□4場 深夜忍んで
ホーストンの夜は寒い。季節も関係するが、地形の影響が大きい。
そのせいでなかなか寝つけないことも多いが、今夜アステルが起きてしまったのは、寒さのせいではなかった。
カチャ、という音がしたのを聞いて、布団の中で体勢を変え、扉の方を向く。廊下からの光が僅かに入ってきているのを見て疑問に思う。眠い目を擦ってもう一度見るが、その時には扉は完全に閉まっていて、部屋は暗くなっていた。
アステルは上半身を起こす。枕元で眠っていたジョージが、いつの間にかいなくなっていることに気づく。
ふと床に視線を向けると、そこで寝ていたはずのユキトも姿を消していた。
(二人でこんな時間にどこに行ったんだ……?)
机の上の置時計を見ると、午前二時を過ぎていた。
ベッドから起き上がったアステルは、シャオンが持ってきた荷物の中からダッフルコートを引っ掴み、羽織ながら部屋を出た。
すぐにユキトの背中を見つけ、気づかれないよう距離を置いてついて行くと、裏口からホテルの外に出る。
フードを目深にかぶり、長い髪もなるべく外に出ないようにしてから、後を追った。
外は、より一層冷気が感じられる。空は薄っすら雲が掛かっていたが、辛うじて月が見えるかどうかというところだ。
遠くの建物から聞こえる僅かな物音以外せず、風や動物の気配も無く、静まり返っていた。昼間の情景とは大きな違いだった。
流石にこの時間に開いている店はほとんど無い。ただでさえ人通りが少ない中、ユキトが裏道ばかり行くので、本当に誰とも出会うことなく進む。
(俺としては助かるけど、なんでこんなところ通って――)
アステルの思考は遮断される。どうやら目的地に着いたらしい。
ユキトが立っているのは、病院の前だった。
ホーストンの中では、一番大きい病院だったとアステルは記憶している。実際に来たことはないが、病院の名前に覚えがある。セーデルを診てくれていた先生が、ここの医者だったからだ。
ユキトが病院の表ではなく裏口に回る。裏手には林があり鬱蒼としていて、病院の窓が沢山並んでいるが、明かりがついているところは無く、月明かりだけが頼りという状況だ。
その消灯時間も過ぎ真っ暗な病院に、ユキトとジョージが入っていく。忍び込むと言った方が正しいかもしれない。
アステルも中に入るか少し迷ったが、事態が理解出来ないので、追うことはせずその場で待つことにする。
傍にあった岩の陰にしゃがんで身を隠し、手を擦り合わせ寒さに耐える。
しばらくして、二人は外に出てきた。
ユキトは手に何か持っているようだが、どんなものかまでは遠くて判断出来なかった。
それからすぐにまた移動を始めたので、慌てて立ち上がり追いかける。
(まったく、一体どこまで行くんだよ! これで服汚れたらユキトのせいだからな!)
向かったのは林の中だった。
軽々と進んでいくユキトに対し、アステルは舗装されてない道に慣れていないせいか、土の上を歩くことに苦労し、見失わないようにと必死だった。転びそうになる毎に心の中で恨み言を連ねながら、めげずに木々の間を縫う。
(こんな道無き道を歩くのは、きっと小さい頃以来だ。ただでさえ、最近運動なんてしてなかったから、流石にもう疲れてきた……)
と、肩で息をし始めた頃、前方でユキトが動きを止めた。
林を抜け、開けた場所に出る。周囲には建物など何もない、ただ伸びっぱなしの草が生えただけの原っぱだった。こんなところがあると、ホーストン住民も知らないだろう。
人工光が無いので、月明かりが一際はっきりと見える。アステルは木の陰で窺うと、そこからでもユキトの様子がよく分かる。
月光の下、ユキトは肩に乗せたジョージに話しかける。
「この辺でいいかな」
「せやな」
そう答えたジョージは肩から飛び降り、傍にある倒れた木の上に降り立つ。
その後、ユキトは邪魔な髪を耳に掛かける仕草をし、手に持っていた“何か”を顔の前で振る。それが液体の入った瓶であると、アステルはようやく理解する。
(中身は……血? 輸血用の血液か?)
目を凝らしてラベルの字を読んでいたら、ユキトが瓶の蓋を開け始める。
そして、その中身を――――――あろうことかグイッと呷った。
「なあっ!?」
血液を飲むユキトの姿に驚愕したアステルは、思わず声を上げてしまった。
当然、その声で二人にバレてしまった。