大迷宮討伐のご褒美!?
まるで高級ホテルのロビーのような大きな部屋。
床にはものすごく高そうな、きめの細かい赤い絨毯が敷き詰められていた。
大理石のような光沢を持つ石壁には色とりどりの垂れ幕っぽい布がかかっている。
布には向かい合ったライオンっぽい意匠がほどこされてるから、おそらくは、それがこの王国の紋章なのだろう。
赤い絨毯をはさんで俺の左右には、高価そうな鎧やピカピカした服で着飾った人達が、ズラズラズラっと並んでいる。
右の列にはごつくて鎧を着た人が多いから、そちらが武官的な人達なのだろう。
そして、俺の正面には、ひときわ高く作られた玉座に座る、綺麗に手入れされた口ひげを生やしたおっさん。年のころは40代半ば、いかにも品のいいナイスミドルだ。
その横にはやたらと髪の毛を盛り上げた女性が腰掛けている。少しきつめなんだけど凛とした美熟女さんだ。
多分この国の王様と王妃様なんだろう。
一段下がったところにいる賢そうな人は、宰相だかなんだかの一番偉い大臣だろうな。
俺のスキル<究極鑑定>を使えば一目瞭然だとは思う。だが場所が場所だけに自重しているのだ。
もしも王様に鑑定を使ったことがバレたら……まあ、面白いことにはならないだろう。
宮廷魔術師とかいう人もいるぐらいだし、そういったことの対策はしてそうだ。俺以外に鑑定を使える人がいるのかどうか知らないけど。
不本意ながら俺は今、王宮の中心部にある【謁見の間】にいた。
数人の楽団の人が奏でる音楽が流れる中、かた膝をつき深く頭をたれている。
冒険者ギルドで魔法付の尋問を受け、なんとか大迷宮討伐の冒険者だと認定されたからだ。
そのまま俺に危険な尋問しくさった、ワグナース宮廷魔術師とかいうローブを着た男に王宮に連れてこられて軟禁。3日後の今日この日、陛下に拝謁するという栄誉を賜ったわけだ。
軟禁中に最低限の礼儀作法は仕込まれているのだが、何か粗相をしやしないかとドキドキだ。
それとなく、なんで俺が王宮に呼ばれたのかと、俺を監視だか警備だかしている人に聞いたのだが、緘口令がしかれている様で誰も教えてくれない。
何があるのか知らないけど、万が一、殺されそうならば逃げようと思う。
刀をはじめとした武器はすべて取り上げられてはいるが、その為に軟禁中に出来る限り王宮の地理は頭に叩き込んだのだ。
手練っぽい騎士が何名か四方に立っているからそれも中々大変そうだけど……。
「1等級冒険者シノノメケイ。面を上げよ」
玉座の横に立っている、賢そうな中年男の言葉のまま顔を上げる。
「直答を許す」
偉そうにそういわれたので、そのままちょっと視線を落とし「これを読め」と渡されたアンチョコをチラッとみる。――【陛下への挨拶】『シャル陛下(並びに王妃様)にお目通りがかない名誉に存じます』
「はっ。シャル陛下並びに王妃様にお目通りがかない名誉に存じます」
俺の言葉に満足そうにうなずく王様。
王妃様と顔を見合わせると、そのまま意外と気さくに語りかけてきた。
「大迷宮討伐まことに大儀だったな。迷宮で全滅した金羊騎士団50名をはじめとして、かの迷宮から湧き出た魔物に殺された我が民もうかばれる思いであろう。まずは国王として礼を言いたい」
おや? なんだか普通っぽい人だな。貴族ってのはもっと鼻持ちならない人種だと思ってたんだけど。
シルクをゴミのように捨てたのも貴族らしいので、俺はこの世界の貴族とやらにあまり良い感情を持っていなかったのだが……。
まあ、公式の場だからおもいっきりポーズが入っているのだろうが、それでも、普通に俺にも理解できる範囲の人っぽいので少しほっとする。
「パンが無ければケーキ食べればいいじゃない?」てなコトを言う人とコミュニケーションを取れる自信はないのだ。
「聞くところによるとそなたは長らく行方不明だったとのことだが、そなたがご神託のあったこのような時期に帰還したのも、ひとえに偉大なる地母神ミュー様のお力であろう」
まあ、メガネの力といえば力だけれどさ。
そもそもの元凶もメガネなんだよな。マッチポンプみたいなものだ。
そんなことを思うが勿論おくびにもださない。
「はい。陛下とミュー様のおかげだと心得ております」
そういって再度深々と頭を下げる。
ンなことあるはずないんだけど。
100歩譲ってメガネのおかげだとはしても国王とか関係ないだろ。
だがアンチョコにそう言えと書いてあるのだ。
ご丁寧に図解で頭の下げる角度まで書いてある。誰がこれを書いたのかは知らないけど随分と生真面目なヤツだ。
