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モノハイトシク、スベテアワレナリ

作者: keisei1

 3028年、宗教団体「Kamimichiかみみち」に支配された日本は、環太平洋戦争に突入し、その無謀かつ、妄執的な戦闘行為を経て敗北しつつあった。Kamimichiの開祖であり、ネオ東京の指導者でもあった巫女、「卑弥呼」は自らの超能力を盲信し、尚も戦争を続けようとしていた。

 激しい爆音が鳴り響く。度重なる空襲によって、瓦礫の山と化したネオ東京。そのアスファルトを高校生、厚木敏則は自転車を猛スピードで漕いで、親友、根本祐司のもとへと急いでいた。敏則は、瓦解した祐司の家のドアをはぎ取り、祐司を瓦礫から助け出す。

「大丈夫かぁ!? 祐司」

「あぁ! まただ! 国連軍の連中は容赦ねぇな」

 倒れ込んで、埃まみれになっていた祐司は、何とか態勢を立て直し、服の汚れを拭う。二人は宗教に溺れ、戦争にまで邁進してしまった大人達に幻滅していた。この戦争を止めなければ、ネオ東京は、いや日本は壊滅する。そう危ぶんでもいた。だが同時に反政府組織「Hitomichiひとみち」が政府転覆の打開策を練っているのも知っていた。

 Hitomichiが始動すれば、ネオ東京は、日本は、助かる。そう希望を抱いて二人は廃墟の上に立ち尽くす。上空では尚も国連軍の爆撃機が旋回し、空爆を行っている。

「全く冗談じゃねぇぞ!」

 そう敏則は叫ぶと、祐司を自転車の後ろに乗せて、安全圏、とにかく空爆を回避できる場所を探そうとする。敏則はスマホの危機回避アプリを使って、逃げ場を探す。だが今日の危機回避アプリはどうも様子がおかしい。何度指示を仰いでも、ネオ東京の中枢、霞が関を指定するのだ。

「どういうことだよ? これ! 霞が関に行ったらイチコロだぞ!」

 祐司は両手を広げて叫ぶ。敏則もそれに同意する。だが同時に敏則は何かを閃いたように口にする。

「Hitomichiの蜂起が今日起こるんじゃねぇか? それで霞が関を陥落させるとか」

「まさか! まだ準備は出来てねぇぞ! Hitomichiの連中も!」

 空爆がしばしやんだのを待って敏則は決意する。自転車を霞が関の方向に向けて走らせたのだ。

「おいおい! どうするつもりだよ! 俺達ガキが行っても何にもなんねぇぞ!」

 その言葉を耳にした敏則は口元を拭うと自転車を加速させる。

「何にもなんねぇさ。けど歴史の目撃者にはなれる」

 敏則の煽り文句に、祐司は満更でもなさそうだ。口元に笑みを浮かべる。

「歴史の目撃者か。悪くねぇな。それ。いっちょ行ってみるか!」

「おうよ!」

 そうして二人は霞が関に向けてひたすら自転車を漕いで行った。

 その頃Hitomichiの青年指導者、加賀亮二は機が熟したのに気づいていた。野党議員と、与党議員の一部と内通することに成功し、軍幹部とKamimichiの宗教的指導者を拘束する旨の約束を取り付けていた。あとはHitomichiが中心となり、民衆を蜂起へと導くだけだ。亮二はそう考えていた。武装メカに乗り込む同胞たちを前に亮二は口にする。

「常に幸運と成功は我らとともにある。勝利を我が手に」

 Hitomichiの戦士達は胸に手をあてて必勝を誓う。やがて彼らは武装メカを発進させて霞が関へ向かっていく。亮二は元恋人、今は卑弥呼を名乗る近藤貴子の写真が入ったペンダントを見つめていた。

 霞が関に置かれたKamimichiの本拠である神殿、「Yashiroやしろ」では卑弥呼が、片腕、藤光浩介とともに、崩落しつつあるKamimichiの今後を文字通り、占なっていた。藤光はオカルティックな科学者であり、卑弥呼をkamimichiの開祖に仕立て上げた張本人だ。藤光は、卑弥呼を操りながらも、同時に徐々に現れてくる卑弥呼の呪術師としての才覚に溺れていた。利用しながら、利用される一種のパラドックスに陥っている。藤光は恭しく卑弥呼に尋ねる。

