

今後の計画をすらすらと述べるカステに、ジョウは素直に感心した。

「アラアラ、ちゃんと考えられるんじゃありませんか」

「まるで普段は何も考えていないと言っているように聞こえるんだが」

「ホホ、そこもわかってらっしゃるのね。サアサア、そうと決まったら、とっとと下に戻りましょう」

「今ここで俺が手を離したらすぐに地上に戻れるぞ」

「アラ、お怒りかしら」

 ジョウは死なないが、高い位置から落とされれば、土砂に埋もれたときのように気は失う。そうなればカステ自身もまた面倒なことになる。それがわかっているから、カステが脅しにとどめることはわかっていた。

「……くそ」


 設定としては、商人の兄とその妹ということにした。外見年齢からそれが妥当だろう。

「アタシたちはイオルの街のフォーガ・ビアンケにスワンダミリア様の教えの素晴らしさを聞き、ここまでやってきました」

 閉ざされた門扉についた小窓が開くと、目だけがジョウとカステをじっくりと検分した。

ジョウは腕につけた不死神の象徴を見せる。カステが人前で黙っているのはいつも通りだが、少し俯き加減で神妙な態度を装っていた。放っておくと無言でありながらも、どこか尊大な様子になるので、ジョウがそうするように指示したのだ。もちろん、人間相手に下手にでるなどカステがよしとするわけもなく、しぶしぶそうしているにすぎない。

演技はうまくできていたようで、小窓が閉まったと思ったら、扉の向こうでかんぬきを外す音が聞こえた。

「よろしい、通れ」

ギイイと嫌な音をたてて門が開く。門扉の内には二人の門番が控えており、そのうちの一人が玄関までジョウたちを案内した。夜のうちではわからなかったが、門の内に立つ城は石造りで、壁面につるが這い、その葉の緑に覆われている。別のところでは、根のようにも見える太いつる状の幹が城を絞め殺そうとしていた。窓は積み上げた石の隙間にすぎないように見える。計画性なく積み上げてできたふうだが、不思議と安定感がある印象を受けた。

(これは……きっととても古いものね。人は森を怖がったけれど、アタシが知らないだけで、ずっと昔の人たちはこうして森に住んでいたのかも」

 遥かな時を感じる石積みに比べれば、風雨にさらされているとはいえ入口の扉は新しかった。取っ手の金具は当世風の意匠だ。

屋内に入ると、そこから別の案内役に代わり、二人を控え室に導いた。

「初めていらっしゃった方はまずこちらにお通しする決まりとなっております。もうすぐ司祭が参ります。少々お待ちを」

言い置いて案内人は部屋を出て行った。石壁はむき出しで、床板は踏むと軋んだ音を立てた。人を待たせるのに椅子一つない部屋だ。

「臭い」

案内人が去るやいなや、それまで黙っていたカステが口を開いた。

「死臭がしすぎて鼻がどうにかなりそうだ」

カステは鼻をつまんで顔をしかめている。

「死臭のもとは門番やさっきの案内人ではないのですね?」

「違う……って、なぜおまえはそんなに落ち着いてんだ」

扉が開いて次の展開が訪れるのをじっと待つジョウとは対照的に、カステは部屋の中を行ったり来たりしている。

「落ち着いてはいかが? 簡単すぎるって考えるのはわかりますけど」

カステがジョウの前でぴたりと足を止める。

「ふん、人間に鼻はなんのためについているんだろうな。こんなに臭いのに何も感じんとは」

「……アナタ、その死臭をさせている人間を見つけても、すぐに狩ろうとしないで下さいね。ちゃんとその場の状況に合わせて行動していただかないと」

死臭がするということは狩るべき魂があるということだ。そのことは死神の本能を落ち着かなくさせるのに十分だ。

「…………」

カステが嫌そうな顔をした。それでも文句が口から出てこないのは、ジョウの言うことを理解しているからだ。

「ホホ、随分と物分りが良くおなりですわね」

「おまえのほうはその不遜な態度が治らんがな」

「マア、不遜だなんて失礼な」

他愛のない言い合いをしていると、何の前触れもなく部屋の戸が開いた。筒型の帽子をかぶり、白色のゆったりした服を着た司祭の登場だ。首から鎖に通した不死神の象徴をぶら下げていた。

「さて君たちはわたしたちの活動に興味がある、と」

彼はジョウとカステを上から下まで観察したあと、挨拶もなく本題に入ってきた。

「ええ、そうですわ」

ジョウの言葉にカステも頷く。

「何か言うことはないかね?」

「え? エエ、アタシたち、スワンダミリア様の教えを受けたくここに参りました」

司祭がこれまで顔に貼り付けていた笑顔がはがれ落ちた。どうやらジョウは早々にぼろを出してしまったらしい。

(何? 何がいけないのよ!)

