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男姫様は魚がお嫌い  作者: 川咲弐号
■ 第1幕 ■
5/25

□3場 彼、彼女の事情

 ユキトはホテルの部屋に逃げ込むと、扉に鍵をしてから、壁に背を預けて一息吐く。

 それからアステルを床に降ろそうと――したのだが、急に暴れられて、その拍子に傘で頭を叩かれた。背中を丸めて痛みを堪えている間に、アステルは自力で降りた。

 傘を閉じてレインコートも脱ぎ、室内を見回しながら苦々しく言う。


「ここ、あなたが泊まっている部屋? こんなところに連れてきて、やっぱり私が狙いだったわけね」

「だから違うってばぁ。僕にそんな気は無いから」

「せやけど、確かに嬢ちゃんが疑うんも、仕方ないシチュエーションではあるなぁ。ユキト~、ホンマは手ぇ出す気、満々やったんとちゃう?」


 あれから追いついてきていたジョージが、ユキトの足を「このこの~」と小突いてくる。

 それを避けようとはしないが、ジョージの言葉は否定する。


「するわけ無いでしょ。まあ見た目は可愛いと思うけど、この子、男の子だし」

「そうそう、こんな可愛い男の子…………なんやて!?」

「外見じゃ判りにくいけど、持ってみたら体格が女の子とは違ったからねぇ。あれ、女の子大好きなジョージはすぐ気づいたかと思ってたけど、知らなかったの?」

「な、何言うてんねん! ワイかて気づいとったに決まってるやろ! ちょっと惚けてみせただけやで?」


 そう言ってジョージが胸を張り、ユキトは「そうなんだぁ」と晴れの日のお日様のような顔でそれを見る。

 二人のやり取りを黙って見ていたアステルが、長く溜め息を吐いたかと思うと、体勢を崩す。足を肩幅に広げ、腕を軽く組む。それだけでも女っぽさが一気に消える。


「なんだ、バレてたのか。まあ、あんたらにバレたところで、ここで口封じすることも出来るわけだけど」


 と、今までとはトーンの違う男子の声で言い、ちらりとユキトの顔を見る。

 その態度の変わり様に少なからず驚き、息を詰めて見つめ返していると、アステルは「ふん」と馬鹿にしたような溜め息を吐いた。


「よく見たら、こんな奴が俺を利用するなんて考える頭を持ってるわけが無いか。間抜けそうだし、地味だし」

「間抜けはともかく、地味は関係ないんと――」

「ぼ、僕って地味!? 暗いイメージを払拭する為に、黒かった髪を茶色に染めたのに……」

「って、なんでそこでショック受けんねん! へこむなら『間抜け』でへこめ! ホンマに、おんどれはスカタンやなぁ!」


 ジョージのツッコミ三連発が入るが、ユキトはそれよりも『地味』の方で打ちひしがれているので、それがまたジョージの癪に障ったらしく説教が始まる。

 元凶であるアステルはアステルで、二人のやり取りをどうでも良さそうにしていたが、そのうち「体冷えた」と言って勝手にお風呂に入り始める。


 しばらくしてその場が落ち着くと、バスルームの扉越しにユキトは話しかける。


「……アステル。君が逃げていたのはどうして?」


 数秒間があって、お風呂で響いた声が返ってくる。


「まあ、男だってバレてるんだしいいか」


 ユキトにというより、自分に向かって言った言葉のようだった。

 アステルが「話長くなるけど」と断りを入れてくる。それに「うん」と頷いて答えると、また少しの沈黙があってから、ようやく語りだす。


「ユキトとか言ったっけ。俺の名前知ってたってことは、『歌姫アステル』について少なからず知識があるんでしょ」

「領主の養子で、歌が上手くて、人魚、というぐらいだけど」

「それだけ知ってれば十分だ。さてと、順を追って説明するなら、まず魚に“喰われた”話からかな」


(やっぱり)