「卑弥呼様、与野党の議員がKamimichiの祭司達を拘束し始めています。我がKamimichiの命運も最早これまでかと」

 卑弥呼は黒く長い髪、白く透き通った肌の美しい女性だ。彼女は蠱惑的に瞳を妖しく輝かせ、ロウソクの炎を灯す

「弱気だな。藤光。私に巫女の才能を見出したお前らしくもない」

 藤光は自分を恥じ入るように頭を垂れる。

「しかし同時にそれは事実。Kamimichiの崩壊は避けられない事態かと」

 卑弥呼は右手を大きく振り上げると、少しヒステリックな声を挙げる。

「まだ分からぬ! 私の超能力があれば形勢逆転も十分にあり得る!」

 その妄執めいた言葉を前に藤光は礼をするしかなかった。自分が卑弥呼、元は普通の女性をここまで祀り上げてしまったのだ。そして実際、自分は卑弥呼を崇拝もしている。藤光はそう思った。卑弥呼と藤光は依存し合っていた。そしてその甘美な関係のまま、破滅へと突き進んでいる。卑弥呼は最後、手を優しく挙げると、ロウソクを浮遊させ、破裂させた。それは卑弥呼の超能力がまがい物ではない証でもあった。卑弥呼は亮二の名前を口にする。

「亮二。ただの私の恋人であれば良かったものを」

 霞が関へと自転車で辿り着いた敏則と祐司が目にしたのは、政府軍とHitomichiの武装メカの戦闘だった。政府軍の武装メカに激しく倒されるHitomichiの武装メカ。ビルが崩れ、アスファルトがひび割れると、地面は激震する。祐司はたまらず叫ぶ。

「敏則! 巻き添えになったら元も子もねぇぞ!」

 敏則は口元を袖で拭うと、自転車をなおも走らせる。霞が関のYashiroに向かって。

「俺は見てぇんだよ。日本中を騙したペテン師、卑弥呼の最後をな」 

「ってお前! うわぁ!」

 またも激しく震える大地。それでも構わずに敏則はペダルを漕ぐスピードを落とさない。遠方に銀白色の神殿が見える。Yashiroだ。Yashiro周辺では、Hitomichiの武装メカが包囲を始めている。最早Kamimichiはその地位を保つことが出来ない。存亡の危機にあった。するとYashiroから激しい光が瞬きだす。同時に一瞬にしてHitomichiの武装メカの大半が吹っ飛ぶ。それを見た敏則は叫ぶ。

「何だこりゃあ! すげぇぞ」

「マジかよ」

 祐司は驚き、狼狽する。激しい光の中心には卑弥呼がいた。彼女は宙に浮かび、黒い髪を激風に揺れるまま任せている。

『冗談じゃねぇぞ』

 敏則と祐司は口を揃える。卑弥呼が何の力か知れないが、不可思議な能力によって宙に浮かんでいる。これは幻覚でも錯視でもない。現実だ。その感触が敏則と祐司の胸を覆う。「超能力」。敏則と祐司の心にその使い古された言葉がよぎる。散々宣伝されていたが、本当に卑弥呼は超能力に目覚めていたのだろうか。バカバカしい。そう思いながらも、二人は目の前の現実から目をそらせずにいた。

 Yashiro前に陣取った亮二率いるHitomichiの軍勢に、卑弥呼は高邁な口調で呼び掛ける。彼女はネオ東京、日本が戦争に敗れるとは微塵も思っていないようだった。自己洗脳に溺れ、自らの力を過信している。彼女の声は低く、威圧的でさえあった。