「信徒をかたる愚か者らめ。合言葉を知らないのがその証拠!」

(合言葉ですって!?)

どおん、と部屋に音が響いた。

(アラ?)

ジョウの足もとから床が消えた。

(落ちる!)

 ジョウは落下し、地面に叩きつけられることを覚悟した。ぎゅっと目をつぶり、衝撃に備えた。

「何で飛べないかな、バカ」

地面に叩きつけられる衝撃のかわりに、ジョウはカステに抱きとめられていた。

「まさか、司祭の前で飛んだの!?」

「地面につく寸前で止まったから見えてない」

上を見上げると、開いた床が閉じていくところだった。

「あー……閉まってしまいましたわ。って、そろそろおろして下さいませんこと」

「はいはい」

床が閉まってしまうと、そこはまったくの闇だった。二人は目が闇になれるまでじっとしていた。

「一本道……かしら?」

しっとりと冷えた石壁に手を触れながら歩いて行く。

「あらやだ。何ですの、これ」

ジョウたちの前に空間は広がってはいるが、鉄格子が降りているため、これ以上前進することが不可能となった。

「つまりこれは牢ってことか」

カステが鉄格子を揺するが、びくともしない。

「ふん。これがなんだっていうんだ」

カステが大鎌を出して鉄格子を破壊すればいいだけの話だ。

「待って! 足音が……」

ばたばたと数人の足音がこちらに近づいてくる。彼らの持っている灯りで牢内がぱっと照らし出される。男たちがジョウとカステに鉄格子越しに向かい合った。先ほどの司祭と案内役、それに剣を腰に帯びた男が新たに増えた。

「おまえたちが何者であるか、ここですべてを話してもらおうか。どうやってここまで来ることができた? 護教官の手の者か?」

「何者か、ですって? アンタたちこそ何者よ」

ジョウの強気な態度を男たちは鼻で笑う。

「よくそんな口をたたけるな。この状況がわかってないのか?」

すごまれても、ジョウは怯まない。

「アンタたちこそ、このアタシによくそんなこと言えるわね。アタシはね……」

ジョウはにいっと口角を上げた。

「スワンダミリアの恩恵を受けたものなの。その意味がわかって?」

つまり、不死である、とジョウは言っているのだ。

「スワンダミリア様の恩恵は我らの教主様と聖女様にあるのだ! どうせおまえたちは護教官の手の者だろう。小娘と若造なら警戒されないだろうという計算だろうが、騙されないぞ」

「ホホホホホ!」

口に手をあてがい、ジョウは哄笑した。突然のことに男たちはぎょっとしたふうだ。

「フフ、では証拠を見せてあげるわ」

ジョウは親指の腹を歯で噛み切り、その傷口を男たちに向けた。身が削がれた部分から、赤々としたものが広がっていく。

「よく見なさいよ」

ジョウは痛みに顔をしかめながらも、にいっと口角を上げた。流れ出た血がジョウの手首に達したあたりから変化は始まった。血が傷口に戻っていき、削がれた部分が元に戻っていくではないか。皮膚が再生し、指紋もくっきりと浮かび上がる。

 男たちは口を半開きにして固まっている。

「ホホホ、信じられないって顔しているわね。これでわかったでしょ。アタシはね、不死の神の恩恵を受けし者よ! 教主様や聖女様に近しいのはアンタたちじゃなくて、このアタシじゃないかしら」

