冒険者ギルドの罠
冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎなっていた。
ここのギルドは大迷宮に潜るために毎日のように通っていた場所なのだ。
20年の歳月が流れているとはいえ、俺の顔を見知った人も多い。
「冒険者カードの再発行をお願いしたいのですが」
そう若い受付の子に切り出したあとは、『大迷宮討伐の功績者、黒衣の冒険者が生きていた』と、それこそギルド中が大騒ぎになった。
半年ほど元の世界に帰っていたので忘れていたんだけど、俺はこの町ではちょっとした有名人だったのだ。
ある程度予想はしていたのだが、やっぱり中々俺の話は信じてもらえなかった。
なにせ20年前と変わらない姿かたちなのだ。無理もないことではある。
そんなわけでだ。
顔見知りだった冒険者の中でまだ生き残って迷宮に潜り続けていた者。
当時の冒険者ギルドで買取を担当していた職員さん。
果てには、よく行っていた飲み屋のおねーさん。
そんな面子がかり出され、ここ冒険者ギルドにおいて俺の首実験が行われたのだ。
皆、俺の姿が当時のままだということに驚いてはいたが、黒衣の冒険者と呼ばれていた冒険者だと口をそろえて答えてくれた。
だが、このぶんなら大丈夫かなーと安心したのもつかの間。
なぜか騎士っぽい鎧を着た人も途中から加わり、より厳しい質問攻めが始まった。
大迷宮討伐後なにをしていたのか?
なぜ年をとっていないのか?
そこのところを繰り返し聞かれた。
そのたびに工房のおっちゃんに話したことを繰り返す。いい加減うんざりする俺。
かれこれ10時間以上拘束されている。
一刻も早くエルナやシルクに会いたいのにだ。
思い起こせば、なぜかヌアラが工房で「アタシはここで待ってます」といってたのはこれを見越していたんだろう。
要領のいい奴だ。
「あの、もう信じていただかなくても結構です。冒険者ランクは最下級でかまいませんからカードだけ発行してもらえませんか?」
ようやく聞き取りが一息つき、ギルドマスターとか言う中年のおっさんの部屋でハーブティのようなお茶を飲みながら、俺はそうきりだした。
だが、おっさんは眉間にしわを寄せ、何事かひどく深刻そうに考え事をしているようで返事すらしない。
仕方なく俺は繰り返した。
「あの、信じて……」
「聞こえています」
じゃあ返事しろよと少し気分を悪くする俺。
疑うのも分かるが、いい加減頭にきているのだ。
だが、ギルドマスターとか言うおっちゃんは一つ重々しくため息をついた。
「ご自身のおかれている状況がお分かりになっていないようですな」
「状況?」
「そうです。そもそも1等級の冒険者といえば所属する冒険者ギルド、ひいては国にとって大変に貴重な人材なのです。そうであるからこそ、国は多額の補助を一介の冒険者に対して行っているわけです。現在は国内にはかつての大迷宮に匹敵する迷宮は存在しておりませんが、それでも危険な迷宮は数多くあるわけですからね。そんな者を最下級の冒険者として登録するなどということはありえません」
そこで言葉を切るとおっさんは席を立ち、扉を開けると左右を確認してからまた締めた。
なんなんだろう? 外に人がいないか確認したんだろうか?
