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糸結び  作者: 吉満日吉
1/2

いち

 むかしむかしあるところに、といってもそれは10年ほど前のお話。


 この年に大学一年になった一人の男がいました。男には気になっている人がいます。同じ学校に通っている女性です。

 入学式の時に彼女を見て男は一目惚れをしていました。しかし、この男は今まで彼女を見つけては目で追うのみしかしていない。そう、ヘタレであったのです。


 11月の下旬。そんな男は、学校帰りに小腹が空いたということで入った喫茶店。ほんの気まぐれで、たまたま目についたため入ったようですが、そこには男が一目惚れをしていた女性が店員さんとしていたのです。

 男はおどろきました。彼女がこんなところにいるなんて思っていなかったのです。


 それから男は、毎日学校帰りにこの喫茶店に通うようになったのです。晴れた日も、曇りの日も、雨の日も、風が強い日も、雪がぱらついている日も、彼女が喫茶店にいない日も、もしかしたら会えるかもしれない。そう思って男は毎日通っていました。

 毎日通っていたにもかかわらず男は挨拶をしたら返してくれる。そんな仲までしか発展していません。


 12月24日、クリスマスイブ。この日も男は、学校が冬休みに入っているのに喫茶店に来ていました。長く喫茶店にいるために読書を始めた男は、いつしか喫茶店で読書をするのも好きになっていたのです。でも、一番の目的であるのは彼女を見ることで変わっていません。

 この日は雪が降っており、徐々に積もっていました。明日はホワイトクリスマスになるでしょう。

 読書をして、ときどき彼女を見る。男はこうしてクリスマスイブを過ごしていましたが、呼んでもいないのに一目惚れをした彼女が男の近くに突然やって来たのです。

「お客様、すみませんが今日はこれから雪がもっとひどくなるようで、お店を早く閉めさせてもらうのですがよろしいですか?」

 店内を見ると男以外お客の姿は見えません。

 わかりました。と、男はお金を払い店を出ました。

 外は雪がビュービューと降っています。

 男が喫茶店に来たときは傘を使わなくても大丈夫な量しか降っていなかった雪が、今では勢いよく降り積もり靴が完全に埋まる深さにまでなっていました。

 喫茶店は男が出たときに『OPEN』から『CLOSE』へと看板は変わっています。そのドアの前に男はまだいました。

 空を見ていた男は、ここで待っていても雪は降りやまないと思ったのでしょう。店を出て10分ほど経ってから雪道を歩き始めました。靴はぬれ、雪が靴の中に入っていると思いますが、男はそれでも止まらずに自分の家に向かって歩いています。


 ――そんな男を私は少し不憫に思いました。

 毎日通って常連になったにもかかわらず、大学では話しかけにいかない。喫茶店でさえ積極的に話さないのですから。

 これは私からのクリスマスプレゼントです。


 突然、ゴーッと強い風に吹かれ、男はよろめきます。地面は雪で滑りやすくなっているわけですから当然倒れました、顔面から。

 雪がクッションとなりケガはないようです。

 倒れた男はムクッと上半身をあげると、追い討ちをかけるように後ろから物がぶつかってきます。

 あまりに痛くはなさそうでしたが、物があたった衝撃で地面につけていた手が滑り、再び同じ格好で顔面から雪の中に突っ込みました。

「すみません!! 大丈夫ですか!?」

 背中にあたった物、傘の持ち主は男が惚れている彼女の物なのです。

 彼女に気づいた男は、大丈夫。と言いました。

 かわいらしい長靴をはいていた彼女は、男に白い、親指の部分だけが分かれているミトンの手袋をした手を差し伸べます。しかし、男はうつむいていて彼女の手に気がつきません。

「すみません」

 彼女は、謝りながら男に見えるように顔の前に手袋をした手を出しました。

「いつもお店に来てくれていてありがとう。えーっと、雪野(ゆきの)君だよね? 私、同じ大学なんだよ」

 あろうことか、彼女は男の名前を知っていたのです。

 男はおどろいたのか、顔をパッと上げますが、彼女の笑顔にまた下を向いてしまいます。そして、彼女の差し出されていた手を見て、その手を取りました。

 男は彼女に引っ張られるように立たされます。立つときバランスを崩しかけて倒れそうになりましたが、二人で支え合い持ちこたえます。

 あっ。と男は思ったのでしょう。つかんでいた彼女の腕をさっと離しました。

「ふふっ」

 彼女の笑い声を聞き少々、いや、相当恥ずかしかったのでしょう。男の背中にあたった傘を拾おうとして、盛大に一人ですっころびました。

 彼女はそれを見てまた笑います。そしてまた、男に手を差し出します。

 男は彼女の傘を拾ってから、それとは反対の手で彼女の手をつかみました。

「僕は、貴女が、神田(かんだ)秋穂(あきほ)さんが好きです。ずっと前から好きでした。付き合ってください!」

 男はその状態でいきなり告白をしました。恥ずかしさのあまりどうにでもなれと考えたのでしょうか。

「えっ!?」

 彼女は笑顔が消え、おどろきの表情を浮かべます。


 ――ここで私はお節介をします。


 風が、強い風が彼女をおそったのです。

 彼女は風のせいで男に向かって倒れていきます。

 男はつかんでいた彼女の手を離し、体で彼女を受けとめました。

「ご、ごめんなさい」

 抱きかかえられたまま謝る彼女に男は聞きます。どちらの意味のごめんなさいなのかを。

 彼女は男からは見えないところで顔を真っ赤にしていました。空から降って来る顔にあたる雪をも溶かす勢いです。

 そのまま数秒。

 この状態で離れないなら答えは決まっているも同然です。

「わ、私も好きでした。初めてうちの店に来てくれたときに好きになりました。こんな私で良ければお願いします」

 彼女は、男にささやくように小さな声で、顔を、首まで真っ赤にしながら言いました。

 この姿を男が見ていたらかわいさのあまり放心してしまったでしょう。

 男はその言葉を聞き、上を向きます。

 空からは、さっきまで降っていた雪は弱くなり、しんしんと一組のカップルを祝っているようでした。



 ――ふう、これでこの二人は結ばれましたね。さて、次の人達を探すとしますか。


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