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男姫様は魚がお嫌い  作者: 川咲弐号
■ 第3幕 ■
11/25

□1場 知っていくことで見えるもの

 次の日。遂に今夜、ホーストンを発つ。


 その日の朝、シャオンが見回りの途中でホテルに立ち寄った。

 見回りというのは、アステルの捜索のだ。シャオンの話では、少人数体勢ではあるが、一応まだ捜索は続いているという。

 領主が言うには「少数精鋭」らしいが、シャオンの見立てでは、人員を割かなくなったのは、アステルはもう遠くへ行ってしまい、ホーストンでの発見はほとんど望み薄と思っているからのようだ、という話だった。


「そう思ってくれているなら、好都合じゃないか。人が少ないなら、警備の穴を潜って移動しやすいわけだから」

「そうなのですが。しかし相手は、ダレッシモ様が特に信頼を置いている傭兵達です。油断は出来ません。それはアステル様も、重々承知しているのでは?」

「……まあ、そうだけど」


 アステルが苦虫を噛み潰したような顔をする。シャオンに言い返せないことでそんな表情なのか、あるいは傭兵というのがそんなに手強いのか、ユキトには判断つかない。


「シャオン。情報を流してくれるのはありがたいけど、そろそろまずいんじゃない?」


 シャオンは領主側についているふりをしているので、長くここにはいられない。

 ユキトの言葉を受けて、シャオンは頷く。


「そうですね。では、私は見回りに戻ります。次に会うのは、決行の夜になりますね」

「ああ。じゃあまた後で」


 アステルが適当に手を振り、シャオンは一礼して部屋を出て行った。

 残りの面々は、町を出る為の荷造りに励む。


 だがアステルは、シャオンがこっそり持ち出してきた物しか無いので、たいして量は多くなくすぐに済んでしまう。ちなみに、中身が女物ばかりなので、男装している今は結局ほとんどユキトの物を借りている状態だ。

 そして当然、スカンクであるジョージの私物なんてものは無いに等しい。あっても愛用のハンモックぐらいで、それもユキトが持ち歩いている。


 そんなこともあり、実際荷造りに励んでいるのはユキトだけだった。

 旅暮らしであるユキトの荷物はそれなりに多い。大型の革製トランクの中には、着替えが数着、靴、歯ブラシやティッシュや絆創膏のような衛生消耗品、簡単な国内地図に、本が一冊、他にも何かが入った袋等、細かく見ていけばきりが無い。

 ぎゅうぎゅうの中身を綺麗に詰め直していくユキトの横で、アステルはその様子を眺めていた。ふと、思ったことを口にする。


「ユキト。お前、当初の予定では、もう少しこの町にいるつもりだったんじゃないか?」

「ん~? まあそうだけど。どうせ、そのうち出ていくんだから、たいして変わらないよ」


 荷物から視線を逸らすことなく、手を動かしながら答える。

 アステルは一瞬眉を曇らせるが、何かを誤魔化すように顔を背ける。


「ま、まあ? 俺の従者なら、主について行くのは当然なんだけどさっ」


 そう言う顔が照れているようで、見ていたジョージは忍び笑いを浮かべる。


「ん~」

「ん~、って……ちょっと! 俺の話聞いてる!?」


 ユキトの生返事に、アステルは憤怒の形相で振り向く。

 ユキトはトランクに顔を近づけ、中をまじまじと見つめていた。そうしながら、右手と左手は忙しなく中身を出したり入れたりしている。


「ふん! まったく……ん?」


 その忙しなく動く右手に掴まれた物が目につき、アステルはユキトの手から奪い取る。

 それは三枚の写真だった。一つ目は青空を見上げるようにして撮ったもの、二つ目は夕日が沈む丘を撮ったもの、三つ目は高いところから街を見下ろした空中写真のようだ。


「ふーん。こんな綺麗な写真、ユキトが持ち歩いてるとは意外だな」

「ん~? あ~それ。僕が撮ったやつだよ」

「へ?」

「これで撮ったんだよ」


 目を丸くするアステルには気づかず、ユキトは荷物の中からカメラを取り出して見せる。

 両手にズッシリとくるサイズ感で、革張りの黒いボディ、銀色の部分は明かりに反射してキラリと光る。


「えっ、えぇ? ユキトってカメラマン!?」

「まさかぁ。写真は趣味だよ」

「でも、ただでさえ個人でカメラ持ってる人だってそんなに多くないのに、それ結構上等なやつでしょ」

「そうだと思うけど。これはね、人から貰った物なんだ」


 そう言って、カメラを大切そうに撫でる。


「僕にとって写真に残すって意味は大きいんだ。逃亡中だし、それでなくとも血の問題があるし、また吸血鬼なんて騒がれても困るわけで、あまり長く一所にはいられないから、思い出を出来るだけ形に残しておきたいんだよね」

「一度騒ぎになったとこには、二度と訪れられへんから。ま、気持ちは解らんでもないな」


 ジョージの言葉にユキトは一つ頷くと、カメラを置きアステルの手から写真を引き抜く。


「それに、故郷に戻ったりは出来なくても、手紙は送ることが出来るでしょ? 差出人が判るように書くと、居場所が漏れちゃう可能性があるから言葉は送れないけど、封筒に写真だけでも入れて『僕は元気だよ~』って伝えたくってね」


 写真を見つめる目が、優しく切ないものになっている。ユキトが自分でも判るぐらいなのだから、当然アステルも気づいているだろう。

 そのアステルが、口を引き結びムッとした顔になると、腕を組んで急に「ふん」と鼻を鳴らす。


「一所にいられないなら、好都合じゃないか!」

「嬢ちゃん、さっきも好都合がどうとか言うてなかった?」

「そ、それはユキトに言った時じゃなくて……。とにかく! 俺の秘密に関わって、ユキトが手伝ってもいいと認めた時点で、運命を共にする主従の関係になったんだ。従者なら、しっかり主について行くのは当然なんだからな!」

「せやから、嬢ちゃん。さっきも似たようなこと言うてたやん……。もうちょっと他に言うこと無いんか? 語彙少な過ぎるわ」

「そんなことスカンクに言われたくないっ!」

「だいたい、ユキトを奮起させたいんは分かるけど、素直に言うたらええやんか」

「うぅ~~~~!!」


 アステルは悔しそうに、顔を真っ赤にしている。まるで見透かされているように図星を指されたからか、あるいはジョージに言い負かされたからだろう。

 一方ジョージは意地悪くニヤニヤ笑っていた。完全にからかっている時の表情だ。

 二人のやり取りを眺めていたユキトは、こっそりと小さく笑った。笑っていることがバレたら、アステルをますます不機嫌にしてしまいそうだったからだ。

 だが実際そうなってみると、アステルが怒鳴ることはなかった。

 ただただ「ふん」と言って、髪の毛を指先で弄り、視線をわざとらしく逸らしただけだった。頬がほんのり朱に染まっているのも、それが怒りではなく、照れからきているものだとユキトにも判った。


(お互い、分からないことはまだ多いけど、分かることも増えてきたかなぁ)


 と、ユキトは心の中で呟きながら、嬉しさに頬を緩める。

 この頃には、アステル本人や彼に仕えるシャオンを見てきて、アステルの従者というのもそんなに悪くないなどと思うようになっていた。

 勿論、そんなこと本人には教えないが。

 それこそ、照れ隠しのあまり怒られてしまいそうだ。

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