そんな疑問を抱くが、おっさんは席に戻ると一転して気安さを見せた。
「と、まあ、ここまではいわば建前。実はしばらく前に王宮からお触れが出ましてな」
「お触れ?」
「ええ、市井の組織のいたるところに最優先の命令でね」
そこで思わせぶりに言葉を切る。
「『黒の英雄。黒の英雄を見つけた者は王宮に報告せよ』これがお触れです」
えらくアバウトな命令だ。
「黒の英雄? なんとも不明確な命令ですね。それ以外にはなにか書いてないのですか? 特徴とか」
「それだけですな。いや、ここだけの話、王宮もそれ以外には言いようがないのでしょう。信じられないことでは有りますが、何でも百数十年ぶりに地母神ミューの神託がおりたらしいのですよ」
嫌な予感がする。
これはメガネの仕込みなのかよ。ヌアラの言ってた自動イベントってのはこれか。
「それでこんなに長時間拘束されているわけですか。いや、確かに俺は黒衣の冒険者と呼ばれることも有りましたが……英雄ではないですよ」
「そうですかな? 大迷宮の討伐。これを成し遂げたものは十分に英雄ではないのですかな? 少なくとも王宮はそう考えているようです。お触れがでたすぐ後にその者が帰還すればまあ、結びつきやすいですからな」
これは予想外な展開だ。
「大迷宮潰してくれてありがとう。ご褒美上げる」
そんなことであれば別に英雄でも何でもいいのだが……
「大迷宮潰してくれてありがとう。ご褒美に仕官させてあげる」
これが困る。以前、騎士に誘われた時は現場の隊長の個人的なお誘い、つまり陪臣のお誘いだったからやんわりと断れた。
だがだ。
詳しい政治体系とか知らないけど、1年以上この町に住んでいた感覚から、この国は国王をはじめとする王族の独裁体制だと思っている。
国王と門閥貴族中心の緩やかな中央集権的な国家だと思うのだ。
この世界の元になっているゲーム【ナプール】の世界観が中世のヨーロッパなのだから概ね正しいだろう。
そんな体制の国でこの手のお誘いを断れるのだろうか? 断ったら「じゃあ死ねよ」とか、そんな感じにならないだろうか?
はっきり言って騎士や兵士は俺には無理だと思う。
魔物ならともかく人間を殺すことは俺には出来ないからだ。
女神に精神をいじられているっぽいので、魔物はそれが人型であっても欠片も良心の呵責はないのだが。
迷宮という、いわば人類全体の敵がいるので国家間の戦争はめったにないらしいが、それでもゼロではないのだ。
とてもじゃないけど人間を殺すなんて出来ない。
というかメガネの仕込であるなら、普通に世界大戦とかおきそうだし。
考えてみれば恐ろしい話だ。
そう考えて俺はおっさんと同じく眉間にしわを寄せ激しく悩む。
男二人が狭い部屋で深刻な顔して考えているのだ。酷く重苦しい雰囲気になった。
その雰囲気を破ったのは、コンコンとノックされる扉。
「ギルマス。王宮の方からワグナース宮廷魔術師殿がお見えになりました。早速はじめたいとのことです」
職員さんの言葉に気の毒そうな表情を俺に向けるおっさん。
「では東雲殿参りましょうか」
「……なにされるんですか俺」
「なにたいしたことではございませんよ。嘘を見分ける魔法をかけて尋問するだけですので。もっとも嘘であれば頭が……」
言葉を切り。片手でポンとはじける仕草をする。
うぉい! たいしたことあるじゃねーか。
俺の話はすべてが真実というわけじゃないんだ。
魔法がどの程度なのかは知らないけどそんな危険な尋問はごめんこうむる。
よく考えればさ。別に転移魔法陣使わなくても多少時間はかかるがラインの町まで歩いていけばいい話だ。
普通の人なら命がけだろうが、今の俺には別にできないことではないだろう。
となればだ……。
(ここは逃げよう)
そう考えた俺は身を翻し、窓から逃げようと試みる。
試みたんだけど……おい、からだがうごかねーんだけど。
「ああ、先ほどのお茶に少々……ね」
しれっとそんなことを言い出すおっさん。
あーそうだ。借金のカタにした兜に状態耐性がついていたんだったか。
「では行きましょうか」
職員さんとおっさんに両側から挟み込むように両腕を持ち上げられる。
(てめええ)
生きていたら絶対にこいつをぶん殴る!
ついでに工房のおっちゃんも殴ろう。
そう心に決めながら俺は職員さんとおっさんに両腕を持たれ、ずるずると運ばれていったのだった。