 そう内心で思いながらも、黙って話を聞く。


「俺は元々庶民だ。母一人子一人の貧乏暮らしでも、それなりに楽しく生きてきた。母をよく手伝っていた俺が、七歳の頃の話だ。いつものように川に魚を獲りに行った。獲った中に、他の魚よりふた回りぐらい大きなものがいた。帰ろうとして、その魚に手を伸ばした瞬間、目の前に大きな光が現れた。今思えば、あれは魚の霊魂だったんだろうと思う。光は俺の中に入り――その後はよく覚えていない」


 アステルが言葉を切ったところで、ジョージが言う。


「きっとその魚は川の主やったんやな。頭の良い魚やったら、これから食べられるゆーことは察しがついたやろ。ほんで死なんとして、一か八か目の前にいたもんを“喰う”たんやろな。あんさんには災難やったけど、向こうも必死やったんやと思う」


 ユキトもアステルも、それに言い返すことはしなかった。

 浴槽で水音がして、アステルが続きを話す。


「魚の魂を取り込んだ俺は、体が濡れると下半身が魚になるようになり、人魚と呼ばれるようになった。ユキトは人魚にまつわる言い伝えって知ってるか?」

「あまり詳しくはない、かな」

「そうか。人魚というと、おとぎ話なんかにはよく出てくるけど、それ以外にも云われていることがあって。女の人魚は、その涙は万病に効く。そして男の人魚は、その血を飲むと長寿に、肉を食べると若返るとされている。そもそも俺は本物の人魚ではないから、どの効果も得られないだろうけど、周りはそうは思ってくれない。涙はともかく、血や肉を取られるのは生命に関わるからな。それを思った母の機転で、人魚であることを隠し、あるいはそれが知られても、女であると嘘をつくことになった」

「なるほど。そういう理由があって、女の子のフリしてたのかぁ」

「……それから十歳になって、母は亡くなった。独りになった俺は、人魚化のことは知られてしまったが、それでも女として孤児院で暮らしていた。偽るのは簡単だったよ。華奢だったし子どもだから体つきでは判らないし、お風呂のように裸になるような時でも一人で入ったり、見られても下は魚だったから」


 ちゃぷん、とまた水音が聞こえてくる。どうやら体勢を変えて生じた音らしい。


「人魚なんておかしな俺を引き取る、奇特な人はいないと思ってたけど、それは思いのほか早く現れた。エルキンを治める領主ダレッシモ、今の養父だ」


 ふと、足下のジョージがコックリと船を漕いでるのに気づき、そっと背中を叩く。


「子どもに恵まれなかったダレッシモは、跡取りとなる子を探しに孤児院を訪れていた。そこに面白い子どもを見つけて、養子に迎えた。金儲けが趣味みたいな人だから、その時にはもう俺を歌姫にするビジョンが浮かんでたのかもしれない。別に悪事をしているわけではないし、俺はそれでも良かった。それに、セーデル様――養母は『名前が似ていて嬉しいわ』なんて言って、素直に歓迎してくれた。屋敷に来てしばらくして、養母には男であると気づかれてしまったけど、それでも咎めることもなく、変わらず優しくしてくれた」

「でも、アステルが逃げていたのは、その屋敷の人達から……違う?」

「いや、違わない。……その優しかった養母も、半年ほど前に他界してしまった。養父は妻を愛していた。この半年間の養父の落ち込みぶりは相当なもので、気を紛らわせようといつも以上に金儲けに没頭していたが、それでも気が晴れることはなかった」


 一息吸うと、アステルは更に声のトーンを落として、力強く言い放った。


「そして今日。もうすぐ十五歳になろうという“娘”を、養父はベッドに押し倒した」


 ユキトは自分の表情が固まったと分かった。

 ジョージも驚きで一気に目が冴えたようだった。


「勿論未遂だが、妻を失った悲しみがあったとしても、やってはいけないことだ。それに俺としても、男だとバレる危険があった。養父のことだ。男の人魚だと知れば、今以上に金儲けとして俺を利用する。それを危惧して、養母も夫に言わなかったのだからな」

