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死神にさよなら  作者: 入江游
5 不法な生者に関する調査
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2

二人は街外れの墓地にやって来ていた。真新しい墓標にカステは腰をおろした。横長の方形である墓石は腰を降ろすのにちょうどいい高さだ。ジョウはというと、その墓標を背もたれにして地面に座っている。他人が見れば顔をしかめ、墓標に眠る者の親族に見られようものなら怒鳴られそうな態度だ。

人々は災害のあった日、空を飛んだ二人組のことを忘れてはいなかった。街で聞き込みをしていたところ、ジョウたちに気付いた者が声を上げたので慌てて逃げ出し、この町はずれの墓地まで来たというわけだ。

「あーんな異常な死に方をしたのに、ちゃんと墓地に葬ってもらえますのね」

ジョウは墓石に刻まれた名を指の背で叩いた。フォーガ・ビアンケ、教会でカステが魂を狩った男の名だ。墓地に来たのはこの男の墓に、何か有益な情報がないかと期待したためでもある。

「人間は死んだ体を墓地に埋めるのが習慣だろう? 何が変なんだ」

カステは目だけをジョウに向ける。ジョウも上を向かず目をカステのいるほうに動かしただけだった。

「護教官の存在はこの前教えましたでしょう。彼らはね、自分たちの信じる一神教の定義から外れたものを見つけては排除するのが仕事ですの。それは死んだ者でも例外ではありませんわ。このフォーガ・ビアンケは胸に大穴が空いていたにもかかわらず、土砂崩れの被害があった場所から教会まで歩いた、そしてそれを多くの人が見ていますわ。死んでもおかしくない傷を負いながらも生きている男……異常ですわよね」

「おまけに死すべき魂の気配がしなかった。まあ確かに異常だな……それと墓とどう関係があるんだ?」

ジョウは首をそらすようにしてカステを仰ぎ見た。

「わかりませんこと? 異常な死に方……それが唯一の神から見放された結果だとか考える人は少なくないでしょうね。アイツは悪魔だったとか……そんな噂を街中で聞いたでしょう。そんな人物をよく教会が管轄する墓地に埋葬できたわねって話ですわ。ちょっと調べてみても生前から色々ささやかれていたことがわかりましたし」

 フォーガ・ビアンケは街でも名の知れた商人だった。毛織物を主な取扱いとしていたが、それ以外にもその時々に売れる物を見極めるのがうまく、あれやこれやと手を出していたらしい。そして手を出すのは商売だけでなく、遊びに関しても一緒だった。賭博に女遊び、その界隈でも名を馳せていたようだ。教会通いはあまりせず、富める者の義務ともいえる寄進も自身の財産のわりにはぱっとしない額だった。

「教会に良くは思われておらず、死に方も異常、街の人間にしてみれば祖先が眠る墓地に、そんな人物を一緒に埋葬したいなんて思うわけがありませんわ」

カステはふわっと浮いて、墓標の上に着地した。そしてジョウと足もとの墓標を見下ろす。

「でも埋葬された」

「そう、なぜならフォーガ・ビアンケは金持ちだったから」

簡単な話だった。フォーガの親族は教会と街に常駐する護教官に金を握らせたのだ。


ビカンケ家の屋敷はなかなか立派なものだった。正面玄関から訪問すると、不審そうな顔をした執事が扉から顔を出した。

「どなたで?」

ジョウは無言で不死神の象徴を見せた。すると執事の顔は見る間に色を失っていった。その反応を見て、ジョウは口を開きかけたが執事のほうが早かった。

「わ、わたくしどもは関係ありません。それは旦那様が勝手に……」

どうやら不死神の象徴が教会の意志に反するものだということは理解しているようだ。

「アタシたちは護教官じゃなくてよ。責めるつもりなんてございませんわ。ただね、ちょっと聞きたいことがありますの。正直に話してくれれば、アンタの主人が異端者だったなんて触れ回ることはしなくてよ」

ジョウはにっこりと少女らしい笑みを見せた。カステはその横で苦笑した。

 死んだ女の妻、今やビアンケ家の主人である、の許しを得て、二人は屋敷に招き入れられた。通された部屋には、幾何学模様と写実的な花が織り込まれた絨毯が敷かれ、背の低いテーブルの回りにクッションが張られた椅子が配されていた。季節柄、使われていない暖炉の上には商人組合の参加証が掲げられている。

現れた女主人は四十がらみのふくよかな女だった。喪服ではなかったが、地味な色味の上品な服装をしている。女主人は少女の姿であるジョウをあなどっている様子だ。カステは椅子には座らず、ジョウの背後に控えた。女主人はカステの鮮血色の右目に少しばかり不快な顔をし、彼に椅子を勧めることはしなかった。

ジョウが不死神の象徴を見せると、かすかに眉根を寄せただけでうろたえる様子はなかった。

「まあ、主人のものかしら。わざわざ届けてくれたのね。ありがとう」

そう言って異端の証拠をジョウの手から奪おうとした。ジョウはのびてきた女主人の手から逃れる。

 聞き込みを進めてわかったことであるが、女主人は金でなんとかフォーガを教会管轄の墓地に埋葬し、正教徒としての体裁を整えていた。そんな女主人が異端の印をちらつかせるジョウの意図をどう考えているか予想するのは簡単だ。