「さて、冒険者シノノメケイには大迷宮討伐の褒美を後ほどとらせるとして。皆の中にはすでに聞き及んでいる者もいるだろうが、まずは王宮付神官長ノルドの話を聞いてくれ」
王様の言葉と共に左の列が割れ、ヨタヨタと進み出てくるヨボヨボのおじいさん。
静まり返った謁見の間にコツコツとジーさんの足音だけが響いた。
俺の前まで来るとこちらが恐縮するほど深々と頭を下げる。
「黒の英雄殿。お初にお目にかかりまする。王宮付神官長ノルドと申しますじゃ」
神官長ということはメガネを信仰している団体の人か。
本性を知らないとはいえ気の毒なことだ。そんなことを思いながら俺も頭を下げた。
そんな俺をなぜかひどく満足そうに見つめながらジーさんが口を開く。
「災厄が迫っている。災厄が迫っている。黒の英雄にメリルの地を守らせよ。黒の英雄にメリルの地を守らせよ」
いきなり大声で意味不明なことを朗々と語るジーさん。
「ここにいらっしゃる方々はすでにご存知じゃと思いますが、1月ほど前に我が神殿に偉大なる地母神ミュー様のご神託がございました」
左右の人に聞こえるようにそういった後、少し声を落す。
「あるいは黒の英雄殿も何らかのご神託をお受けではございませんかな?」
うけてないない。
というか、なんでさっきから俺が黒の英雄確定みたいな言い方をすんだよ。
「いえ。受けていません。そもそも私が黒の英雄だということ自体が何かの間違いではないでしょうか」
アンチョコには書かれていないが、このまま流されるのはどう考えてもまずいので抵抗する。
黒の英雄とやらが俺のことだと確定したわけではないだろうし。
「いやいや間違いではございませんぞ。なにせ昨晩もご神託が有りましたからな『良くぞ黒の英雄を捜し当てた。かの者に速やかにメリルの地を守らせよ』そういわれましたじゃ」
神託やっすいなー、おい。百数十年ぶりとかいってたのに。
……メガネめ。
さすがに仕事が速い。確実に俺の退路をたってきやがる。
何とか上手いこと言い逃れられないだろうか? と思案していると王様が再び声をあげた。
「宰相。皆に説明を」
王様の言葉を受けて賢そうな男が一歩前にでる。
この人やっぱり宰相さんなのか。
「メリルの地は本来であればルーグ辺境伯の封土であったことは諸卿もご存知であろう。ですが5年前の魔物の大侵攻の折、先代のルーグ卿をはじめとする辺境伯の一族郎党はほぼすべて、その命を落としておるゆえ現在は王国直轄となっておる」
あれ? 男の説明の途中ではあるのだが俺はあることに気がついた。
右の列。鎧を着ている列の最上段。最も王様に近いところにいる恰幅の良い男数名が苦味虫を噛み潰した表情になったのだ。
なんだろう? 俺に対して怒っているのでなければ別にかまわないのだが。
「辺境伯の直系の血筋で生き残ったのは侍女と共に落ち延びたご息女のみ。先王陛下のご温情により、ウルド宮廷伯家の預かりとなっておる。ご息女が成人後、ウルド宮廷伯殿の3男、ヴァル殿を婿に迎え爵位を継がせる予定であったのだが……」
テンションが上がったのか、ここでいっそう言葉を強める宰相さん。
「ですが、ここにご神託が下された以上、かの黒の英雄シノノメケイ殿と、ルーグ辺境伯のご息女レイミア殿を娶わせ、改めてルーグの名と辺境伯の地位を与えるものとする。それがシャル陛下のご決断です」
「おおー」というどよめきが謁見の間に響いた。
おそらくは例外中の例外なのだろう。
続いて起こる拍手のアラシ。いつの間にか流れている音楽も陽気なお祝いをするようなものに変わっている。
いやいやいや。ちょっとまて! 俺の意思確認とか一切ないんだけど?
ヌアラが自動イベントとやらの内容を俺に伝えなかった訳が分かったよ。事前に聞いていたら逃げたのに……。
アンチョコに目を落とすと――【陛下より何かを下賜された場合又は褒められた場合】『ありがたき幸せ。非才の身では有りますが、陛下と王国の為に微力を尽くします』と書いてある。
ふざけんなって話だ。
いや、普通に考えればさ。
冒険者が貴族の仲間入りをするなんてものすごい出世なのだろう。
それこそ太閤秀吉とかそんな感じの。
断られるはずがないということなのだろう。
でも、俺は嫌だぞ。
なんで異世界まできてそんな管理職っぽい苦労しなけりゃならないんだ?
中には出世のためにはすべてを犠牲にするような人もいるのかもしれないけど……。
俺は自分で言うのもなんだがさほど出世欲が強くない。
エルナとシルクの3人で淫靡で退廃的な生活さえ出来ればそれで満足なのだ。
というか、会ったこともない相手と結婚とかありえないだろ?
