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男姫様は魚がお嫌い  作者: 川咲弐号
■ 第2幕 ■
6/25

□1場 新しい朝の風景

 一夜明けて、ユキトの部屋に一つだけあるベッドの上には、アステルの姿があった。

 ベッドの傍らにある机の椅子にシャオンが座り、ユキトとジョージは硬い床で寝た。

 まだ眠っているアステルを見て、痛めた背中擦りながら、ユキトはシャオンに訊ねる。


「声かけていかないの?」

「いえ、寝かせておいて下さい。昨日逃げ回ってお疲れと思いますから」

「そうだね」


 優しげに主を見つめるシャオンにつられて、思わず笑みを浮かべる。


「では、私は一旦失礼させて頂きます。列車のチケットとアステル様の荷物を持って、また伺います」


 扉をそっと開けて出て行く背中を見送る。


 しばらくして、ユキトも部屋を出る支度をする。朝食をとる為だ。

 このホテル―――ホーストン・クリスタル・ホテルは、一階と最上階にレストランがあり、宿泊客の朝食と夕食はそこで出される。最上階はもっぱら上流客が利用し、ユキトのような一般客は一階レストランを使用する。

 その一階レストランにて、ユキトはポケットに忍ばせていたジョージに、小声でねちねち言われることになった。


「ユキト、どないすんねん。ホンマに嬢ちゃんに協力する気かいな」

「嬢ちゃんってアステルのこと? 男相手に『嬢ちゃん』?」

「これからも女の子として生きるみたいやし、だったら『嬢ちゃん』でええやろ。って、そないな話はどうでもええねん。ワイが訊ねとるんや」

「ああ、うん。困ってそうだし、助けてあげなきゃ」


 それを聞いて、ジョージは顔を前足で覆い、深々と溜め息を吐く。


「そう言うと思っとったけど。変に頑固で嫌になるわ」


 当のユキトが呑気にハムを頬張っているので、ますます溜め息を深くする。


「嬢ちゃんは曲者そうやしなぁ。わがまま言うか、女王様気質言うか……。父親が偉いんやから従うもんも仰山おったやろうし、気ぃ強いんは生まれ育った環境からやろうけど。そんなん相手にユキトがやってけるか、ワイは心底心配や……」

「そうかな~?」


 と、他人の話を聞いているのかいないのか、ユキトがソーセージを実に美味しそうに味わいながら食べる姿を見て、ジョージの中でプチンという音がした。


「お前も、ちっとは気にせぇいっ!」


 ジョージにレストランを出るようにと叱られ、渋々部屋に戻ると、今度はいつの間にか起きていたアステルがご立腹だった。


「アステル、どうかした?」

「どうもこうも、ユキトだけ朝食行くなんてずるい! 人目を避けないといけない私は食べに行けないのに!」

「「あ~」」


 ユキトとジョージが同時に納得の声を上げると、アステルは更に渋面を強くする。


 結局、今度は三人でレストランに行くこととなった。

 変装をすれば良いと、昨日同様ユキトの服を貸し、長い髪は帽子の中に入れる。ついでに伊達眼鏡も貸すと、男の子らしい姿のアステルが出来上がる。


「こんなんじゃ、私だってバレるんじゃない?」


 廊下を歩きながら、半信半疑で訊ねてくるので、いつものニコニコ笑顔で答える。


「大丈夫だよ~。そんなに心配なら、せめて『私』じゃなく『俺』に戻したら?」

「ん? あ、そうか。今は男だった」


 レストランに着いてみると、ユキトの言った通り、誰もアステルに気づいていないようで、こちらを見てくる者はいない。一番接近してきたメニューを持ってきたウェイターですら、気づいた素振りを見せなかったので、そこでようやくアステルは肩の力を抜いた。

 その様子を見て、ユキトは嬉々として話しかける。


「何が食べたい?」

「朝食は決まったのが出るんじゃないのか?」

「普通はそうだけど、別のを頼むことも出来たはず。えーっと、ほらこれこれ。今日のオススメは『白身魚のマリネ』だって」


 それを聞いてたアステルが、ぴくっと体を揺らし、今までで最大級の顰めっ面をする。


「俺は魚が嫌いだあぁ――――っ!!」


 何事かと周りの客が振り向くが、ちらりと見ただけですぐに元の状態に戻る。

 ユキトの上着のポケットから、ジョージが頭を出す。


「そりゃそうやな。魚に“喰われた”んやから、トラウマになってもおかしないわ」

「ごめんごめん。じゃあ普通のってことで。僕も食べたけど、ハム美味しかったよ~」


 宥めるユキトに、アステルは「ふん」とだけ返す。物が来ると、黙々と食べ始める。

 頬杖をつきながら、しばらくそれを見ていたが、ふとアステルが度々窓の外を眺めているのに気づく。その目はどこか恋しそうで、それでいて悲しそうにも見えた。

 ユキトは軽く首を傾げると、そのまま思いついたことを口に出してみる。


「外に出たいの?」

「……は?」

「窓の外ばっかり見てるから、外に行きたいのかな~って思って」

「別に行きたいなんて――」


 そう言いかけたが、何事か思案すると、アステルはつんとすました顔で言う。


「ユキトが護ると誓うなら行ってもいいけど?」

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