□1場 新しい朝の風景
一夜明けて、ユキトの部屋に一つだけあるベッドの上には、アステルの姿があった。
ベッドの傍らにある机の椅子にシャオンが座り、ユキトとジョージは硬い床で寝た。
まだ眠っているアステルを見て、痛めた背中擦りながら、ユキトはシャオンに訊ねる。
「声かけていかないの?」
「いえ、寝かせておいて下さい。昨日逃げ回ってお疲れと思いますから」
「そうだね」
優しげに主を見つめるシャオンにつられて、思わず笑みを浮かべる。
「では、私は一旦失礼させて頂きます。列車のチケットとアステル様の荷物を持って、また伺います」
扉をそっと開けて出て行く背中を見送る。
しばらくして、ユキトも部屋を出る支度をする。朝食をとる為だ。
このホテル―――ホーストン・クリスタル・ホテルは、一階と最上階にレストランがあり、宿泊客の朝食と夕食はそこで出される。最上階はもっぱら上流客が利用し、ユキトのような一般客は一階レストランを使用する。
その一階レストランにて、ユキトはポケットに忍ばせていたジョージに、小声でねちねち言われることになった。
「ユキト、どないすんねん。ホンマに嬢ちゃんに協力する気かいな」
「嬢ちゃんってアステルのこと? 男相手に『嬢ちゃん』?」
「これからも女の子として生きるみたいやし、だったら『嬢ちゃん』でええやろ。って、そないな話はどうでもええねん。ワイが訊ねとるんや」
「ああ、うん。困ってそうだし、助けてあげなきゃ」
それを聞いて、ジョージは顔を前足で覆い、深々と溜め息を吐く。
「そう言うと思っとったけど。変に頑固で嫌になるわ」
当のユキトが呑気にハムを頬張っているので、ますます溜め息を深くする。
「嬢ちゃんは曲者そうやしなぁ。わがまま言うか、女王様気質言うか……。父親が偉いんやから従うもんも仰山おったやろうし、気ぃ強いんは生まれ育った環境からやろうけど。そんなん相手にユキトがやってけるか、ワイは心底心配や……」
「そうかな~?」
と、他人の話を聞いているのかいないのか、ユキトがソーセージを実に美味しそうに味わいながら食べる姿を見て、ジョージの中でプチンという音がした。
「お前も、ちっとは気にせぇいっ!」
ジョージにレストランを出るようにと叱られ、渋々部屋に戻ると、今度はいつの間にか起きていたアステルがご立腹だった。
「アステル、どうかした?」
「どうもこうも、ユキトだけ朝食行くなんてずるい! 人目を避けないといけない私は食べに行けないのに!」
「「あ~」」
ユキトとジョージが同時に納得の声を上げると、アステルは更に渋面を強くする。
結局、今度は三人でレストランに行くこととなった。
変装をすれば良いと、昨日同様ユキトの服を貸し、長い髪は帽子の中に入れる。ついでに伊達眼鏡も貸すと、男の子らしい姿のアステルが出来上がる。
「こんなんじゃ、私だってバレるんじゃない?」
廊下を歩きながら、半信半疑で訊ねてくるので、いつものニコニコ笑顔で答える。
「大丈夫だよ~。そんなに心配なら、せめて『私』じゃなく『俺』に戻したら?」
「ん? あ、そうか。今は男だった」
レストランに着いてみると、ユキトの言った通り、誰もアステルに気づいていないようで、こちらを見てくる者はいない。一番接近してきたメニューを持ってきたウェイターですら、気づいた素振りを見せなかったので、そこでようやくアステルは肩の力を抜いた。
その様子を見て、ユキトは嬉々として話しかける。
「何が食べたい?」
「朝食は決まったのが出るんじゃないのか?」
「普通はそうだけど、別のを頼むことも出来たはず。えーっと、ほらこれこれ。今日のオススメは『白身魚のマリネ』だって」
それを聞いてたアステルが、ぴくっと体を揺らし、今までで最大級の顰めっ面をする。
「俺は魚が嫌いだあぁ――――っ!!」
何事かと周りの客が振り向くが、ちらりと見ただけですぐに元の状態に戻る。
ユキトの上着のポケットから、ジョージが頭を出す。
「そりゃそうやな。魚に“喰われた”んやから、トラウマになってもおかしないわ」
「ごめんごめん。じゃあ普通のってことで。僕も食べたけど、ハム美味しかったよ~」
宥めるユキトに、アステルは「ふん」とだけ返す。物が来ると、黙々と食べ始める。
頬杖をつきながら、しばらくそれを見ていたが、ふとアステルが度々窓の外を眺めているのに気づく。その目はどこか恋しそうで、それでいて悲しそうにも見えた。
ユキトは軽く首を傾げると、そのまま思いついたことを口に出してみる。
「外に出たいの?」
「……は?」
「窓の外ばっかり見てるから、外に行きたいのかな~って思って」
「別に行きたいなんて――」
そう言いかけたが、何事か思案すると、アステルはつんとすました顔で言う。
「ユキトが護ると誓うなら行ってもいいけど?」