手荒い歓迎に頭にきているジョウは、男たちの呆け顔に溜飲を下げた。これで彼らが慌てて教主と聖女とやらを連れてこればいい。

「な、そんな……」

男たちは目の前で起こったことを対処できず、ただ顔を見合わせたり、ジョウの様子をうかがったりと落ち着かない。

そんな中、新しい足音が登場した。

「スワンダミリア様の名を汚すのはよしてもらおうかの。忌まわしき死の使いよ」

低く落ち着いた声は白髭の老人だった。

「教主様!」

男たちは老人をそう呼んで、彼に道を開ける。彼らは老人が来てそれまでの戸惑いを振り払った。

(教主! こいつが……)

白い装束の上には金糸の縁取りのある黒い外套を羽織っていた。白と黒とのまだらのあごひげを蓄え、青く鋭い眼光は老人のものとは思えぬ。

「死の使い、いいや、死と言ったほうがいいかの」

教主の視線はジョウではなくカステに向けられた。

(カステが死神だと気付いている……!?)

死とはまさしくカステの名である。カステは腕を組み顎を上げ、横柄な態度で教主と対峙した。

「おい、ジジイ、俺が死神にでも見えたか? 確かにそろそろお迎えが来ても不思議じゃないもんな」

「誤魔化そうとしても無駄じゃの。死よ」

ジョウはカステの足もとの闇がうごめいているのに気付いた。

(まさか、カステ)

「もし俺が死なら、そう死神ならばこう言うだろう。おまえには断末魔の苦しみをともなう死を与える、と」

カステの声は驚くほど静かだった。静けさの中に含まれているのは決して穏やかな感情ではない。彼は怒っているようだ。それもこの上なく。

「ほっ、それは怖いことだの」

とは言うが、教主は自分が優位にあると信じているふうだ。

 カステの足もとでうごめいていた闇が、勢いよくカステの手の中に伸びた。

(大鎌を出すつもり!?)

闇が大鎌を形づくる前に、教主の手が動いた。彼の手は小さな何かを握りしめていた。そこから飛び出した銀色の光の粒がカステにむかっていく。

 そこからの時間の流れはひどく緩慢にジョウには思われた。

 光の粒はどうやら水滴のようで、それがカステに触れた瞬間、大鎌になりかけた闇は溶けてなくなってしまった。カステの膝はがくんと折れ、彼は崩れ落ちるようにして倒れた。

「カステ!?」

慌てて駆け寄るが返事がない。体を揺すり顔をのぞきこむが、カステのまぶたはおり意識がないようだ。ジョウはキッと鋭い眼差しを老人にくれる。

「ちょっと! アンタ、カステに何したのよ!」

教主はいましがたジョウの存在に気付いたかのように、彼女をしげしげと観察する。

「おぬしは死ではないのう。不死神の恩恵を受けたと聞いたがの、それは真か?」

「……」

ジョウは押し黙った。教主は後ろに控える男たちを見やった。男たちはいましがたのジョウの再生とカステの闇の大鎌という、およそ人間のわざとは思えぬ事柄を目にしてしまった。だが彼らは混乱するよりも、二人を制した教主に今にも平伏せんばかりの畏敬の眼差しを向けるほうを優先した。教主は彼らに二言三言言葉をかけた。彼らは一様に頭を垂れ、老人の退室を見送った。

 頭を上げた男たちが最初にしたこと、それは鉄格子を開けることだった。ジョウとカステに対する恐れは彼らの中にはない。ジョウはぞろぞろと中に入ってきた男たちと倒れているカステの間に立ちはだかった。

「寄るんじゃないわよ!」

男の一人がジョウにむかって手をのばしてきた。避けようとさがると、別の男に二の腕をつかまれていた。ジョウは必死にその手から逃れようとするが、がっちりとつかむ腕を振りほどく力は彼女にはなかった。

男はジョウを引っ張って鉄格子の外へと出した。不死人とはいっても、腕力が優れているわけではない。少女と屈強な男ではどちらに分があるかは考えるまでもない。その場に踏みとどまろうと抵抗するが、ジョウはずるずると引きずられていく。

「離してよっ!」

もちろん男は聞く耳を持たない。地下をしばらく歩かされ、やがて小さな牢に押し込まれてしまった。四方を壁に囲まれた牢は、扉が閉まってしまうと真っ暗だった。

「開けなさい! 開けなさいよ!」

拳を扉に打ち付けて叫ぶが、もちろん答える声もなければ扉が開けられることもない。

「ネエ! カステは? カステに危害は加えないでしょうね!」



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