□3場 行動原理
部屋に戻ってすぐ、シャオンがやって来た。
アステルの荷物を届けに来たのと、明日の予定を確認する為だった。
「昨日お話した通り、明日の最終列車に乗り、ホーストンを出ます。ホーストンは始発駅で西に行く一本しかありませんので、乗り間違えはないと思いますが、念の為に説明しておくと、隣町のミラティには明後日の午前中に到着し、その駅から更に西に向かいます」
「その方法なら、エルキン領外に出る最短のルートだね。まあ徒歩は無いにしても、長距離馬車は誰が乗ったか調べやすいから、すぐ足がついちゃいそうだし、やっぱり利用者が多くて紛れやすい列車が一番なのかな。お金持ちなら利用出来る手だし」
「それに移動速度の面でも、長距離馬車では早く追いつかれてしまう可能性が高いので」
ユキトとシャオンの話をアステルも聞いているが、ベッドの上で胡座をかき、傍で寝ているジョージの毛を弄りながら、頬杖をついて実につまらなそうにしている。
そのアステルはテンションの上がらないまま訊ねる。
「ミラティって、話には聞いたことがあるけど。エルキン一の大都会なんだっけ?」
「そうそう。エルキン領内だけじゃなくて、ドーア国の中でもかなり高い技術力を持ってる……んだけど、それをほとんど観光開発の為にしか使って無い、ちょっと変わったとこだよ。僕も一度行ったことがあるけど、街中が広告だらけで、ネオンサインっていうピカピカした看板まであるんだよ~」
楽しそうに話すユキトを見ていたアステルは、頬杖を止めてシャオンに向き直る。
「そこは見て回れるの?」
「車内清掃や運転手の交代等がありますので、その分停車時間は長いかと思いますが。それでも二十分あるかどうかでしょう」
「じゃあ、ほとんど見られないってことか……」
気にして無い風を装っているが、明らかに残念がっている。
シャオンもそれには気がついているようだが、表情を崩さず主に言い含める。
「ミラティ観光は、またの機会にした方がよろしいかと」
「そうだね。次があるよ」
ユキトは同意しているが、アステルの表情からして納得しているようではない。
本当にエルキンに戻れる日が来るのか、次回というものがあるのかと、考えているのが見て取れる。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って、アステルはふらふらと部屋を出て行く。
ユキトが泊まるこの部屋は安いとはいえ、バスルームにトイレも付いている。
その疑問をユキトが口にする前に、シャオンが察して答える。
「そっとしておいてあげて下さい。少し外の空気を吸ったら戻ってくると思います」
「シャオンはアステルのこと、よく解ってるんだね」
なんだか嬉しくて柔らかい笑顔をすると、シャオンも僅かに微笑んだように見えた。
それは一瞬のことで、すぐに真面目な表情に戻ると、急に頭を下げられる。
「ユキト殿も……ありがとうございます」
「? 何が?」
「アステル様の強引な“お願い”に、文句を言わず付き合って下さっているようなので」
「ああ、それは別に――――ねぇ、シャオンっていくつ? 多分僕より年下だよね?」
突然の質問に、シャオンは目を丸くしながらも答える。
「二十歳ですが……?」
「なら、まだやりたいことがいっぱいある年頃だよね。それに、アステルの行動は領主の意に反することだ。それに付き合うのは、実際雇っている人を裏切る行為になるはず。そこまでして、シャオンがアステルの味方をする理由は何?」
何かを試していると、シャオンも気づいているのだろう。
一度目を閉じ、時間を掛けて考えてから、瞼を開くとはっきりした口調で言う。
「私はアステル様のことが好きですから」
ベッドで丸まっているジョージの耳が、僅かに動いたのを横目で見る。
それから、ユキトはシャオンの顔を見ると、首を傾げる。
「恋した相手だから守るということ?」
「人を好きになるのは、何も恋愛感情だけではないのでは?」
「……それもそうだね」
そう言うユキトの顔は、満足そうにそっと笑みがこぼれていた。
バフン、と音を立ててベッドに腰を下ろし、両手を後につく。
「僕がアステルを助ける理由も簡単だよ。『どうせ暇だし、困ってる人を見捨てるのもなぁ』って、それだけ。それに、『本当に困ってる人にこそ助けは必要』ってよく言うけど、それは全くその通りなんだよ。だから僕はアステルが逃げのびるまで協力するよ」
ユキトは今度こそ、花を咲かせたような満面の笑顔を見せた。
シャオンは部屋の扉を一瞥しただけで何も言わず、ユキトに向き直りお辞儀をした。
そのすぐ後に、アステルが部屋に戻ってきた。