表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男姫様は魚がお嫌い  作者: 川咲弐号
■ 第6幕 ■
20/25

□1場 薔薇色の人生

 アステルはエルキンの屋敷に戻された。


 ホーストンの一角にある高い石の塀に囲まれた敷地。その中に、塀の外からでも分かるぐらい存在感のある建物が一つ――そこがアステルの家だ。

 二百年以上も前からそこに建っていたものを、今のダッレシモの代で改装と増築して、更に大きく立派になった。小さな城と言ってもいいかもしれない。

 内部は全部繋がっているが、塔が付いていたりあちこち突き出したりしており、少し複雑な造りになっている。大きな場所に慣れていない者にはかなり不親切で、初めて中に入った領民が迷ったことも何度かあるらしい。


 その広く入り組んだ屋敷に入り、玄関ホールの階段を上がったところにある応接間で、アステルは養父であるダレッシモに引き合わせられていた。


「あの時はどうかしていた。優しいアステルなら許してくれるな?」


 などと謝罪を受けていたが、アステルは内心納得していない。

 また同じ過ちを繰り返さないとも限らない。


 見た目には恰幅はいい小物といった風貌だが、金儲けが上手いだけあってそれなりに頭の良い男だ。しかし、それ以上に妻を失った悲しみが大きく、冷静でいられないほどだったのだから信用ならない。

 だが他方で、今回のことで娘をも失う気持ちを味わったのだから、本当に反省している可能性もありうることだ。これが演技でないのなら、改心したと見てもいいのかもしれない。


 それをすぐには判断出来ないまま、アステルは何も言わず父親の話を聞いている。

 少なくともそれに安心したのか、ダレッシモは諭すような声で話し始める。


「アステルも、もう家出なんて馬鹿げたことは考えるんじゃないぞ。ここにいるだけで、お前は薔薇色の人生を送ることが出来るのだから。他のところは人魚のお前にとっては危険な場所だし、ホーストンにいるのが一番なんだ。何よりお前か、お前と結婚する入り婿が私の家督を継ぐんだ。どちらにしろ、ここに骨を埋めるぐらいの気でいないとな」

「はい、父様」


 アステルはダレッシモを見ることなく、首を振ることもなく、ただ声だけで答えた。

 窓の方を向いていたダレッシモはそれに気づかず、そのまま話題を変える。


「何にしても、明日の夜のコンサートに間に合って良かった。券はもう完売したぞ! みんなアステルの歌声を聴きたくて仕方がないんだな! いやはや、たいしたものだ!」


 それからは今度のコンサートの話が続き、ようやく部屋を出た頃にはアステルは疲弊しきっていた。


 廊下を歩きながら、アステルは物思いに耽る。


(本当に俺の人生はこれでいいのか?)


 ダレッシモの言う通り、ここにいれば食うに困らず、安定した生活が約束されている。死んだ母との貧しい生活を思えば、それは幸せなのかもしれない。

 だが、貧しくても楽しく暮らしていたあの頃でも、十分幸せだったと胸を張って言える自信がある。経済的に豊かだからといって、薔薇色の人生とも限らないということだ。


(それに俺だけぬくぬくしていて、それでいいのかな。ユキトは俺の為に怪我を負ったんだ。それだけじゃなくて他にも――)


 男の人魚であると知られることを恐れ逃げ出したことで、ユキトやジョージ、シャオンにも迷惑を掛けた。犠牲にしたと言ってもいい。

 そう考えていて、ふとユキトの言葉を思い出す。

 自室の扉の前で立ち止まると、伏し目がちになり、垂らした腕の下で強く拳を握る。


(俺は本当に、これで『胸を張って自分の人生を生き抜いている』と言えるだろうか……)


 自分で分からないものに結論が出るわけもなく、そのわだかまりを小さな溜め息と一緒に出すと、ノブを捻って自室の扉を開いた。

 と、そこにシャオンの姿があり、アステルは思わず目を見開いて固まる。


 椅子に座っていたシャオンは、アステルに気づくと立ち上がった。ただでさえどことなく少しやつれた顔を、それ以上無いぐらい引き締め、直角に腰を折って頭を下げる。


「アステル様。守り通すことが出来ず、申し訳ありません。本当ならば他人に任せるなんてことはせず、近侍である私が全うすべきでした」

「ちょっ、待ってよ! シャオンが謝ることじゃない! あなたはよくやってくれたもの! あれはあの時選択出来る、最善の策だったんだから!」


 アステルは薔薇色の長い髪を揺らして首を横に振り、シャオンの傍に駆け寄って、その体をそっと抱きしめる。

 シャオンは抱き返してくることはなかったが、振りほどくこともしなかった。ただ涙もしゃっくりも何も無いが、シャオンは泣いているような気がした。それでも立場を考えて甘えられないのではないかと、アステルは思った。


(辛い思いをさせて、むしろ謝らないといけないのは俺の方だ)


 そんな罪の意識を感じながら、しばらく抱きしめたまま目をきつく閉じていると、不意にノックの音がして振り返り、その流れでシャオンから身を離す。

 いつからそこにいたのか、開いたままだった扉に拳を当てた格好のヨルムが立っていた。


「アステル嬢、時間だ。そろそろコンサートのリハーサルが始まる」

「分かった」


 ヨルムを見て取り乱すこともなく、アステルは静かにその場を離れた。

 ヨルムの後について、前をしっかり見ながら廊下を進む。


(そうだ――いつもの生活に戻るだけだ。父様ももう大丈夫そうだし、なんの心配もいらない。ここにいればシャオンがこれ以上傷つくこともない。だからこれでいいんだ)


 そう自分を納得させて、アステルの青い瞳は睨むように細められた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