「フォーガは異端だったぞ、と言いふらされたくなければ金をおよこしなさい。と言いに来たわけではなくてよ」

早々に差し出してきた硬貨の入った袋を前にジョウはにやりとした。

「アタシが知りたいのはアナタがアタシにいくら払うかってことではなくて、アナタの夫の信奉した神とそれを教えた人間についてでしてよ」

「まあ、主人もわたくしも天上の神の僕、教えを乞うのは教会の司祭様に決まっていますわ」

「言い方が悪かったようですわね。アナタの夫がどうやって異端に走ったのか、それが聞きたいと言っているのです」

不死神という言葉に動じず、女主人はにっこりとした笑みを顔に貼りつけた。

「わたくしは何も知らないわ。このお金は、あなたが主人のものを届けてくれたお礼よ。受け取っていただきたいわ」

「こっちにはね、アンタたちを強請るよりももっといい儲け話がありましてよ。それにはその不死神っていうのかしら? それの信仰者っていうのがかかわっているらしくて調べているのよ。そういうことだから早く話しなさい。言わないなら本当にこの家の主人は異端者だって街中に言いふらしてやるわ」

 当然でまかせだ。金で問題を解決できると思っている人間には、自分たちが金絡みで動いている人間だと思わせたほうが信用されやすいだろう。

それでもなかなか話そうとしない女主人にジョウはさらに脅しをかけてやることにした。

「カステ」

ジョウが声をかけると、カステの手にはいつの間にか大鎌があった。女主人は目を白黒させている。大鎌は隠し持つことなど到底できない大きさだ。そんなものが急に現れたのだから、奇怪なことこの上ない。

「ここでひと暴れしてもよろしいのよ」

男が手品よろしく大鎌を出しての脅しに、女主人はようやく口を開いた。

「わ、わたくしは何も知らないのよ……気付いたら巡礼者のふりをした異端者がこの屋敷に滞在していたわ。主人はわたくしにも異端信仰に加わるように誘ってきたわ。一度だけだったけれども。もちろん、わたくしは拒否したわ。それ以後、主人はわたくしをはじめとする家の者に異教について語ることはなかった。そう、主人は一人で勝手に異端信仰に走ったの! 嫌だったけれど、うかつに周りに相談できる話じゃないから、かかわらないようにしてきたのよ。だから詳しいことなんて……」

ひたすら自分と異端者たちと無関係だと強調する女主人にジョウは苛々とした。彼女は不死神の象徴を見せた。

「でもこれが異端の物だったことは知っているんでしょう」

ジョウは女主人がこれを見たときの反応を思い出す。

「ええ、あの異端者が主人に与えたものよ」

「異端異端って言うけど、どういうものなの? 信奉する神が違うの?」

不死神信仰であると確信しているが、知らないふりをして聞いてみる。女は目を泳がせ、口の中でなにやらもごもごと呟いていた。敬虔な正教徒には異端の神について語るのもはばかられるのだろう。しばしの躊躇の後、女主人は観念したらしくはっきりと言った。

「スワンダミリアとかいう神よ。何でも不死を司る古い神だとか! それ以外は何も知らないわ!」

侮蔑を込めた、吐き捨てるようなもの言いだった。彼女が金で物事を解決しようとする人間だとしても、唯一神を畏れる気持ちは持ち合わせているとみえる。

「わかりましたわ。アナタが異教に関して何も知らなくても、夫のことはある程度知っていてくれますわよね? 行動や言動で何か不審な点はなかったの?」

「今言った以外には特にないわ。行動だって………逐一把握しているわけはない。主人は仕事であちらこちらに飛び回っていたし」

ジョウはこの女主人とその夫について考えた。女主人は先ほどから異端にかかわった夫と距離を置こうとしている。知らない、関係ないと言い張っている。正教徒として異端者をかばう気持ちがない、とばっちりを受けるのを恐れていると考えることは簡単だ。女主人は妻である前に正教徒であったということだ。だが、逆はどうだろうか、正教徒である前に妻であると。

 二つの不死神の象徴。持っていたのは金持ちの男と娼婦の女。それに加え、夫の行動を把握できない妻。加えて男は女遊びも派手だったときた。

「……夫を愛していた? 夫はアナタを愛していた?」

異教の話題とはまったく関係ない質問に、女はきょとんとし、それから徐々に顔を朱に染めた。恥じらいではなく怒りによってなのは、眉がきつく上がったことから察せられる。

「そんなことは関係ないでしょう!」

「いいえ。アナタにはそうでもアタシにはそうでなくてよ。アナタの夫はアナタに誠実だったかしら?」

女主人は疑わしそうな目でジョウをねめつけた。ジョウは余裕のある態度を崩さない。

「……夫には他に女がいたのよ」

諦めの含まれた声音だった。

「しかも金で身を売るような浅ましい女よ。人を使って調べさせたわ。『青い夜』という名の安っぽい店ですって。身請けの算段もつけていたらしいわ…………脚の細い若い女だそうよ……」

夫への愛か、妻としての意地か。言葉を絞り出す様子に彼女の本心のようなものが垣間見えた。

「わかりましたわ。ありがとう」

ジョウはゆるゆると腰を上げた。女主人は自ら立ち上がって訪問者を見送ろうとはしなかった。ただ控えていた使用人に視線をやり、さっさと追い出すように目で命じただけだった。ジョウはそんな女主人の態度を露ほども気にしていなかった。


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