「我が祖国、日本を見捨て、反旗を翻す売国奴よ。今一度告げる。その鉾を収め、我がもとにひれ伏せ。戦争はやがて、好転し、祖国日本に勝利を持たらすであろう」

 武装メカのコックピットでそれを聞いた亮二は、卑弥呼に屹然と告げる。

「戦況は好転しない。このまま放置すれば、ネオ東京、日本は壊滅的な打撃を受ける。その前に、戦争を終わらせるべきだ」

 卑弥呼の周囲には風が激しく吹き荒れている。卑弥呼は怒りに任せて言葉をぶちまける。

「小生意気な理想家め。いつの間に空疎な平和主義者に堕した!」

 その言葉と同時にまたも、光と風がHitomichiの武装メカを襲う。激しい打撃を受け、傷つくメカ達。その時、光の一部が祐司の首筋を切り裂いた。

「てぇっ!」

 祐司は首筋を抑えるとうずくまる。

「大丈夫か!? 祐司!」

 するとしぱらく痛みに悶えたあと、祐司は何かに憑りつかれたように、暗澹とした声で敏則の手を払いのける。

「触れるな。売国奴め」

「何言ってんだ? 祐司。大丈夫かよ」

 するとその光景に、遠くから気づいた卑弥呼が祐司に呼び掛ける。

「お前も『覚醒者』か? 来るといい。ともに神の国を作り上げよう」

「御意」

 そう呟くと祐司は空高く舞い上がり、卑弥呼のもとへと連れ去られていく。その姿を呆気に取られて敏則は見送る。卑弥呼は自分の前にかしずく祐司の手を握り、傍に立たせる。

「選ばれたものだけが、その荘厳なる光景を目の当たりにすることだろう。そう! 神の国の!」

 三度光が瞬き、武装メカを飲み込んでいく。アスファルトには亀裂が入り、傾いていく。バランスを崩しながらも敏則は祐司にこう呼び掛けていた。

「祐司ぃー!」

 祐司は冷たく、精気の無くなった瞳でこう呟く

「凡庸なるものは黄泉の国へ」

 その頃、卑弥呼の片腕、藤光はアタッシュケースを持って、霞が関の裏道を歩いていた。彼のアタッシュケースには債権や株式が山ほど積み込まれている。彼、藤光は知っていた。卑弥呼の威光は既に衰え、霞が関での抵抗は、最後の足掻きであることを。藤光は心臓の薬を大量に飲み込むと、フラフラと裏道を歩いていく。表通りではついにKamimichiに反旗を翻し、蜂起した民衆、特に若者達が大挙してYashiroへと向かっている。藤光は息も切れ切れに歩くと、やがて口から吐血し、ビルの壁に寄り掛かる。そしてこう零すと、力なく絶命していった。

「我が祖国、我が故郷、ネオ東京に栄光あれ」

 Kamimichiの宗教指導者や、保守派政治家達は、Hitomichiと連携した野党幹部達に次々と拘束されていた。もう彼らに抵抗する気配も気力もない。その情報を伝え聞いた亮二はYashiroで対峙する卑弥呼に告げる。Yashiroには若者が押し寄せている。

「もうお前を支えていた保守勢力は、押しなべて拘禁された。彼らはもう次に打つ手立てがない。卑弥呼、お前も投降するんだ。祖国を思うならば」

 卑弥呼は両手を広げ、光を充満させる。それに祐司も同期しているようだ。二人は声を合わせる。

『屑どもめ! 小賢しい!』 

 光が迸り、なおも武装メカを揺るがしていく。その時、亮二は側近の加藤康介に連絡していた。

「康介。聞こえるか。粒子砲を発動させる。卑弥呼は一人の女性としてはもう救い出せない。彼女を止めるには……消すしかない」

 粒子砲。Hitomichiが秘密裡に開発していた新兵器だ。凄まじい破壊力を持つ。その名前を耳にした康介は、亮二の決意を感じ取っていた。亮二は、元恋人近藤貴子の面影、想い出を振り切ろうとしているのだと。そう思うと胸が張り裂けそうだった。だが亮二の揺るがぬ意思を前にして、康介は粒子砲のエネルギーを充填させていく。

