□1場 アステル VS 謎の女?
「な、なななななな」
アステルは赤い顔で目を丸くする。ジョージも同じように驚いていた。
そんな二人をよそにして、女は抱きついた格好のままユキトを見上げる。
「やっぱりユキトだ!」
その声にユキトは振り向き、そこでようやく女と目が合う。
いきなり女に抱きつかれて流石のユキトも戸惑うかと思いきや、女の姿を確認すると、目を大きく見開きながらも、あまり驚いた様子もなく常の呑気さで反応す
る。
「あれ、ヴィタさんじゃないですか」
ヴィタと呼ばれた女はやっと体を離すと、ユキトの腕を軽く叩く。
「こんなところで会えるなんて思わなかったよ」
「それはこっちの台詞ですよ。でも、元気そうで何よりです」
「お互いにね」
と、ユキトは思い出したようにアステル達の方を向く。
「ヴィタさん。“彼女”はアステルで、スカンクの方はジョージ。僕、今この子達と旅をしてるんです」
「ほほう」
そう言って、ヴィタはじろじろとアステルの方を見る。品定めをされているようであまり良い気分はしないが、その後すぐにユキトに向き直られたので、それは
それで癇に障った。
ユキトが事情を考え、女として自分を紹介したその配慮は嬉しくないわけでもないが、それでもアステルは浮かない顔でいる。そっと、肩にいるジョージに小声
で訊ねる。
「ジョージ、あの人知ってる人?」
「いや。少なくとも、ワイが一緒におるようになってからは会ったこと無い人やな。せやけど、こないなカワイコちゃんの知り合いがおうたんなら、はよ紹介して
欲しかったわ~。めっちゃワイ好みや! 特にあの、たわわなお乳がええな!」
「あーはいはい……」
怪しく身体をくねらすスカンクに冷めた視線を送ってから、アステルは改めて二人の方を向く。
アステル達のことはそっちのけで、ヴィタはユキトに話を振っている。抱きつくのは止めたものの、今度はユキトの右腕を取り、まるで恋人同士のように腕を組
み始める。
(何あれ、図々しい。ユキトは俺の従者なのに)
何か腹が立ってきた。主であるはずの自分が、除け者にされるとはどういうことなのかと、だんだんイライラが募ってくる。
アステルは、ついムキになってユキトの左腕を取る。
「あ、あなたは誰なんですかっ!」
と、気づいた時には強く言い放っていた。
ヴィタはぽかんとした顔でアステルのことを見ていたが、やがてユキトから手を放して頭を掻く。
「あれ、まだ名乗ってなかったっけ?」
「名乗ってません!」
「そっか、ごめんねぇ。改めましてヴィタです。よろしくね、アステルちゃん」
「ど……どうもご丁寧に」
背筋を伸ばして挨拶するヴィタに、どう反応したものかと戸惑い、アステルは曖昧な返事を返した。ヴィタを警戒して、ユキトの腕にしがみつきながら訊ねる。
「あの、あなたは何者なんですか」
「何者と言われても。とりあえず、これを仕事にしている者、かな?」
そう言って、ヴィタが革製のベルトポーチから取り出したのは、掌に収まる小さな箱型の物。ここまで小さい物をアステルは見たことが無かったが、紛れも無く
カメラだった。
「カメラ……ということは、カメラマン?」
「写真家と言われる方が好きなんだけどね。なんとなく芸術味があって。あたしは世界を巡って、そこで見つけた一瞬の煌めきを写す芸術写真家なの。まあ、お金
が無い時は、報道写真とかブツ撮りとかにも手を出してたけど、今は専らその土地の風景や人を撮ってる」
「じゃあ、今も仕事中なんじゃないですか? なのに、こんなところで男とイチャついているなんて、そんな暇無いと思いますけど?」
除け者にされ腹を立たされた仕返しのつもりで、いかにも嫌味ったらしく言う。
それに対して、ヴィタは気にした風ではないが首を傾げる。
「イチャって――――もしかしてヤキモチ?」
「そ、そんなんじゃないけど」
「ひょっとして、アステルちゃん。ユキトのこと好きなの?」
「「それはありえない」」
ユキトとアステルが同時に言い切った。ただアステルとしてはユキトに言われるのは不愉快なようで、目をつり上げてギロリと睨みつけていた。
二人の様子を見て、ヴィタは楽しそうに笑うと、アステルに向かって言う。
「まあ、好きかどうかは置いておくとするよ。なんにしても、あたしとユキトはアステルちゃんが思うような関係には、絶対なりっこないから大丈夫」
「何を差して大丈夫かは分かりませんけど、それはまあそうですね~」
ユキトは頷くと、頬を掻いて苦笑する。
「馬に蹴られて死にたくはありませんから。あ~それ以前に、旦那さんに叩きのめされてしまいそうですね」
「旦那……? えっ、既婚者!?」
アステルが驚きの声を上げてヴィタを見る。
ヴィタは「いや~」と頭を掻く素振りを見せるが、その表情を見るにたいして照れてはいないらしい。完全に形だけだ。しかし照れていないからといって、結婚
相手を愛していないというわけではないようだ。
ヴィタが腕を組んで、しみじみと何度も頷く。
「夫も夫で仕事があるから、家に置いてきてるんだけどね。あたしが旅に出る度に、『行かないでくれ~』って泣きつくの。あたしだって仕事なんだって、いつも
説得してから旅に出なくちゃいけなくて。ホント、普段は格好良いバリバリのビジネスマンなのにさぁ。家では、ヘタレな愛妻家なの」
(なんだろう。内容は愚痴にも思えるのに、結局は惚気話なのかな? これって……)
げんなりした顔のアステルは、掴んでいるユキトの腕に体重を掛けて脱力する。
平然とした顔でその重みを支えて、ユキトはいつも通りニコニコと笑う。
「そういうわけだから、イチャイチャなんてするわけがないし、そんな関係にはならないよ。なんだかんだで良い夫婦だからね」
「じゃあ、二人の関係ってなんだ? ただの知り合いにしては仲良さげだし」
「う~んとね。簡単に言うとヴィタさんは、僕の写真の師匠なんだ」