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男姫様は魚がお嫌い  作者: 川咲弐号
■ 第4幕 ■
14/25

□1場 観光都市ミラティ

 翌日は、昨日の霧が嘘のように晴れ渡っていた。

 空がどんよりしていては、雨に敏感なアステルの気持ちも落ち着かないので、とても好い旅の始まりと言える。

 ――と思われたが、どうやら順風満帆とはいかないようだった。

 不測の事態に、一同は困り果てていた。


「まさか、土砂崩れで足止めを食らうことになるとはねぇ……」


 そう言って、ユキトはやれやれと首を振る。


 現在、ユキト達はミラティの駅にいる。ミラティは東西に線路が伸びており、東がユキト達の来たホーストン方面で、西にあるのがオースラワーという町だ。そのオースラワーに続く線路の途中で土砂崩れが起こり、列車が動かなくなってしまったというわけだ。

 一刻も早く、ホーストンから出来るだけ離れたいところなのだが、こうなってしまっては仕方ない。復旧するまで皆がミラティに留まることになるので、部屋が無くなる前に宿を取ることにした。


「まあ、都会は人で溢れてるから、紛れるには丁度良いんだよね。『木の葉を隠すなら森の中』ってよく言うけど、それは全くその通りなんだよ。そういう点では、立ち往生したのがミラティで、不幸中の幸いなのかな」

「ユキトはポジティブやな~。逆境でも慌てず騒がずっちゅうやつか」

「いや、脳天気なだけだろ! でなきゃ、長距離馬車が満員になる前に、その方法を考えついていたはずだ!」

「あ、ははは…………ごめんなさい」


 イライラした目で睨んでくるアステルに、思わず頭を下げて謝った。

 過ぎたことをあれこれ言っても仕方ないと思ったのか、アステルは深々と溜め息を出してから、腰に手を当てる。


「それはともかく、ユキト。本当に宿の当てがあるんだろうな」

「ああ、それは問題ないと思うよ。前にミラティに来た時、知り合った人が経営してるホテルなんだけど。事情を話せば、一部屋ぐらい都合してくれるんじゃないかな」

「ホテル王の知人がおるんか!? 凄いやないか!」

「あれ、ジョージは知らないんだ?」

「嬢ちゃん、なんか勘違いしてるようやけど。ワイかて、ずっとユキトとおるわけやないんやで? 一緒に連むようになったんは、ほんの一年ぐらい前やし、そう何でも知ってるわけや無いんやから」

「あ、そうか。そういえば、そんなことも言ってたっけ」


 二人の会話が途切れたところを見計らって、ユキトは困った顔で笑う。


「一つ訂正させてもらうと、『ホテル王』なんて、そんなたいそうな人じゃないよ。経営してるホテルも一つだけだし、本人も商才は無いって言ってたからねぇ」

「そうなんか? ま、どっちにしろ泊まるとこがあれば問題なしやな! ほら、さっさと行くでぇ! 飯がワイを待っている!」


 寝るところより食べ物のことなのか、と思いつつも二人は苦笑をしただけに留め、とりあえずホテルを目指して歩く。


 ミラティは近隣最大の都市だ。金儲け好きな領主の意向もあって、街の華やかさにかけてはホーストンもなかなかだが、ミラティはそれを上回る観光都市である。

 南側はセンター街を始めとして、商店が軒を連ねる商業地帯で、ホテルもここに多く立ち並んでいる。北側には伝統的な街並みの住宅地が集中し、その更に北には自然豊な山地があり、多様な観光スポットがあるのが特徴だ。

 今ユキト達が歩いているセンター街は、ドーア国内では田舎な方のエルキン領には珍しく、現代の技術で造られた建物が立ち並ぶ。

 利便性と芸術性が同居した綺麗な石造りのビル群と、店の壁のそこかしこにあるネオンサインを、アステルは口を開けながら見上げる。ホーストンも近代化しつつあるが、こんな物は無いので、珍しさに目を大きく開く。


「あ、アステル。ホテルはそっちじゃないよ。こっちこっち」


 そう言って手招きするユキトは、センター街から一本外れた道に入った。そこは開発途中なのか、急に暗く静かで、さっきの喧騒が嘘のようだった。

 その道の片隅で、ユキトは足を止める。


「着いたよ~。ここが知人の経営する『ホテル・アノロイド』だよ」

「「…………ここ?」」


 アステルとジョージが同時に呟いた。二人して、胡散臭そうに前方を見る。

 どう見ても、寂れた小さなホテルだった。ミラティの都会的なイメージとは真逆で、明らかに作業が雑なでっぱりの多い煉瓦造りの、歪な二階建ての建物。その壁面には、罅割れがあったり、蔦が絡まっていたりで、どこを褒めていいのか判らない。


「な、なかなか趣のある外観やな~……」


(おお、褒めた)


 アステルが感心している間に、ユキトは扉を開けて声をかける。


「オノリイヌ~。いる~?」

「ぬ? その声はユキトだな」


 中から成人男性の声がして、アステルはユキトを避けて横から覗く。

 しかし、そこには誰一人おらず、いたのは大きな犬が一頭のみ。黄金色の毛をした成犬のゴールデン・レトリバーで、何故か黒縁眼鏡を掛けている。

 と、急にユキトは犬に向かって頭を下げる。


「ご無沙汰してます。それで、いきなりで悪いんだけど、部屋空いてる?」

「お前は相変わらずだね」


 そう言って溜め息を吐いたのは、紛れもなく黒縁眼鏡の犬だった。

 唖然とするアステルとジョージを置いて、ユキトと犬は話を続ける。


「部屋なら腐るほど空いてる。好きなだけ泊まっていくといいよ」


(外観のおんぼろさからしたら、本当に腐っていそうだな……)


 などとアステルが内心思っていると、ふと自分を見る犬の視線に気づく。

 犬はまじまじとアステルを見て、「うぬ」と何やら頷くと、ユキトに向き直る。


「時に、ユキト。いつになったら連れを紹介してくれるんだい?」

「あ~そうだねぇ。この子はアステルで、僕の肩にいるのがジョージ。――二人とも、こちらがお世話になるこのホテルのオーナーで、名前はオノリイヌ。通称、眼鏡犬」

「何が眼鏡犬だ。そんな呼び方、わしは認めていないよ」


 文句を言われても、ユキトは変わらずニコニコとしている。それを見ていて怒る気が削がれたようで、オノリイヌは舌を垂らして溜め息を吐くと、背を向けて歩き出す。


「まあいい、ついておいで。部屋へ案内するよ。二人部屋でいいだろう? 特別に一等部屋を貸したげるよ」

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