 光が充満する上空で、卑弥呼と祐司は舞っている。彼ら二人は、超能力に目覚めた人々、「覚醒者」の手によって世界を制圧しようとしているかのようだった。卑弥呼は呟く。

「我が支配は一万年に及び、その願いは全て叶えられる」

 その言葉を聞いた敏則は、右手を勢いよく振りかざすと叫ぶ。

「ふざけてんじゃねぇ! 破滅するならテメェ一人で破滅しやがれ!」

 そして続けざまこう大声を挙げる。

「祐司を返せよ! 早く! そいつは俺の大事な友人なんだ!」

 卑弥呼は冷たい目で祐司と、そして敏則を交互に見る。

「決めるのは、この青年だ。私ではない」

 するとその時、祐司の中で何かが蘇る。何かが思い起こされたようだった。「祐司ぃ―!」大きな声で、自分に呼び掛ける敏則の声が届く。祐司は光の只中で想い出。敏則との楽しかった幼少期、日々を思い返していく。公園で野球に興じた日々、一緒に教師に怒られた放課後、自転車で空港まで飛行機を見に行ったあの日。プールで楽しげに潜水ゲームに励んだ夏。それらが全てが、「覚醒」したはずの祐司の胸で響き、切り裂くようにうずいていく。

 気が付くと祐司は卑弥呼の手を離れ、ひらりと舞い上がると、敏則の傍へと降りて行っていた。敏則の手を辛うじて握ると、祐司は気を失ってしまう。敏則は、痛々しげに目を閉じる祐司を抱き抱える。

「大丈夫か」

 祐司は少し微笑んだだけで言葉を返せなかった。その時、康介の操る粒子砲のエネルギーは、頂点にまで達し、放射されるのを今や遅しと待っていた。Yashiroには半ば暴徒と化した人々が乗り込んできている。その状況を目にして卑弥呼は最後をついに悟ったのか、こう零す。

「神風は、吹かずか」 

 その言葉と交差するように、粒子砲が放射される。物凄い光とエネルギーが卑弥呼を包み込んでいく。Yashiroは炎に包まれ、炎上し、崩壊していく。卑弥呼の儚く、甘い幻想とともに。粒子砲に覚醒した力でさえも奪われた卑弥呼は、地上に力なく舞い降りると倒れ伏す。その卑弥呼に駆け寄る人物がいた。亮二だ。亮二は卑弥呼の手を優しく握ると、話し掛ける。

「悪いのは、君じゃないさ」

 そう聞いた卑弥呼、いや近藤貴子は我を取り戻したように最後、手をゆっくりと揺らめかせる。

「私からの、プレゼントだ」

 するとビルや家屋が崩壊し、廃墟と化していたネオ東京の街並みに、色とりどりの花々が咲き乱れて行く。花は人々を包み込み、戦争で傷つき、疲弊した彼らの心を癒していくようだった。エデンのような花園に包まれて亮二が、もう一度卑弥呼の手を握ると、彼女はこう呟いたようにも亮二には思えた。

「モノハイトシク、スベテアワレナリ」

 陥落したYashiroを前に歓喜する人々、卑弥呼を抱き抱えたまま動かない亮二を見つめて、敏則はこう言った。

「本当に、歴史の目撃者になっちまったな。祐司」

 それから三カ月後、戦争が終わり、穏やかさを取り戻した日本、3028年のネオ東京で、今日も敏則は自転車に乗り、祐司を迎えに行っていた。自転車を滑らせて、祐司の家の前に乗りつけるとこう大きな声で呼びかける。

「祐司ぃー! 行くぞ!」

「おぅー!」

 二か月の療養を経て完全に回復した祐司は、トーストを口にくわえて家から出て来る。敏則の自転車の後ろに跨るとこう叫ぶ。

「いっちょ! ぶっ放そうぜ!」

 祐司がなぜ超能力に覚醒したのか、そしてなぜ卑弥呼と同期したのか、その理由は分からない。ただ一つ言えるのは健康体を取り戻した祐司が、今も敏則と親友同士である事実だけだった。二人乗りの敏則の自転車は、再建と復興の道を辿るネオ東京の街を駆け抜けて行く。ネオ東京の街並みには卑弥呼の残した花々が、今もって綺麗に咲き誇り、鮮やかな色彩を放っていたという。そして敏則と祐司の耳には、遠くから、光の彼方から、卑弥呼の今際の言葉が、こう響いたようにも思えた。

「モノハイトシク、スベテアワレナリ」

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