戦争の被害者
「はあー」
ため息を一つつく。
ルーグの人に呼び出されてから早くも1週間が過ぎていた。
金策の目処が立たない。エルナに手紙を出したのに全然返事が来ないのだ。
一縷の望みを託して、以前お金を手に入れた公園の特別イベント<財宝>を試そうとしたのだが、そもそも公園自体が色々と変わってて、向かい合った4本の木が切り倒されていた。
迷宮にいけば少しは稼げると思うのだが、町の外に出ることを許可してもらえないし。
(やっぱり怒ってるんだろうなアイツ。それとも俺のことなんぞはきれいさっぱり忘れているとか?)
金策もさることながらそれが非常に気になる。
「はあー」
意識もせず口から漏れるはため息ばかりだ。
「おい兄ちゃん。鬱陶しいからため息ばかりつくんじゃねえよ」
不機嫌そうにそういうおっちゃん。
だけど、おっちゃんが不機嫌なのは俺のため息のせいなどではない。
2週間ほど続くミューズちゃんとの親子喧嘩がいまだ絶賛続行中なのだ。
奥さんはミューズちゃんについたので2対1の劣勢な戦いだ。
そういやヌアラも要領よくミューズちゃんについていたので3対1か。
わざわざそんなことに首を突っ込まなくてもいいだろうに。物好きなヤツだ。
しばらくすれば諦めるかなーと思っていたミューズちゃんは頑張っていた。頑張りすぎていた。
散々おっちゃんとやりあったあの日から今日までおっちゃんとは一言も口を聞いていない。
2日前からはもう時間がないと考えたのだろう、ハンガーストライキという手段に訴えていた。食事には姿を見せず水だけ飲んでいるようだ。
そのためおっちゃんの機嫌はすこぶる悪い。
時々、用もないのにミューズちゃんの部屋の前を、心配そうにうろうろしているから、そろそろ無条件降伏しそうな感じではある。
「そうはいってもお金の目処が立たないんですよ。もういっそランドさんお金貸してくれませんか? 1億ヘルほどで結構ですから」
「なにが『1億ヘルで結構です』だ。そんな金はあるわけねーだろ。だいたい泊めてやってるんだからよ。兄ちゃんこそ少しは金を包んできてもいいんじゃねーのか?」
「いえ。ですから俺は危ないから出て行くといったじゃないですか」
シンシアさんの忠告に従って、俺はすぐにおっちゃんに事情を説明し、手近な宿に移ろうとしたのだ。だが、おっちゃんがそれを止めた。
「馬鹿やろう! この前言ったろ? この町で俺の工房より安全な宿屋なんぞねーよ。こちとら人形師だぜ? いざとなりゃー工房の人形を全部動かしてやるからよ」
おっちゃんはいい人なんだよな。
俺のために工房にある人形のうち何体かを、用心のために稼動してくれている。
昼夜を問わずお店全体を警備しているのだ。
人形は、強化の度合いにもよるが、普通の騎士や冒険者数人分の戦力だといわれるから、下手をすればそこらの町を警護している小さな騎士団よりも戦力的には上っぽい。
好意に甘えるのは心苦しいけど、言われてみればここより安全なところは無いだろう。
ただなあ、俺自身も用心のために枕元に装備一式を置いて寝てはいるが、工房には奥さんやミューズちゃんもいるから本気で心苦しい。
だいたい、よく考えてみれば、俺はこの世界にきてからまだ一度も迷宮に潜ってないし。
何でこんな状況になったんだかなあ。
「はあー」
「だからため息やめろって。……どうしてもってんならお前さんの装備売っちゃーどうだ? いい装備みてーだから足しにはなるんじゃねーのか?」
それは俺も考えてはいるんだ。
しかし、これからどんな魔物と戦うかもしれないのにだ。強力な装備である神器を手放すのは怖いといえば怖いのだ。
だけど……。
「そうですね。考えてみますよ。因みに高く買い取ってくれそうなところは何処になりますかね?」
「そらお前ランディの店しかねーだろ。あそこ以外はそんなに高価そうな装備は引き取ってくれねーと思うぜ」
ランディのお店といえば冒険者ご用達のあのお城みたいなところか。
「まあ、俺の名前を出せば悪いようにはしねーだろうから、1回行ってみちゃどうだ?」
……前々から思ってたんだけど、なんでおっちゃんは自分の名前にこうも自信を持っているんだろう?
以前宿屋でおっちゃんの名前を出したけど別になんのリアクションもなかったんだけど。
「へえー」で終わりだったぞ?
ただまあ、売る売らないは別にして、金額の査定だけはしてもらってもいいだろう。
いざとなった時にはそれしか方法がないのだから。
「まあそうですね。じゃあ今からでも早速出かけてきます」
特にやることも無いのでさっと身支度して玄関に行く。
工房の裏口、おっちゃんたち用の出入り口で靴を履こうと屈んだとき、俺はヌアラの死体を見つけた。いや、死んだように力なく横たわっているだけか。
玄関を開けようとして力尽きたようで、扉に寄りかかるように横たわっている。
俺の気配に気がついたのだろう。ヌアラは最後の力を振り絞るように俺の頭に飛び上がると、力なく呟いた。
「ご飯食べ……させて……ください」
そういえばミューズちゃんがこいつ連れて部屋に篭ってたんだった。
2日前からは強制的にハンガーストライキにつき合わされていたようだし、自業自得とはいえ大変だったなこいつも。
「大丈夫か?」
あまりにかわいそうなので、外でスープか何か胃にやさしくて、美味しいものでも食べさせてやろう。
その俺の言葉に嬉し涙を浮かべるヌアラ。
色々限界だったらしい。
だが、いざ出かけようとした瞬間、ヒョイッと出てきた手がヌアラをつかみあげた。
「ヌアラちゃん。お父さんもだいぶ軟化してきましたからあと一息です。あと少し一緒に頑張りましょうね」
そのまま抱きかかえられ、少し血走った目をしたミューズちゃんに連れて行かれるヌアラ。
すでに泣き叫ぶ力も残っていないようで目に涙をためながら連れて行かれる。
ま、まあ死ぬことはないだろう。
帰りに何か消化にいいものを買ってこっそりと食べさせてやろうと思う。