なにより俺には多少トウは立っているけどエルナがいる……はず。
20年経った今、エルナが俺をどう思っているのかは分からないけど、あいつに会いもしないで結婚とかする気は欠片もない。
怖いけど、理由をつけて断ろう。断るべきだ。断れるだろうか……。
「あの! スイマセンすこし……」
勇気を振り絞って俺がそう声をあげたとき、よりいっそう周囲の喧騒が大きくなった。
人垣がわれ、その中を万雷の拍手に包まれながら玉座のほうに歩いていく2人の女性。
一人は20代半ばだろうか。あの金髪おっぱいに勝るとも劣らない見事な体を、野暮ったい窮屈な服に押し込めている。柔らかそうな栗色の髪を長くのばした美人さんだ。
そしてもう一人。年のころは10代前半だろう。
少しうつむき加減に歩いてくる女の子。少し顔を上げて俺をみると、すぐに恥ずかしそうに視線を落とした。
「おおう」
女の子の顔を見て思わず俺はうなった。
質のいい赤ワインのような濃い赤紫色の髪。
完璧な調和の取れた左右の大きな瞳。
彫刻のような鼻。
ビーナスのような口元。いやビーナスなんてみたことないけど。
ちょっと東南アジアとかインドあたりのエキゾチックな魅力を漂わせる女の子。
俺も雑誌やインターネットの違法サイトで、数多くの女の子を見てきたと自負しているのだが……それでも、こんなにも可愛い女の子は初めてだ。
いや、可愛いというよりも美人というべきだろうか?
幼さと妖艶さ。なぜか彼女にはその矛盾する二つが備わっていた。
左右の男達も半ば惚けるように彼女を見ている。中には手に持った物を取り落としているものさえいる。無理も無い。それほど彼女は男をひきつける何かを持っているのだ。
国王ですらあまりに彼女を見つめすぎていたのか、隣の王妃様に凄い目でにらまれていた。
……俺、この国王のこと好きになれそうだ。
年齢から考えてこの子がその落ち延びたというご息女か。
王様の隣に立った彼女達。
宰相の人がやはりルーグ辺境伯のご息女レイミア姫だと説明している。
意外だ。まさかこんな可愛い女の子だとは……。
メガネの仕込みなのだから、どうせゴリラみたいな女の子だとばかり思っていたのだが……。
「東雲殿?」
彼女に見とれる俺に遠慮がちに神官長とか言うジーさんが声をかけてきた。
「先ほど何か言いかけたようじゃが?」
「あっ、ええ。……あの、この結婚を断れたりはしませんかね?」
小声でジーさんに聞いてみる。
あの子は可愛い。ムチャクチャ可愛いけれど、それでも一度エルナに会ってから決めたいのだ。
「なんと! あのように可憐でロリでお綺麗なレイミア姫のどこが不満なのじゃな?」
「いえ、彼女に不満というわけではないのですが」
つーか、ロリとか言うなよジジイ。
不満はないよ。あろうはずがない。
事実、俺のスキル<14歳から大丈夫>が発動しそうなんだよね。
「断ることなど出来ませんじゃ。このような場で陛下が発表したのですぞ。断れば……」
そういってジーさんは自分の首にシュタッと手刀を振り下ろし舌を出した。
な、なかなかお茶目なジーさんだな。さすがメガネ信奉者だ。
というか……断ったら殺されるのかよ。
「そもそも不満がないのであればじゃ。なぜ断ろうとなどするのですかな?」
と、ここまで言ってジーさんはピンと来たらしい。「コレじゃな?」といいつつ小指を立てる。「そう、それそれ」とばかりに俺はコクコクと頷いた。神官長って話だけど意外と気が回るじゃないかジーさん。
「お気の毒では有りますが、こうなった以上その方を正室にするのは無理ですじゃ。ですが御安心召されよ黒の英雄殿。庶民とは違い貴族になれば側室がもてますぞ。その方は側室にすればよろしかろう。そのほうがその方も喜ぶのではないですかな?」
よ、喜ぶだろうか?
エルナも側室にすれば問題ないかな。ないといいんだけど。
なんか再会した瞬間に槍で突き殺されそうなんだよな……。
「まっ。例え喜ばれようと喜ばれまいと選択の余地はありませんがな。どうしてもその方が駄々をこねるようなら我が神殿に参られよ。私が事情を話して丸め込んで差し上げますじゃ。コレでも数多くの貴族の妾を丸め込んでまいりましたからな」
そんなこと胸張って言うなよジーさん。
やっぱメガネなんかを信じている奴にはろくなのいねーな。おい。
まあ、どうしてもとなったら頼むけど……。
【用語説明】
あくまで作中ではこんな感じで使ってますという程度です
【封土】……王様から頂いた土地、相続されます。基本的には自治権有り。
【辺境伯】……土地持ってる貴族。お給料は土地の税収。作中では王国が中央集権的な国家なので極少数。
【宮廷伯】……王家に仕える貴族。基本的に封土は持ちませんが、王国の大臣は大体この人たちで占められてます。お給料は王国から出ます。地方都市に王様の代官として赴任する者もいます。一部の例外以外はあまりお金がない貴族。