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男姫様は魚がお嫌い  作者: 川咲弐号
■ 第5幕 ■
18/25

□2場 師弟

 ヴィタとの再会を喜ぶユキトは、アステルとジョージに、彼女とレストランで夕食を一緒にしてもいいかと訊ねた。

 それに対して、アステルは意外にもすんなり承諾した。ジョージも知らない昔のユキトを、ヴィタは知っているようだったので、そこに興味が湧いたからだ。


 一方ジョージは、ユキトの申し出を受け入れたものの、かなり渋々といった様子だった。

 ヴィタはジョージが話せることを知らないし、無闇にバラすことをユキトが許していないだけでなく、ジョージ自身もそれが良くないのは理解している。

 ただ、好みの女性を目の前にして何も喋れないというのは非常に苦痛で、それが納得出来なかったらしい。「ユキトの知り合いなんやし、ちょっとぐらいええやろ?」と、かなり長いこと食い下がっていたが、結局「人の多いところでバレたら大事になる」というユキトの言い分が正しいこともあり、ジョージは会話禁止となった。


 不貞腐れて、ピスタチオを自棄食いしているジョージを膝に乗せ、ユキトは対面に座るヴィタを見る。


「今回の旅でも、旦那さんは引き止めようとしてきたんですか?」

「当然。毎度のことだからね。今回は産業化と自然の共存っていう、前からやりたかったテーマの仕事だったから、とにかく早く行きたくて、思いっきり突き放してきちゃった」

「相変わらず容赦ないですねぇ」


 そんな話をして、二人は笑い合う。

 ナイフとフォークを動かし、黙々と食べているアステルが窺い見る。


(ヴィタって言ったっけ。この人、ユキトが“喰われてる”こと知ってるのかな?)


 そう考えながら、探るような目でヴィタを観察してみる。


 ヴィタは、見るからに裏表が無く明るい。こういう人物は信用が置けると、アステルは思っている。

 こう明け透けとしていると、一見嘘や隠し事が出来ないようにも思えるが、案外芯は強いので口が堅い。他人の秘密を漏らすようなことはせず、墓場まで持っていくタイプだ。

 アステルの母と養母がまさにそうだった。ヴィタは二人に少し似た部分がある。


(ユキトのこと知ってても、ヴィタならおくびにも出さなそうだな。訊いてみてもいいけど……もし知らなかったらユキトに迷惑が掛かるか)


 ヴィタを師匠と呼ぶからには、少なからず信頼しているのだろう。

 その相手の前でも、アステルの事情を考えて女として接してくれるユキトに、下手をすれば恩を仇で返すようなことになる。そんな真似をしては主として失格だと思い、その疑問は引っ込める。


(従者を思いやってこそ、立派な主だからな。その点、俺は主としての威厳がありつつ慈悲の心もある、アメとムチを使いこなした素晴らしく理想的な主だな!)


 やや自画自賛気味の考えに、うんうんと満足そうに頷いたアステルは、別の質問をしてみることにする。


「そういえば、ユキトの写真の師匠って話はどういうこと?」

「ああ。前に僕のカメラ見たよね。あれをくれたのがヴィタさんだったんだよ」

「ふーん。よくあんな高価な物、人に譲る気になるよな。庶民でカメラ所有してたら、自慢出来るレベルの話でしょ? それに色付きの写真なんて、上流階級ならともかく、まだまだ一般には浸透しきっていないし」

「あら、アステルちゃん詳しいね。写真に興味あるの?」

「べ、別にそういうわけでは……」


(エルキン家にあったから知ってるってだけで。父様はミーハーだし、金になりそうなことには積極的に手を出していたからな)


 屋敷と養父のことを思い浮かべ、アステルは小さく溜め息を吐く。

 ヴィタは懐かしむような眼差しをユキトに向ける。


「確かにあのカメラはその当時の最新型だったけど、あたしには愛機があるし、その更に次世代の型も持ってたから。カメラ会社の人と懇意で、たまに試作品の試用を頼まれるの。それに――あの時のユキトには、どうしても渡したかったのよねぇ」

「あの時って?」

「ユキトと初めて逢った時のこと。もう随分前の話だけど。六年近いかな?」

「そうですね。その頃からヴィタさんは、新人ながら才能を認められていた期待の写真家でしたよね」

「そうそう。で、被写体を探してうろうろしてたら、ファインダー越しに道端に座るユキトを見つけて、ついシャッターを切っちゃったの。流石に無断で撮ったのはまずいと思って声を掛けたんだけど、ユキトったらなんだか知らないけど暗く落ち込んでたから、なんか放っておけなくなっちゃって。お節介で『趣味でも持てば気力が出るよ』なんて言って、無理矢理カメラを推しつけたのが最初だったの」


(落ち込んでいたっていうのは、もしかして容疑を掛けられたことかな)


 アステルはユキトを横目で見てから、改めてヴィタに向き直る。


「趣味で元気に、って安直な気も……まあ気持ちは分かるけど。趣味からカメラを結びつけたのは、やっぱり自分が写真家だから?」

「そうかもね。それにユキトには合ってそうだったからかな。今の生き方とか自分の見ている世界に、不満だったり理不尽だったり、そういうものを感じている目だったんだよね。写真はそこにある世界を切り取るだけじゃない。ファインダーから覗くと世界は違うように見えるの。そこに何か見つけて欲しかったのかもしれない」

「それ、本人を前にして言っていいのか……?」


 と、アステルは視線を逸らして呟いた。

 それを耳にして、ヴィタは声を上げて笑い出す。


「あはは! あたし結構恥ずかしいこと言ってるね! まあ、今思うと自分でも『あたし何様って?』って感じだけどね。ホントにただのお節介だよねぇ」

「でもそのおかげで、色々吹っ切れて状況を認めることが出来たわけですし。ヴィタさんのお節介には感謝してますよ。あの時僕の傍に誰もいなかったら、今も悲観的だったかもしれませんから」

「誰かが傍にいるって、間違いなく大きいことだよね。あたしは単身で旅することが多いから、つくづく身に沁みてるよ」


 そう言って、ヴィタは肩や首を揉み解す。

 それから大きく開いた葡萄色の目を、アステルに向ける。


「アステルちゃんは運が良かったね。ユキトがいるんだから」


 アステルは一瞬首を縦に振りかけるが、ハッとして「ふん」と言うと、仏頂面でユキトを横目で睨んだ。

 夕食も殆ど食べ終わり、食事会もそろそろお開きというところで、ユキトは訊ねる。


「ヴィタさんはこれからどうするんです? いつまでミラティにいるんですか?」

「街での仕事をして、明日の夕方には街から少し離れて、北にある山に数日籠もって動物と夜景撮影の予定だけど。あたしが山を下りる前には土砂も取り除かれて、君達はミラティを出るだろうから、ここでお別れになるね」

「それなら、明日の夕方お見送りしますよ。滅多に会えないですから、なるべく長い時間顔を見たいですしね」

「そう? なかなか嬉しいこと言ってくれるねぇ」

「むしろ、このぐらいして当然ですよ。ヴィタさんには感謝してるんですから」

「あたしって言うより、あたしの『お節介に』でしょ?」


 そんな皮肉めいたことを言って、ヴィタは明るく笑った。

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