「だから逃げ出した、と」

「せやけど、嬢ちゃん。そないなことになって、これからどうする気なんや?」

「ホーストンを出る。出来ればエルキン領からも出て、少なくともほとぼりが冷めるまでは、ドーア国内を見て回るつもりだ」


 アステルの声は力強く、そこに決意が滲み出ていた。

 頭をぽりぽりと掻きながら考えた後、ユキトは部屋の奥に行き、ベッドの傍に置いていたトランクから自分の服を持ってくると、バスルームの扉を開いた。


「アステル。君、着替え持ってかなかったでしょ。ここに置いておくよ。タオルはそこにあるから好きに使って」

「ああ」


 そう答えたアステルが視界に入り、ぽかんと口を開けた。

 それに気づいたアステルが顔を顰める。


「なんだよ。物珍しいからって、じろじろ見るな!」


 湯船に浸かるアステルは人魚化していた。人間の足ではない魚の部分は、虹色に輝く鱗に覆われていて、光と水でキラキラしている様は宝石のようだった。

 立ち尽くしたままで、ユキトは呆けた顔で呟く。


「……綺麗だね」

「なっ――」


 途端、アステルの頬は見る見る赤くなったかと思うと、顔を背けられてしまう。


「恥ずかしい奴……っ!」

「え、何が?」


 その二人のやり取りを見ていたジョージが呆れたように首を振る。


「嬢ちゃん、無駄やで。ユキトは天然なんや」

「うぅ~~~~!! いいから出てけっ!!」


 と、そこに部屋をノックする音がし、三人は動きを止めた。アステルは表情を強張らせ、湯船の中で自分の体を抱きしめる。

 ユキトはそれを横目で見ながらバスルームをそっと出ると、扉の前に立ち、至って普通に応対する。


「は~い、どちら様?」

「夜分に失礼いたします。私、アステル様の身の回りのお世話をさせていただいております、シャオンという者です」

「シャオンか! ユキト、彼女なら大丈夫だ! 入れてあげてくれ!」


 バスルームからアステルの声がし、その言葉を信じ素直に従うことにする。


 扉を開けるとそこにいたのは、ユキトより頭一つ小さい、濃藍の髪に緑の目の人物。

 執事服を着ているが、胸の膨らみで女だと分かる。逆を言えば、それでようやく性別が判断出来るぐらいに、シャオンは格好良いし、その服が似合っている。


「ユキト殿、と申されますか。アステル様が大変お世話になったようで。礼を言います」

「いやいや、僕は大したことしてませんよ。あの、アステルが大丈夫と言うところをみると、もしかしてあなたはアステルの正体を?」

「……そうお訊ねになるということは、ユキト殿もお気づきなのですね。私はアステル様が養子になられてから、ずっと一緒でしたから。真実を知ってからは、亡きセーデル様と共に秘密を守ってまいりました」

「そんな話はいいから、状況を説明して」


 アステルに言われ、シャオンはお辞儀をしてから部屋に入る。


「包囲網は思いのほか厳重です。ダレッシモ様が屋敷の者の殆どを、アステル様の捜索に回しているようです。今夜動くのは危険かと思います」

「そうなると、しばらく身を隠す必要があるか。ホーストンは一番近い町でも徒歩で行くのは難しいし、やっぱり列車を使うしかないわけだけど」

「夜霧に紛れることが出来、かつ一番早いのですと、明後日の最終列車です」

「じゃあそのチケットを入手して」

「かしこまりました」


 アステルの姿が見えないにも関わらず、シャオンは律儀に一礼した。

 着替え終わったアステルが、勢い良くバスルームの扉を開き、ユキトをビシッと指差す。


「聞いたでしょ、ユキト。事情を知ったからには、あんたも手伝うんだぞ?」


 語尾は上がっていたが、その言い方は有無を言わさぬものだった。

 ジョージが引きつった顔をする横で、ユキトは眉をハの字にして笑っていた。

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